重なる月

志生帆 海

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14章

それぞれの想い 4

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「洋くん、わざわざ今日は悪かったね、元気にやっているかい?」
「先生、お久しぶりです。はい、あの……突然なんでしょうか」

 由比ヶ浜に行った翌日、俺は懇意にしている洋書翻訳の先生に突然呼び出された。最近は医療系ライターの仕事依頼が多かったので、ソウルから帰国後お世話になった先生の家を訪れるのは、久しぶりだった。

 先生は……俺の父、浅岡信二の大学時代からの友人だ。

「実はアトリエの整理をしていたら、昔……浅岡から渡された洋書が見つかったんだ」
「父から?」
「いつだったかな。ある日、古びた洋書を興奮した顔で持ってきたよ。いつかこれを翻訳してみたいがどうかという相談だったんだ」

 先生から渡されたのは英国の短編小説のようだった。

「学生時代に夏休みをロンドンで過ごし、入手した本らしいよ」
「そうなんですね。父のことは殆ど記憶にないので嬉しいです。英国に行った経験があったなんて、それも知りませんでしたから」
「とにかく、一度読んでご覧。英国貴族の家に雇われていた家庭教師の青年と、貴族の家で働く庭師の少年との道ならぬ恋の果てのような物語で、苦しいが救いもあって、素晴らしい内容だったよ」
「あ、はい」

 ん? 青年と少年? それって……もしかして同性愛の話なのか。

 先生には俺の事情はまだ話していない。しかし父さんの関係で、そんな話を読むことになるなんて不思議な縁だ。

「洋くん、君は……」
「はい?」
「いや、何でもない。そうだ、これを持って行きなさい」
「わ、いいんですか」
「昨日、実家から沢山送られてきたんだ。有明海の海苔で巻かれた豆菓子で美味しいよ。君の大切な人と一緒に食べるといい」
「ありがとうございます。この本をお借りしても?」

 すると、先生は不思議そうに笑った。

「それは浅岡の忘れ物だよ。だから息子の君が持って行ってくれ。翻訳する気になったら一報を。君はもう立派な翻訳者だよ。私の助手でなく自分で本を出せるレベルだからね」
「あ、ありがとうございます」

 先生に、洋書と豆菓子をいただいて帰路についた。

 北鎌倉からバスに乗り山門前に着いた所で、後ろから声をかけられた。

「洋さん!」
「薙くん、今帰り?」
「そ、部活の帰り、もうすぐ引退だよ~ あぁ腹減った」
「あ、おやつをもらったんだ。食べる?」
「食べたい! 早く早く!」

 薙くんに手を引かれ、山門を一気に上らされた。

「ちょっと待って、俺……」

 身体が弱いのは相変わらずで、貧血のせいで息切れがする。

「あ、ごめん! オレ……また」
「いいって、お水……持ってる?」
「このまま帰ると、皆に怒られる。そうだ茶室で休憩しよう」
「え?」

 薙くんって、なんかこうパワーがあるので逆らえない。

 という理由で、翠さんと流さんのための離れの一角、茶室に俺たちは潜り込んだ。

「怒られないかな?」
「大丈夫だよ。父さんも流さんも、洋さんには異常に甘いから」
「そんな」
「それより、水、汲んできたよ」
「ありがとう」

 グラスの水を飲み干すと、動悸も収まったきた。

「悪かったよ、この通り。だから……そのおやつ食べさせてくれない?」
「ははっ、食いしん坊だね。じゃあ一緒に食べようか」
「やった」

 見渡すと茶室は一足先に完成していたようで、もう茶道具なども置いてあった。

「あ……俺の道具まである。使ってもいいのかな?」
「大丈夫だよ。あるんだからOKさ」

 薙くんは……翠さんとよく似た儚げな顔立ちなのに、口を開けば流さんのような物言いだ。

「うーん」
「洋さんのいれたお茶を飲みたいな、ダメ?」

 わ、今度は翠さんのような頼み方を……

「いいよ、一緒にお茶をしよう」
「やった! 洋兄さん、サンキュ」

 しかも、とどめの一言だ。

「薙くんは、頼もしいよ」
「そうかな? どこでも生きていけるよう、逞しくなりたいと心掛けているせいかも」
「うん、それは人生において大事なことだ」

 そんなことを話しながら、スティック型のお菓子をふたりでポリポリと食べた。

「美味しいお菓子だな、海苔がパリパリで」
「そうだね。ここは落ち着くね」
「いろんなこと話したくなるよ」
「じゃあ流さんに頼んで、またお邪魔させてもらおうかな」
「洋さんって、結構可愛いよね。そのお邪魔って洒落にならないかもよ」
「え? そんなことないはず?」(自信がなくなってきた)

 流さん、流さんと連呼したところで扉が突然開いて、流さんがふらりと現れたのだから、薙くんとくっついて思いっきり叫んでしまった。

「で……っ、出たぁぁ!」
   









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