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14章
それぞれの想い 3
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「すみません。今日は住職は多忙なので、副住職の私が応対します」
「えぇ、そうなんですか」
おいおい、明らかに翠目当てなのが見え見えだぞ!
やれやれ、中年の檀家さんまで魅了してしまう翠の魅力には参るよ。
実際、翠はいい男だ。
第一印象は、誰をも魅了する楚々とした儚げな風貌。栗色の柔らかな髪色に澄んだ瞳と色白のきめ細やかな肌。手足はすっと長く、真っ直ぐな指も美しい。
ここまで美貌のお坊さんは、日本全国探したって滅多にいないよな。おまけに人当たりがよく、柔和な雰囲気だ。
本当に……睡蓮の花の精のように美しい男。
それでいて背筋を正し真剣な表情で読経を始めれば、声は想像より低く艶めいて……男らしくハッとする。
儚さと凜々しさを兼ね備えた気高き月影寺の住職、張矢翠の魅力は溢れんばかりだ。
「あのぉ、当日はご住職が読経をしてくれますよね?」
「えぇ、法要当日はそのつもりですよ」
翠の予定は全部把握している。
見ないでも言えるほどにな。
俺は翠のストーカーのようだと、ひとり苦笑した。
「分かったわ。今日は我慢する!」
おーい、何を我慢するのだ? つい忌ま忌ましく睨みそうになり、自戒した。今の俺は、翠の下で働くただの副住職だ。
翠は俺の恋人で、昨夜だって散々触れあった。だから気安く見るなよと騒ぎたい気持ちに必死に蓋をして、にっこり微笑みながら見送った。
「はぁ、やれやれ、翠は着替えに手間取っているのか……随分遅いな。結局現れなかったし……まぁそれで正解だが、俺は随分邪険な扱いをされたぞ」
翠に慰めてもらおうと、急ぎ足で母屋に戻った。
そのまま真っ直ぐ二階に上がろうと思ったが、母の衣装部屋からぼそぼそと話し声が聞こえた。
なんだ? まだ着替えているのか。
翠……! 呼ぼうとして、言葉を呑み込んだ。
「泣きなさい……翠」
母の潔い声。
暫しの間……まさかの翠の嗚咽が静かに廊下に漏れ出してきた。
(な……っ、一体どうして泣いているんだ? 翠!)
続くのは母の声。まるで小さな子供をあやすような優しい声だった。
「翠……すーい……いい子、いい子、あなたはいい子ね。ここ……ずっと痛かったわね。お母さんがすぐに気付いてあげれなくてごめんね」
「うっ……うう」
あぁ……翠が泣いている。
はらはらと涙を散らしているのが、壁を隔てた俺にも伝わってきた。
(なんてことだ……うっ……)
翠が泣けば、俺も泣く。
廊下の壁に手をついて、蹲ってしまった。
俺たち、もう一心同体だから、翠が何を思い、泣いているのか伝わってきて胸の奥が重く、痛い。
翠、ごめんな。幼い頃、俺が母を独り占めしていたよな。それでいて翠も独り占めしたくて、駄々をこねてばかりだった。
傍若無人だった。
悔しい涙なのか悲しい涙なのか、とにかく苦い味がした。
遠い昔。
流水だった頃……湖翠を置いて旅立たなくてはいけなかった。
湖翠をひとり残して、随分先に旅立った。
後に湖翠は結婚し女の子をもうけたが、一度だけ夢現に俺を受け止めてくれた場所は、永遠に俺の場所だった。
生まれ変わったらもう一度逢おう! 今度こそ間違えずに。
そう心で誓ったが、すぐには巡り会えず今頃になってしまった。
だから翠は、俺の過去からの想い人。
これからは沢山俺に甘えてくれよ……全部俺が守るから!
翠の苦手なものから、守ってみせるから。
俺をもっと信じて、俺をもっと好いてくれよ!
俺は……翠と母の貴重な時間を邪魔したくなくて、ふらりと立ち上がった。
どこへ行こうか迷った末、足音を立てぬよう気を配りながら、竹林を抜け、完成間近の茶室に向かった。
「えぇ、そうなんですか」
おいおい、明らかに翠目当てなのが見え見えだぞ!
やれやれ、中年の檀家さんまで魅了してしまう翠の魅力には参るよ。
実際、翠はいい男だ。
第一印象は、誰をも魅了する楚々とした儚げな風貌。栗色の柔らかな髪色に澄んだ瞳と色白のきめ細やかな肌。手足はすっと長く、真っ直ぐな指も美しい。
ここまで美貌のお坊さんは、日本全国探したって滅多にいないよな。おまけに人当たりがよく、柔和な雰囲気だ。
本当に……睡蓮の花の精のように美しい男。
それでいて背筋を正し真剣な表情で読経を始めれば、声は想像より低く艶めいて……男らしくハッとする。
儚さと凜々しさを兼ね備えた気高き月影寺の住職、張矢翠の魅力は溢れんばかりだ。
「あのぉ、当日はご住職が読経をしてくれますよね?」
「えぇ、法要当日はそのつもりですよ」
翠の予定は全部把握している。
見ないでも言えるほどにな。
俺は翠のストーカーのようだと、ひとり苦笑した。
「分かったわ。今日は我慢する!」
おーい、何を我慢するのだ? つい忌ま忌ましく睨みそうになり、自戒した。今の俺は、翠の下で働くただの副住職だ。
翠は俺の恋人で、昨夜だって散々触れあった。だから気安く見るなよと騒ぎたい気持ちに必死に蓋をして、にっこり微笑みながら見送った。
「はぁ、やれやれ、翠は着替えに手間取っているのか……随分遅いな。結局現れなかったし……まぁそれで正解だが、俺は随分邪険な扱いをされたぞ」
翠に慰めてもらおうと、急ぎ足で母屋に戻った。
そのまま真っ直ぐ二階に上がろうと思ったが、母の衣装部屋からぼそぼそと話し声が聞こえた。
なんだ? まだ着替えているのか。
翠……! 呼ぼうとして、言葉を呑み込んだ。
「泣きなさい……翠」
母の潔い声。
暫しの間……まさかの翠の嗚咽が静かに廊下に漏れ出してきた。
(な……っ、一体どうして泣いているんだ? 翠!)
続くのは母の声。まるで小さな子供をあやすような優しい声だった。
「翠……すーい……いい子、いい子、あなたはいい子ね。ここ……ずっと痛かったわね。お母さんがすぐに気付いてあげれなくてごめんね」
「うっ……うう」
あぁ……翠が泣いている。
はらはらと涙を散らしているのが、壁を隔てた俺にも伝わってきた。
(なんてことだ……うっ……)
翠が泣けば、俺も泣く。
廊下の壁に手をついて、蹲ってしまった。
俺たち、もう一心同体だから、翠が何を思い、泣いているのか伝わってきて胸の奥が重く、痛い。
翠、ごめんな。幼い頃、俺が母を独り占めしていたよな。それでいて翠も独り占めしたくて、駄々をこねてばかりだった。
傍若無人だった。
悔しい涙なのか悲しい涙なのか、とにかく苦い味がした。
遠い昔。
流水だった頃……湖翠を置いて旅立たなくてはいけなかった。
湖翠をひとり残して、随分先に旅立った。
後に湖翠は結婚し女の子をもうけたが、一度だけ夢現に俺を受け止めてくれた場所は、永遠に俺の場所だった。
生まれ変わったらもう一度逢おう! 今度こそ間違えずに。
そう心で誓ったが、すぐには巡り会えず今頃になってしまった。
だから翠は、俺の過去からの想い人。
これからは沢山俺に甘えてくれよ……全部俺が守るから!
翠の苦手なものから、守ってみせるから。
俺をもっと信じて、俺をもっと好いてくれよ!
俺は……翠と母の貴重な時間を邪魔したくなくて、ふらりと立ち上がった。
どこへ行こうか迷った末、足音を立てぬよう気を配りながら、竹林を抜け、完成間近の茶室に向かった。
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