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14章
それぞれの想い 2
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ずっと前に置いてきた涙が、頬を伝った。
母の手が僕の胸の触れた時、まさに心の手当をされたのだ。
「うっ……」
泣いているのを悟られたくなく奥歯を噛みしめたが、涙は逆に母の手を濡らしてしまった。
「翠……泣いているの?」
「すみません……嬉しくて」
「ここ、さぞかし痛かったでしょう。我慢したのね……沢山の我慢を」
「うっ……」
あの時は、どうしても誰にも言えなかった。
僕は男なのに、もう大学生なのに情けない。
年下の男に、いびられている。流を守りたい気持ちを逆手に取られ、呼び出される恐怖は、涙も凍る、深い闇だった。
「泣きなさい……翠」
母が僕を愛おしげに見上げて、涙の出口を作ってくれた。
はらはらと散る涙は、長年溜め込んだ『苦渋の塊』だ。
「お……お母さん」
僕の方がずっと背が高いのに、母に縋り、しがみついてしまった。
「翠……すーい……いい子、いい子、あなたはいい子ね」
母が僕の背を撫でてくれる。
優しく優しく、幼子をあやすように。
すると、僕の心も解れていく。
僕が2歳の時に流が産まれ、4歳になると丈が産まれた。
僕だけの母だったのは、とても短い期間だった。手を伸ばしても、母の手は弟たちの世話でいつも忙しそうで、掴んでもらえないことが多かった。
寂しい。
そう思うよりも……僕は二人の弟の兄として、立派な手本になりたいと幼い心で誓っていた。
今考えれば、幼い頃から、弟のためなら何でも耐え、弟を守ることが美徳だと信じ切れたのは、湖翠さんと流水さんの無念から生まれた思念だったのかもしれない。
……
流水。
ついに、この時が来たよ。
今生ではとうとう逢えなかったね。
次の世で会いたい。
今度こそ僕はお前を全身全霊で守るよ。お前を守るためならどんな試練でも耐え抜く覚悟が出来ている。お前が去ってから、今日まで積み重ねた覚悟だ。
さよなら――
流水に一度だけ……抱かれたこの世界。
同じ過ちは二度と犯さない。
今度こそ、僕が流……水を守る……。
……
「翠、ごめんね」
「どうして……母さんが謝るのですか」
「あなたには、生まれながらに試練を与えてしまったわ」
「……何を言って」
「私の代では……出逢えなかったから」
「何を……?」
湖翠さんの血は、その娘に、そしてそのまた娘にと受け継がれて、僕に届いた。母はもしかしたら、何かを知っているのかもしれない。
「……何も見なかった、聞かなかったことにするから……大丈夫。翠が笑ってくれれば、私はそれでいいの。だからしっかりいきなさい」
流との禁断の道を行きなさい、生きなさい。
そう僕には聞こえた。
「いっていいのよ」
「母さんは……まさか……何もかも知って?」
「あ……な、何のこと? 私、何か言ったかしら。さぁ着替えは完了よ。流が痺れを切らしているわ。もう行きなさい」
慌てて話を濁されたように打ち切られたが、これが母なりの思いやりなのだろう。
「泣いたりして、すみません。少し感情が昂ぶっていたようです」
「翠、大丈夫よ。私と翠の秘密にしましょうね」
母は豪快でいて、繊細な人だった。
涙を拭い顔を上げると、僕のほの暗い心は綺麗に掃除されたようで、視界が一層クリアになっていた。
母の手が僕の胸の触れた時、まさに心の手当をされたのだ。
「うっ……」
泣いているのを悟られたくなく奥歯を噛みしめたが、涙は逆に母の手を濡らしてしまった。
「翠……泣いているの?」
「すみません……嬉しくて」
「ここ、さぞかし痛かったでしょう。我慢したのね……沢山の我慢を」
「うっ……」
あの時は、どうしても誰にも言えなかった。
僕は男なのに、もう大学生なのに情けない。
年下の男に、いびられている。流を守りたい気持ちを逆手に取られ、呼び出される恐怖は、涙も凍る、深い闇だった。
「泣きなさい……翠」
母が僕を愛おしげに見上げて、涙の出口を作ってくれた。
はらはらと散る涙は、長年溜め込んだ『苦渋の塊』だ。
「お……お母さん」
僕の方がずっと背が高いのに、母に縋り、しがみついてしまった。
「翠……すーい……いい子、いい子、あなたはいい子ね」
母が僕の背を撫でてくれる。
優しく優しく、幼子をあやすように。
すると、僕の心も解れていく。
僕が2歳の時に流が産まれ、4歳になると丈が産まれた。
僕だけの母だったのは、とても短い期間だった。手を伸ばしても、母の手は弟たちの世話でいつも忙しそうで、掴んでもらえないことが多かった。
寂しい。
そう思うよりも……僕は二人の弟の兄として、立派な手本になりたいと幼い心で誓っていた。
今考えれば、幼い頃から、弟のためなら何でも耐え、弟を守ることが美徳だと信じ切れたのは、湖翠さんと流水さんの無念から生まれた思念だったのかもしれない。
……
流水。
ついに、この時が来たよ。
今生ではとうとう逢えなかったね。
次の世で会いたい。
今度こそ僕はお前を全身全霊で守るよ。お前を守るためならどんな試練でも耐え抜く覚悟が出来ている。お前が去ってから、今日まで積み重ねた覚悟だ。
さよなら――
流水に一度だけ……抱かれたこの世界。
同じ過ちは二度と犯さない。
今度こそ、僕が流……水を守る……。
……
「翠、ごめんね」
「どうして……母さんが謝るのですか」
「あなたには、生まれながらに試練を与えてしまったわ」
「……何を言って」
「私の代では……出逢えなかったから」
「何を……?」
湖翠さんの血は、その娘に、そしてそのまた娘にと受け継がれて、僕に届いた。母はもしかしたら、何かを知っているのかもしれない。
「……何も見なかった、聞かなかったことにするから……大丈夫。翠が笑ってくれれば、私はそれでいいの。だからしっかりいきなさい」
流との禁断の道を行きなさい、生きなさい。
そう僕には聞こえた。
「いっていいのよ」
「母さんは……まさか……何もかも知って?」
「あ……な、何のこと? 私、何か言ったかしら。さぁ着替えは完了よ。流が痺れを切らしているわ。もう行きなさい」
慌てて話を濁されたように打ち切られたが、これが母なりの思いやりなのだろう。
「泣いたりして、すみません。少し感情が昂ぶっていたようです」
「翠、大丈夫よ。私と翠の秘密にしましょうね」
母は豪快でいて、繊細な人だった。
涙を拭い顔を上げると、僕のほの暗い心は綺麗に掃除されたようで、視界が一層クリアになっていた。
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