重なる月

志生帆 海

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14章

追憶の由比ヶ浜 59

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 桂人さんが入れてくれた紅茶を飲むと、懐かしい味がした。

 あぁ、瑠衣……僕が幼い頃から大好きだった瑠衣の味がする。

 日本と英国を何度も行き来して、いつも僕と兄さまを見守ってくれた瑠衣が懐かしい。

「桂人さんの味は、やっぱり瑠衣に似ていますね」
「そう言ってもらえると嬉しいです。紅茶の淹れ方は瑠衣さんからの執事レッスンで、一番最初に習ったものなので」
「そうそう、あの日は毒見で盛り上がりましたよね」
「恥ずかしいな。でも懐かしい思い出です」
「皆んな若かったですね」
「えぇ、青春時代です」

 真黒の紅茶を飲み合った日が懐かしい。

 桂人さんと話しながら過去を追憶していると、春馬の車が、すうっと車寄せに到着した。

 ようやく由比ヶ浜への小旅行から、戻ってきたようだ。

「ただいま、父さん」
「あぁ、お帰り」
「あれ。 母さん、戻っていたの? 珍しいね」
「春馬に会うのは久しぶりね。秋田への取材も終わり、明日からは都内の大学で特別講演を依頼されているのよ。暫く滞在するわ」
「やっぱり珍しいや」
「ところで春馬、秋と白江さんは?」

 車を覗くと、二人が仲良く手を繋いで眠っていた。

「いい夢を見ているようだね」
「そうだね、今日はお孫さんと水入らずの時間を過ごせたようだよ」
「そうか、良かった」

 白江さんは、夕さんがいなくなってから随分雰囲気が変わってしまった。だが洋くんと再会してからは、若かりし頃のように溌剌としている。

 その笑顔の向こうに、白江さんは兄さまと同い年だから、兄さまがもしも生きていらしたら、こんな風に笑っていたのかなと考えてしまう。

 海里先生と一緒に空から見守って下さっているのは理解していても、僕は兄さまが大好きだったので、時折無性に逢いたくなりますよ。

「白江さん着きましたよ」
「あら、嫌だわ、私、眠っていた?」
「ぐっすりでしたね」
「恥ずかしいわ、あんまり楽しい一日だったから、そうだわ雪也さんにお土産があるのよ」
「なんですか」

 白江さんがバックから取り出したのは、古びたアルバムだった。

 裏を見ると、「柊一」と書いてある。

 懐かしい兄さまの筆跡だ。

「孫といっしょに由比ヶ浜の家で探し物をしていたら見つけたのよ、中を見て」
「あ、これって」

 幼い僕が兄さまに宛てた誕生日カードだった。
 色褪せたカードが丁寧に貼り付けられてた。

 にーたま、おめれと
 にいさまおめでとう
 兄さま、おめでとう
 兄さま、おめでとうございます

 拙い文字から、中学生のしっかりした文字へ、高校はエアメールで送った。

 クレヨンや色鉛筆、水彩画で毎年兄さまの似顔絵を描いたんだ。


 毎年僕にとって兄さまの誕生日は特別だった。

 全部、本当に全部取っておいてくれたのですね。

「うっ……」

 兄さまが亡くなられてから、ずっと我慢していた涙がこぼれ落ちる。


 『ゆき、ありがとう。 僕の弟に生まれてきてくれて』


 そんなメッセージで最後のページが締めくくられているなんて。

 僕が描いた兄さまが優しく穏やかに笑っていた。


 そんな僕を白江さんが慰めてくれた。

 「会いたい気持ち分かるわ……私も夕に会いたい、主人に会いたくなるもの。でも私も雪也さんも生きていることを大切にしていきましょう」





あとがき(不要な方はスルー)




今日は、まるでおとぎ話の後日談のようになってしまいました。
なかなか彼らの老後を描く機会がないので、お許し下さいね。
未読の方は申し訳ないです。

洋が引き継いだ洋館に住んでいたのが海里と柊一です、
白江さんがふたつの物語の橋渡し役ですね!




 
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