重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,254 / 1,657
14章

追憶の由比ヶ浜 56

しおりを挟む

お詫びです!

先ほど前のページ『追憶の由比ヶ浜55』に差し替えました。
間違えて「追憶の由比ヶ浜50」をあげていました。
私の転載ミスです、申し訳ありません。
お詫びにもう1話upします。


****








「きっと、間もなく風が吹きますよ。ずっと待っていた人が、ここにやって来るようです」

 おれは紅茶をサーブしながら、海里さんの言葉を思い出していた。

「それは桂人さんの予言ですか」
「雪也さん……実はおれ、生前、海里さんと約束をしていました」
「海里先生と……どんな?」
 

 ……

「桂人、悪いな。俺の世話までさせて」
「いや……おれがしたいから」
「ふっ、ありがとう」

 由比ヶ浜で病に倒れた海里さんは柊一さんとこの屋敷に戻ってきた。

 そして臨終の日までベッドから起き上がれなくなっても、柊一さんと語らいながら日溜まりの中で穏やかに過ごしていた。

 本当はかなり身体が痛みでキツかったのでは? それともテツさんの薬湯がよく効いていたのか。

 とても和やかな時間が流れていた。

 二人は旅立ちの日が……別れが近づいているのに、恐れていなかった。

 人には寿命があり、それは抗えない運命だと。ただ、また逢えるから大丈夫と、皺の深くなった手をいつも重ねていた。



 そんなある日の昼下がり――

「なぁ、桂人は『翠《すい》』という言葉を知っているか」
「すい?」
「お前の故郷『鎮守の森』のような澄んだ緑色だ。そんな色がよく似合う楚々とした青年と由比ヶ浜で会ったんだ」
「珍しいですね。そんな話……」
「……心残りなんだ。いつか……いつかここを訪ねてくるかもしれない。その時は、俺の代わりにテツと桂人が応対してくれ。桂人の背中を滑らかにした、テツの薬草から作ったクリームを処方して欲しいんだ。なっ……頼むよ」
 
……
 あの話は何だったのだろう。

 鎮守の森か……懐かしい場所だ。

 もう遠い昔のことだ。あれは……

 過去を追憶していると、紅茶を飲んでいた春子に声をかけられた。

「えっ……海里先生が、そんなことを?」
「あぁ、予感がするんだ」
「どんな人かしら? 翠色が似合う人かぁ、会ってみたいわね」

 雪也くんの隣で、妹の春子が目を輝かせる。

 お前の瞳は輝きっぱなしだ。それが嬉しいよ。

 目を閉じれば……『鎮守の森』が見える。

 おれの愛したあの樹が……

 15歳から25歳までの10年間、あの樹だけが俺の味方だった。
 
 だから、おれも翠色の青年に会ってみたいと思っていた。

 さぁ来いよ。

 ここに風が吹く、爽やかな風が吹く。

 忍ぶれど……色は匂へど。
 
 姿を現せ!







あとがき(不要な方はスルー)

*****
桂人は『鎮守の森』の主人公です。他サイトで失礼しますhttps://estar.jp/novels/25788972
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...