重なる月

志生帆 海

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14章

追憶の由比ヶ浜 52

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「丈です、入りますよ」
「どうぞ」

 部屋の中から翠兄さんの穏やかな声が聞こたので、安堵した。

「兄さん、よく眠れたようですね」
「うん、ありがとう。おかげさまですっきりしているよ」

 朝日に照らされた兄の顔が、眩しく感じ、目を細めてしまった。

 まだかき消し切れていない情事の艶めきが残っているのか。

 異性の心を誘う色っぽさが 感じ られる。

 私の洋も、よく寝起きに似たような満ち足りた表情を浮かべているのを、ふと思いだした。

「良かったです。あの、これ……昨日、洋が由比ヶ浜の山荘で見つけてきた海里先生から兄さんに宛てた手紙です。読んでもらえますか」
「え……っ、こんな手紙があったのか」

 兄さんの顔色が、サッと変わる。

 海里先生から時を経て届いた手紙の内容は、果たしていかに。

「丈、僕は海里先生にこの火傷痕のことを実は……相談していたんだ。だからもしかして」
「やはり……もしかしたら何か治療のヒントがあるかもしれません」
「そうだね」

 その間……流兄さんは壁にもたれて、私たちのやりとりをじっと見守ってくれていた。

 医療の現場では、私に全権を委ね口出ししてこない。兄さんらしい配慮を感じるな。

『翠兄さんの艶めきが増せば、流兄さんの雄々しさが増す』
 

 二人の間には、気高い愛が存在している。

 弟として、それが心から嬉しいと思える朝だった。

 私も……昨夜は満たされた夜だった。

 洋の母親に挨拶した後、洋を抱いた。

 月明かりの中で洋の華奢な身体が……白く清らかに発光しているように見え、神々しかったな。

「うっ……診断書だ」

 封書の中身を開いた、翠兄さんの目には涙が溢れていた。

「か……海里先生……先生がこんなに親身になって下さっていたなんて……僕は不義理なことをした」

 はらはらと流す涙を、流兄さんが優しく袖で拭いた。。

「兄さん、なんと……書いてありました」
「丈……読んでくれ。丈になら、分かるはずだ」

 手紙は宛先のない封筒に入っていた。

 中身を開くと、想像通り紹介状だった。

 正式には「診療情報提供書」と言われ、患者の基本情報と医学的情報、紹介目的などが書かれているのが普通だ。

 基本情報欄には、翠兄さんの当時の年齢、生年月日、性別、住所、電話番号の他に、アレルギー歴や家族歴、個人歴、既往歴などが書かれていた。

 医学的情報欄には、診断名や症状が書く。

 そこには……胸の火傷痕は煙草の火を押しつけられたもの、何度も何度も1年にわたり定期的に上書きされた陰湿なものだと書かれていた。そして検査実施状況や治療経過、投薬状況の部分は白紙だった。

 かなり詳しい紹介状を用意してくれていたのだ。

 一体、海里先生という方はどこの医局宛に書かれたのかと気になってあ。

 その時になり、漸く紹介状の一番上の宛先を確認した。

 そこでぴたりと思考が停止してしまった。

 え……っ、これはどういうことだ。

 何故? 何故――?

 とても不思議な光景を目の当たりにし、信じられない思いで何度も何度も瞬きを繰り返してしまった。

「丈、どうしたんだ?」
「翠兄さん、ここを……ここを見て下さい!」

 


 
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