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14章
追憶の由比ヶ浜 51
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「ん……っ」
声が漏れないように、愛が零れないように翠の唇を吸い上げならの逢瀬だった。
「あっ……あ、うっ」
翠の中は、いつもしっとり湿って暖かい。柔らかい襞が、俺のモノを優しく包み込んでくれる。
「りゅ……う……」
「何だ?」
「……嬉しい」
はぁぁ……参ったな、何を言うかと思えば、そんなことを!
ずっと密かに憧れていた兄を、病院のベッドで下半身を剥いて隠微な交わりをしている。なのに少しも淫猥な雰囲気はなく、どこまでも翠の澄み渡った気で浄化してもらうような交わりなんだ。
流れる水は、澄んでいる。
翠と繋がってから、俺の毎日は澄み渡っている。
すっと見えない靄が未来にかかっていた。
今は静寂の月明かりの夜のよう。
翠の眦《まなじり》に浮かぶ透明の涙をチュッと吸い上げてやると、翠が花が咲くように微笑んでくれた。
「この先、僕らの行き着く所はどこか……全く分からないのに、少しも不安じゃないんだ。それは流と一緒だからだよ」
「可愛いことばかり。俺をそんなに喜ばせて……」
「あっ、あ……」
「しっ、静かに」
翠の腰を抱き上げ最奥まで辿り着く。
祖父の代に巻かれた種は……この世界でようやく花開いたのだ。
翠……翠は……泥沼に咲く気高い蓮のような人。
翠に巡り逢えて、一番近い所に生まれて本当に良かった。
生涯を共に出来る、一番近い場所に俺たちは生まれた。
言葉に出来ないほど、嬉しいことだ。
俺たちはこのまま生涯の愛を、生涯の恋を全うしよう!
****
オレは久しぶりに、祖父母と夕食を共にしていた。
「薙、高校はどうするんだい? もう受験生だろう」
「うーん、まぁね」
父さんが目の病気のため検査入院し、流さんはいそいそと付き添いで泊まり込み。それって怪しすぎる。大丈夫なのかと突っ込みたくもなるよ。
「ここからだと、お父さんと一緒の高校を受験する?」
「父さんって、どこの高校?」
「私立の鎌倉鶴ヶ丘学園よ」
「鎌倉駅の寺の横のか……父さんは、あそこかぁ」
よく制服を見かける。
黒い学ランの坊ちゃん学校は、父さんっぽいな。
「じゃあ流さんは?」
「あの子は翠と同じ学校に行きたがっていたのに受験に失敗しちゃって、県立の由比ヶ浜高校だったのよ」
「へぇ、そこがいいな」
「あら? 興味あるなら流に聞いてご覧なさい」
「そうするよ。ところでそれ何?」
先ほどから気になっていた、祖母の持って来た分厚い封筒の山。
食後のデザートに苺を摘まみながら、思い切って聞いてみた。
「あぁ、これはねぇ、またお見合いの釣書よ。お見合い写真とほらセットなのよ」
「見合い? 誰の?」
「うーん、薙には複雑かもしれないけれども、二人のよ」
「なんだよ。それっ!」
「断っても断っても、来るのよね。しかも私達の熱海に」
「まぁ……分かるけどさ」
こんな山奥だが、北鎌倉は都会からも来やすく人気の観光エリアだ。息子のオレから見ても、父さんはたおやかな美形だし、流さんはワイルドな野性的な魅力溢れる男性だ。
タイプは違うがモテル男の代名詞さ。写経の会や御朱印をもらいにくる女性の多いこと。
「罪作りだな」
「ん?」
「なんでもない」
まさか父さんと流さんが恋仲だなんて、祖父母が知るはずがない。
「もう、これは全部返しましょう」
「そうかぁ……勿体ないな」
「そんなことないわ。うちには薙がいるし、翠は……結婚はもう懲り懲りでしょう」
「翠はそうだが……流は一度も結婚しないなんて、やっぱり不憫じゃないか」
祖父は相変わらず流さんの結婚に未練があるようだが、祖母はハッキリと言い切る。
「いいのよ、あの子は昔から翠一筋でしょう」
「ぶっ‼」
飲んでいた番茶を、思わず吹き出しそうになった。
お、おばあさん! 誤解を招くような言い方だよ、それ!
「兄弟仲がいいのが最高よ。これで月影寺も安泰よ」
「まぁ……薙もいるし、いいのか」
「少し位……他所と違ってもいいじゃないですか。幸せそうに暮らしているのだから」
「そうだな。確かに洋くんがやってきて、丈も明るく打ち解けて……皆、いい雰囲気だ。どれ、では私も返却作業を手伝おうか」
「えぇ、あなたは詫び状を書いて頂戴!」
「はいはい、奥様」
「あ、それならオレも手伝おうか」
「やっぱり薙もお見合いには反対なのね」
「もちろん反対だよ。母さんはひとりでいいし、流さんにはずっとここにいて欲しいし……よし! 流さんに見つからないように、早く送り返そう」
「それそれ、見つかると厄介なことになるわ。流は暴れん坊だから」
きっと父さんと流さんはふたりの関係を、祖父母には永遠に明かさないろうな。
オレもそれでいいと思う。明かさなくても……二人は最初から兄弟だから、何の違和感もなく永遠に一緒にいられるしね。
オレ……父さんにはずっとずっと笑っていて欲しいんだ。
オレを身を挺して守ってくれた父さんが大切なんだ。
幸せになって欲しいんだ。
だから……目、早く治せよ!
声が漏れないように、愛が零れないように翠の唇を吸い上げならの逢瀬だった。
「あっ……あ、うっ」
翠の中は、いつもしっとり湿って暖かい。柔らかい襞が、俺のモノを優しく包み込んでくれる。
「りゅ……う……」
「何だ?」
「……嬉しい」
はぁぁ……参ったな、何を言うかと思えば、そんなことを!
ずっと密かに憧れていた兄を、病院のベッドで下半身を剥いて隠微な交わりをしている。なのに少しも淫猥な雰囲気はなく、どこまでも翠の澄み渡った気で浄化してもらうような交わりなんだ。
流れる水は、澄んでいる。
翠と繋がってから、俺の毎日は澄み渡っている。
すっと見えない靄が未来にかかっていた。
今は静寂の月明かりの夜のよう。
翠の眦《まなじり》に浮かぶ透明の涙をチュッと吸い上げてやると、翠が花が咲くように微笑んでくれた。
「この先、僕らの行き着く所はどこか……全く分からないのに、少しも不安じゃないんだ。それは流と一緒だからだよ」
「可愛いことばかり。俺をそんなに喜ばせて……」
「あっ、あ……」
「しっ、静かに」
翠の腰を抱き上げ最奥まで辿り着く。
祖父の代に巻かれた種は……この世界でようやく花開いたのだ。
翠……翠は……泥沼に咲く気高い蓮のような人。
翠に巡り逢えて、一番近い所に生まれて本当に良かった。
生涯を共に出来る、一番近い場所に俺たちは生まれた。
言葉に出来ないほど、嬉しいことだ。
俺たちはこのまま生涯の愛を、生涯の恋を全うしよう!
****
オレは久しぶりに、祖父母と夕食を共にしていた。
「薙、高校はどうするんだい? もう受験生だろう」
「うーん、まぁね」
父さんが目の病気のため検査入院し、流さんはいそいそと付き添いで泊まり込み。それって怪しすぎる。大丈夫なのかと突っ込みたくもなるよ。
「ここからだと、お父さんと一緒の高校を受験する?」
「父さんって、どこの高校?」
「私立の鎌倉鶴ヶ丘学園よ」
「鎌倉駅の寺の横のか……父さんは、あそこかぁ」
よく制服を見かける。
黒い学ランの坊ちゃん学校は、父さんっぽいな。
「じゃあ流さんは?」
「あの子は翠と同じ学校に行きたがっていたのに受験に失敗しちゃって、県立の由比ヶ浜高校だったのよ」
「へぇ、そこがいいな」
「あら? 興味あるなら流に聞いてご覧なさい」
「そうするよ。ところでそれ何?」
先ほどから気になっていた、祖母の持って来た分厚い封筒の山。
食後のデザートに苺を摘まみながら、思い切って聞いてみた。
「あぁ、これはねぇ、またお見合いの釣書よ。お見合い写真とほらセットなのよ」
「見合い? 誰の?」
「うーん、薙には複雑かもしれないけれども、二人のよ」
「なんだよ。それっ!」
「断っても断っても、来るのよね。しかも私達の熱海に」
「まぁ……分かるけどさ」
こんな山奥だが、北鎌倉は都会からも来やすく人気の観光エリアだ。息子のオレから見ても、父さんはたおやかな美形だし、流さんはワイルドな野性的な魅力溢れる男性だ。
タイプは違うがモテル男の代名詞さ。写経の会や御朱印をもらいにくる女性の多いこと。
「罪作りだな」
「ん?」
「なんでもない」
まさか父さんと流さんが恋仲だなんて、祖父母が知るはずがない。
「もう、これは全部返しましょう」
「そうかぁ……勿体ないな」
「そんなことないわ。うちには薙がいるし、翠は……結婚はもう懲り懲りでしょう」
「翠はそうだが……流は一度も結婚しないなんて、やっぱり不憫じゃないか」
祖父は相変わらず流さんの結婚に未練があるようだが、祖母はハッキリと言い切る。
「いいのよ、あの子は昔から翠一筋でしょう」
「ぶっ‼」
飲んでいた番茶を、思わず吹き出しそうになった。
お、おばあさん! 誤解を招くような言い方だよ、それ!
「兄弟仲がいいのが最高よ。これで月影寺も安泰よ」
「まぁ……薙もいるし、いいのか」
「少し位……他所と違ってもいいじゃないですか。幸せそうに暮らしているのだから」
「そうだな。確かに洋くんがやってきて、丈も明るく打ち解けて……皆、いい雰囲気だ。どれ、では私も返却作業を手伝おうか」
「えぇ、あなたは詫び状を書いて頂戴!」
「はいはい、奥様」
「あ、それならオレも手伝おうか」
「やっぱり薙もお見合いには反対なのね」
「もちろん反対だよ。母さんはひとりでいいし、流さんにはずっとここにいて欲しいし……よし! 流さんに見つからないように、早く送り返そう」
「それそれ、見つかると厄介なことになるわ。流は暴れん坊だから」
きっと父さんと流さんはふたりの関係を、祖父母には永遠に明かさないろうな。
オレもそれでいいと思う。明かさなくても……二人は最初から兄弟だから、何の違和感もなく永遠に一緒にいられるしね。
オレ……父さんにはずっとずっと笑っていて欲しいんだ。
オレを身を挺して守ってくれた父さんが大切なんだ。
幸せになって欲しいんだ。
だから……目、早く治せよ!
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