重なる月

志生帆 海

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14章

追憶の由比ヶ浜 50

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『なぁ……駄目か』だって?

 その言葉を待っていたぜ! 聞かれなくて、先ほどから翠の布団に潜り込みたくて溜まらなかったのだ。

「行く!」
「うん、おいで」
 
  ん? 翠は兄モードなのか。俺を随分幼く扱うのだな。

 あぁそういえば、小さな頃……兄さんがよくこんな風に呼んでくれた。

『りゅう、おいでよ、僕の布団に』
『流、一緒に眠ってあげようか』
 
 あれは……

 雷の鳴る夜。
 月のない闇夜。
 寒い雪の夜。

 小さな頃は同じ部屋で、布団を並べて眠っていた。

 少しだけ寂しい夜は、俺は兄さんが恋しくなった。
 そんな俺を……兄さんはいつも優しく呼んでくれた。

「なぁ……翠」
「何?」
「小さい頃、俺をよく一緒の布団に呼んだのは……本当は兄さんが雷が怖くて、暗闇が怖かったから? 冬は寒かったからなのか」
「え……っ」

 翠の目が……泳ぐ。
 本当に分かりやすい人だ。

「な……何を言って」
「まぁいいや。俺は呼ばれる度にワクワクしたよ」
「そうなの?」
「あぁ、翠の匂いに包まれて眠るのがうれしくて溜まらなかった」

 素直に伝えると、翠はその言葉を噛みしめていた。
 
「嬉しいよ。僕も……流を呼ぶ度に嬉しくなっていた。流の肌はいつも熱かったよ」

 それは幼い心に興奮していたからさ。
 どうして俺がこんなに翠を慕うのか。ただ兄だから? それだけではない。
 もっと心の奥から翠を求めていた。

 翠が少しトーンを落とした声を発した。

「でも……流……言葉って……難しいね」
「ん?」
「言葉は目に見えないものなのに、人を切り刻む刃となり、奈落の底に落とすこともある」
「すまない。そんな言葉の暴力を……かつて俺は翠に投げたこともある」
「流、でもね、流の一見冷ややかな言葉の裏には……いつも涙が流れていた。僕には届いていたよ」
「感じていてくれたのか」
「僕が素直になれなくて……遠回りばかり」

 翠は俺の胸に、コトンと頭を乗せて、俺の鼓動に耳を傾けた。

「さよなら……」
「え?」(い、いきなり何だ?)
「過去の僕にサヨナラだよ。流を好きな気持ちに蓋をしていた僕にサヨナラだ」
「翠……」

 翠が病室の白い天井に、すっと手を伸ばした。少し大きな寝間着の袖からすっと薄く肉のついた腕、手首、手が露わになる。

「……届かないと思っていた、流には」
「それは俺の台詞だ」

 翠の手を追って、俺も手を伸ばす。

 辿り着いた先で、指と指を絡めて恋人繋ぎをして、呼び寄せる。

 翠の細い指は、確かに男のものだがとてもたおやかで、世が世なら、刀より筆が似合う文士のようで愛おしい。

 顔つきも体つきも性格も……声も……何もかも違う翠が好きで、好きで溜まらない。

「どうした?」
「今宵も流が欲しい……と思うのは、贅沢かな?」
「す、翠……っ、いいのか」
「えっと……朝まで検温にはこないらしいんだ。それと今日……僕は検査を頑張ったから……その、ご褒美が欲しい……」
「……!!!!」
 
  くらくらと目眩がする。
 
 ヤバいな、この可愛い生き物は何だ?

 もうすぐ40歳になろうとしている兄なのに、最近ますます若返っていないか。

 なあに、俺たちの青春はこれからだ。

 俺たち……何十年越しの片想いをしたと?
 ようやく成就したのは、まだ最近だ。

「流……僕は節操ない人間か」
「んなことない! っていうか……イテテ……おかしくなるから、それ以上しゃべるな!」

 ムギュッと俺は翠の唇を力強く封じた。

 下半身が痛い、もうガチガチだ。

 翠の言葉だけで、勃つ。

 おい、言葉って凄いな!

 翠の言葉は破壊力抜群だ。その上……翠の身体は極上だ。

「もらうぞ」
「ん……いいよ。静かにするように努めるよ。でも流の言葉って、いつもドキドキするね。僕……流の言葉だけで……もうこんなだよ」

 翠は眉間に皺を少し寄せて、弱り切った表情を見せた。

 翠の唇を再び吸いながら身体のラインを辿り……そっと股間に手を這わすと、俺と同じようにガチガチになっていた。

 それが嬉しくて、溜まらなかった!

 こんな夜があってもいいだろう?
 
 大人しくするからさ。
 だって……俺たち熱烈な恋人同士なんだ。

 声を大にして言えない代わりに……静かで淫らな……甘い夜をもらう。







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