重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,247 / 1,657
14章

追憶の由比ヶ浜 49

しおりを挟む
「パパ-」
「んー? どうした?? 秋」
「おばあちゃん、ねんね、しちゃったぁ」
「白江さん……」

 バックミラーを確かめると、チャイルドシートに座る秋の隣で、白江さんがコックリコックリと転た寝をしていた。

 皺のある口元を綻ばして、楽しい夢を見ているようだ。

 今日は、よほど楽しい時間だったのだろう。
 
 洋さん、良かったな。一時期はどうなることかと心配したが、すっかり和解出来たようで、俺も胸を撫で下ろした。

「秋、静かにな」
「パパぁ、アキもねむい」
「そうだな。お前も疲れちゃったな」
「うん、おばーちゃんとねんねする」
「あぉ、家に着いたら起こしてやるから、ぐっすりお休み」

 正確には白江さんは祖母ではないが、相変わらず日本中を飛び回っている俺の母よりも、ずっと祖母らしい風情だ。
  
 今日はカフェの定休日だ。

 いつもなら保育園に行っている秋と、遠出した。

 行き先は由比ヶ浜。

 長い時間、海辺で遊んだので、まだ2歳の幼い息子はクタクタのようだ。

 やがて……可愛い寝息を立てだした。

 小さな寝言は「まま……」

 その言葉に、クッと胸が切なくなる。

 ごめんな、秋を……ママのいない子にしてしまって。

 ふとバックミラーの自分の顔に、懐かしい人の顔が重なった。

「あっ、海里先生……」

 父の兄、柊一さんのパートナー海里先生の顔に、俺は本当に似ている。

 髪色や瞳の色こそ違うが、顔立ちが似ていると、幼い頃から周りに驚かれたものだ。

 どうして……こんなに似ているのだろう? 

 血が繋がっているわけでないのに、不思議だ。

 父さんが母さんに連れられて日本全国を行脚している間、俺はいつも海里先生と柊一さんに預けられて面倒を見てもらった。

 だから俺にとって、彼らも親のような存在だ。

 そしてもう一組、親のように思っていた人たちがいる。

 アーサーさんと瑠衣さんだ。

 海里先生の弟の瑠衣さんには、英国人の男性パートナーがいた。

 彼らは英国在住だったが、たびたび帰国しては冬郷の家に泊まり、あの由比ヶ浜の家で集まったりもした。

 アーサーさんが用意した瑠衣さんの日本の家が、あの洋くんが引き継いだ由比ヶ浜の洋館の右隣の家だ。

 あそこは元々は、双子《ツイン》の建物だった。

 白江さんに双子の娘が生まれた時に、左と同じ外観の洋館を出産祝いでご主人に建ててもらったそうだ。

 なんとも贅沢な話だよな。

 ところがすぐに財政的な事情があり、英国貴族のアーサーさんに、後から建てた家を売却してしまったそうだ。

 アーサーさんは、もう82歳。

 すっかり年を取られて……でもその見事なアッシュブロンドは色褪せていない。

 今回の来日は弟のノアさんが同行していた。

 きっと……もう最期の来日になるのだろう。

「今日は白江さんも一緒に来ているんです。会いませんか」
「いや、ここでは……瑠衣とゆっくり過ごすよ。帰国前に一度冬郷家に寄らせてもらうので、その時白江さんにも挨拶するよ」
「分かりました」
「春馬くん……君は不思議と……海里に似ているな」
「そうでしょうか。よく言われました」

 俺を通して、亡き親友を想うアーサーさんに胸が切なくなる。

 人には寿命があり、順番にあの世に旅立つのは分かっている。

 だけれど、やはり寂しくなる。

 だが、別れもあれば出会いもあるのが、この世の常。

 消える命と産まれる命。

 世界のバランスは取れている。

「あら、私……眠っていた?」
「えぇ、楽しそうな夢を見ていましたよ」
「ふふっ、昔ね、海里さんや柊一さんたちと夏休みにあの由比ヶ浜に泊まったの。正確には旅行にいってらっしゃいと別荘の鍵を渡したんだけど、私、どうしても気になって、娘を連れて覗き見をしに行ったのよ。はしたないでしょう?」
「ははっ、いいものが見られました?」
「それはもう! 最高に可笑しかったわ」

 少女のように可憐に笑う白江さん。

 その話……ぜひ聞かせて欲しい!






しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

処理中です...