重なる月

志生帆 海

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14章

追憶の由比ヶ浜 44

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「ようちゃん、気をつけてね。今日はありがとう」

 春馬さんの車で帰って行く祖母を見送ってから、別荘の鍵を閉めた。

 さてと俺も帰ろう。

 だが、どこへ?

 月影寺に真っ直ぐに戻っても、今日は翠さんも流さんもいない。

  丈もまだ仕事中だ。

 ならば、行こう。

 俺から丈を迎えに!

 なぁ、丈いいだろう?

 俺ね、最近……まるで背中に羽が生えたように気持ちが明るくなっている。

 こんな気持ちになるのは、いつぶりだろう。

 母のルーツを調べ、祖母と再会出来て……本当に良かった。

 地に足がしっかりつくと、心置きなくジャンプ出来るんだな!
 
 
  車に乗り込みエンジンをかけていると、隣の家の扉が開いた。

 あ、やっぱり……誰か住んでいるのか。

 興味を持ってバックミラーで様子を窺うと……

 中から背の高い男性がゆったりと出てきた。

 アッシュブロンドの珍しい色の髪が、春風にふわりと揺れている。

 へぇ、よく似た外観に住むお隣さんって……外人だったのか。

 思いっきり手を空に伸ばして、青い瞳で由比ヶ浜の海を見つめていた。

 雪也さん位の年代だろうか……

 逆光でよく見えないが、随分と品のある紳士だな。

 何者だろう?

 いつかどこかで会ったことがあるような不思議な心地だった。

 あ、でも……会ったのは俺ではなく、母さんかもしれない。

 何故なら、俺の中の母さんの血が喜んでいるから。

 誰か……縁があった人なのか。




 俺は車を走らせた。

 一路、丈の元へ――

 俺、お前に会いたくて溜まらないよ。

 駐車場に着いて時計を見ると、丈が出て来るまで、あと1時間もあった。

 だが下手に病院内を歩き回らない方がいいだろう。

 車の中で、ゆっくりと丈を待つことにした。

 いつぶりだろう、丈をこうやって迎えに来るのは……

 春の宵――

 丈を想いながら待つ時間も、良いものだ。
 
 ****

「兄さん。夕食が来たぞ」
「ありがとう。あっ、でも流はどうする?」
「まぁ後で適当に食べるから、気にするなって」
「そうか、悪いね。僕だけ……」

 そこで楽しいことを思いついた。

「兄さん、本当に悪いと思っているのか」
「うん、食いしん坊の流の前で、先に食事をするのは忍びないよ」
「じゃあ、一つだけ願いを叶えてくれるか」

 兄さんの箸がぴたりと止まり、怪訝そうに俺を見つめた。

「き……キスは……もう駄目だ」

 蚊の鳴くような声……おい、可愛いな!

「そんなことはしない」

 安堵した表情……おい、それも可愛いな!

「じゃあ何をする気だ?」
「フフン……俺が食べさせてやる」
「えぇ?」

 目を見開いて驚く顔……それもいい!

「りゅ、流……僕は病人じゃないよ。検査入院をしているだけなんだよ? 手を骨折しているわけでも点滴をしているわけでも……」
「だからだよ。食欲はあるんだろ?」
「まぁ、それは……あるが」
「なら、いいじゃないか」
「流? もうっ、言ってることが支離滅裂だよ!」
「あーもう、じれったいな。ほれ、あーん」

 翠の箸を奪い取ると、観念したように口を開けてくれた。

 そういう所が好きだぜ、翠!

「流は……どうして……僕をこんなに甘やかすんだ?」
「好きだからさ。好きで好きで溜まらないからだ! これでいいか」
「も、もう――」

 翠が目元も耳も染め上げてくれる。

 袈裟を着て、凜と澄ました翠も好きだ。

 ずっと憧れていた気持ちは、未だにある。

 幼い頃から秘め続けた気持ちは、ひたすら尊い。

 そして今俺の前で口を雛のように開けてくれる翠は、とにかく愛おしい。

 俺だけの翠なんだ、この姿は。

「流……そんなに見つめないでくれ。おかしくなりそうだ……」
「良かった。目がよく見えるようだな」
「あ、そう言えば……霞まなくなったよ。流の顔がよく見えるよ」
 

 
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