重なる月

志生帆 海

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14章

追憶の由比ヶ浜 42

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「おばあさま、転ばないように気をつけて下さい。あ、あの……手を」
「まぁ、ようちゃんってば、優しいのね」

 少し恥ずかしかったが、祖母の手を引いて由比ヶ浜の砂浜をゆっくりと歩いた。

「シーグラス、ないわね」
「葉山の海では沢山あったのですが……」
「そうなのね。でも、よーく見たらあるかもしれなくてよ」
「そうですね! 探してみましょう」

 押しては引く波。

 濡れそうで濡れないラインをシーグラスを探しながら歩いていると、可愛い足が視界に入った。幼い子のぷっくりとした裸足だ。

「ん?」
「おばあちゃん!」
「あら、秋くん!」
「白江さん、洋くん、こんにちは」

 顔をあげると、春馬さんが立っていた。秋くんの手をしっかり握っている。

 彼は精悍で爽やかなイクメンだと、改めて感心してしまった。

「やぁ洋くん、あれ以来だね。君、とてもいい笑顔になったね」
「春馬さん、その節は色々とご心配かけてすみません」
「うん、今の君には、いい風が吹いているな」
「あ……はい!」

 確かに俺の周りには、今とてもいい風が吹いている。

「おばあちゃん、あげる」
「あら? まぁ、綺麗」
「ここ由比ヶ浜は桜貝が拾える名所ですから、沢山見つけられましたよ」
「そうなのね。朝も夕も……そう言えばよく拾ってきたわ」

 桜貝は、桜の花びらのように可憐で美しい貝殻だった。

「でも……薄くて華奢だから、簡単に割れて、壊れてしまうのよね」

 おばあさまの手にのせられた桜貝も半分欠けてしまった物だった。

 まるで双子の片割れのよう。

 おばあさまは、悲しげに海の向こう……遙か彼方の空を見つめていた。

「おばあ様、あの、今日はせっかくなので俺達も桜貝を探してみませんか」
「そうね。シーグラスもいいけれども、桜貝にしましょう。あの子を思い出すの。夕の可愛い爪の色、夕の淡い唇の色……夕の……」

 俺達は潮風をゆったりと感じ、雄大な浜を見渡し、波打ち際をゆったりと歩いた。

「ようちゃん、ねぇ、砂が入るわ。靴を脱いでみない?」
「そうしましょう」

 途中で靴を脱いだ。

 素足に感じるのは、大地の熱。

 生きているから感じられる熱が駆け上ってくる。

「あ……ようちゃん……」

 祖母が突然俺の足下にしゃがみ込んだので、驚いた。

「ごめんなさいね。あなたの足の爪……見せて」
「?」
「まぁ……こんな所も似るのね」
「あの……母にですか」
「そうよ。夕の爪のカタチと同じね。ようちゃんは、夕の子供なのねぇ」

 母と俺を重ねてくれる祖母が好きだ。俺を通して母を見るだけでなく、母の面影から、俺という存在を認めてくれる祖母が大好きだ。

 その時、指先に何か固い物が触れた。

「あ……ここに桜貝が」
「まぁ、綺麗なカタチよ!」

 祖母の手には、欠けていない2枚の合わせ貝がのっていた。

 俺達の様子を覗き込んだ、春馬さんが教えてくれた。

「へぇ、洋くん、いいの見つけたね。二枚の合わせ貝は恋愛成就アイテムだよ」
「まぁ素敵ね。それはようちゃんが持って帰りなさい」
「でも……」
「私には秋くんがくれた物が沢山あるわ。欠けてはいるけれども、とても綺麗な色の桜貝ばかりよ」
「あの、おばあさま。もしよかったら、それを貸してもらますか。何かアクセサーに出来るかも」

 流さんに相談すれば、絶対にアクセサリーに出来ると確信した。
 
「まぁ、いいの? 楽しみよ。じゃあそれが出来たら白金に遊びに来て頂戴」
「はい! ぜひ」

  桜貝は幸せを呼ぶ貝、とても素敵なことを知った。

「そろそろ……私は春馬くんの車で帰るわね」
「はい! おばあさま、とても楽しい1日でした。ありがとうございます」
「私もよ、ようちゃん」

 由比ヶ浜で祖母と別れ、俺はひとりになった。

 しかし、少しも寂しくなかった。

 俺には戻る家があり、逢いたい人達がいる。

 それは、俺がこの世を生きていく理由になる。




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