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14章
追憶の由比ヶ浜 41
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「兄さん、心電図、もう一度やり直しますよ」
「ご、ごめん……忙しいのに、迷惑をかけて」
「いえ、大丈夫ですよ。さぁ……落ち着いて」
丈がそっと僕の肩に触れてくれる。
すると静かな気が届いた。丈特有の、ひんやりとした”気”だ。
冷静沈着で深い湖のような心を持つ丈。
丈は……洋くんを深く愛するために何度も生まれ変わって、この世に生まれてきたのでは?
ふと……そんなことを思った。
あ……良かった。丈の気のお陰で、だいぶ落ち着いてきた。
「兄さん、そろそろ……いけそうですか」
「えっ?」
―― イケそうか、翠 ――
丈の低い声が、流の艶めいた声に聞こえて、激しく動揺してしまった。
馬鹿っ、僕は一体何を考えて?
「うっ……」
「兄さん?」
「ごめん……本当に、ごめん」
僕は、もうダメだ……こんなになってしまった。
よく分かった。つまり流がいないと駄目なのだ。流が傍にいないと、流のことばかり考えてしまう! 僕がわざと病室に置いてきたくせに流に会いたくて溜まらないのだ。
「あの~ 張矢先生どうします? お兄様、動悸が激しいみたいなので24時間装着検査に切り替えますか」
「いや、それは拷問だろう。すまないね。兄は病院嫌いで緊張してしまう性質なのだ」
「いえいえ、こんな麗しい方にも弱点があるのですね」
「次、詰まっているのか」
「10分程なら余裕があります」
「わかった。少し待ってくれ。落ち着けるよう、付き添いを呼んでくる」
丈? もしかして流を呼びに行ってくれるのか。
丈には全てを語らなくても分かってもらえる。
流との秘密の恋愛を、丈には隠さないでいい。そのことが、こんなにも楽で心強いなんて……。
丈が心電図検査室の扉を開けると、すぐに流の声がした。
「兄さん? なんだ、そこにいたのですか」
「まぁな……ちょっと心配でな」
「ふっ、ちょうど良かった。中に入って下さい。翠兄さんを見守ってあげて下さい」
「いいのか。分かった」
流が来てくれる。
そう思うと、一気に落ち着いた。
「あら? 急に鼓動が落ち着いてきましたね。では、今からもう一度測定しますね」
「あぁ、頼む」
さっきは流の姿が見えないと、脳内が忙しなく流を呼んで苦しい程だった。
『流水……どうか僕に触れて、せめてもう一度だけ……今生でもう一度だけ、お前の温もりが欲しいんだ』
それは……湖翠さんの叶わぬ願いだった。
「兄さん、大丈夫だ。俺はここにいる。他の呼び声には反応しなくていい」
「ありがとう……流」
僕の揺れる心は、流の励ましのお陰で、嘘のように凪いでいた。
同時に僕が一番怖いのは、流がいないことだと痛感していた。
****
病室に戻って来ると、流はご機嫌だった。僕が考えていることは、どうやら全部お見通しのようだ。
「翠は可愛いな。俺がいないと、もう駄目なんだなんて」
「いっ……いちいち言わなくていいから」
「俺を置いていくから、大変なことになったようだな」
「……丈の声が、流のものに聞こえるなんて……もう僕は重症だ」
「ん? たまに母さんから似ているって言われるぜ」
「そう……なの?」
「まぁ、俺はあんなブスッとしていないけどな!」
「んっ、……あっ」
ちゅっ、ちゅっと、仰向けの状態で再び口づけされながら、顔を覗き込まれた。
「み……見ないでくれ」
気まずくて恥ずかしくて、両腕を交差させ、顔を隠した。
「それ以上言うな……僕は流がいてもいなくても、動悸が激しくなるんだ。もう……おかしいのかも」
「おかしくなんでない! 嬉しいよ。俺の一途な想い……全部、翠が受け止めてくれるなんて夢みたいだ」
流の艶めいた瞳、逞しい身体……そして僕のために動く、この手。
「流が……大好きなんだ……もう全部、困ってしまう程……」
「翠、翠……ありがとう」
折れるほどキツく抱きしめられ、祈るように口づけられ……泣きたい程、幸せになった。
「なぁ……流、僕のここ……もう綺麗にしてもらってもいいか」
胸の火傷痕をパジャマの上から押さえて、流に聞いてみた。
「あぁ、分かっている。翠の身体だ。翠のなりたい身体にしてもらうといい。俺はどんな翠でも、受け入れるから安心しろ」
「……ありがとう」
いよいよ明日、この火傷痕の治療方法について診察を受ける。
僕はもう、この傷痕から解放されたいよ。
流だけの、僕になりたいんだ。
あいつの爪痕は、削ぎ落とす。
僕の意志で――
「ご、ごめん……忙しいのに、迷惑をかけて」
「いえ、大丈夫ですよ。さぁ……落ち着いて」
丈がそっと僕の肩に触れてくれる。
すると静かな気が届いた。丈特有の、ひんやりとした”気”だ。
冷静沈着で深い湖のような心を持つ丈。
丈は……洋くんを深く愛するために何度も生まれ変わって、この世に生まれてきたのでは?
ふと……そんなことを思った。
あ……良かった。丈の気のお陰で、だいぶ落ち着いてきた。
「兄さん、そろそろ……いけそうですか」
「えっ?」
―― イケそうか、翠 ――
丈の低い声が、流の艶めいた声に聞こえて、激しく動揺してしまった。
馬鹿っ、僕は一体何を考えて?
「うっ……」
「兄さん?」
「ごめん……本当に、ごめん」
僕は、もうダメだ……こんなになってしまった。
よく分かった。つまり流がいないと駄目なのだ。流が傍にいないと、流のことばかり考えてしまう! 僕がわざと病室に置いてきたくせに流に会いたくて溜まらないのだ。
「あの~ 張矢先生どうします? お兄様、動悸が激しいみたいなので24時間装着検査に切り替えますか」
「いや、それは拷問だろう。すまないね。兄は病院嫌いで緊張してしまう性質なのだ」
「いえいえ、こんな麗しい方にも弱点があるのですね」
「次、詰まっているのか」
「10分程なら余裕があります」
「わかった。少し待ってくれ。落ち着けるよう、付き添いを呼んでくる」
丈? もしかして流を呼びに行ってくれるのか。
丈には全てを語らなくても分かってもらえる。
流との秘密の恋愛を、丈には隠さないでいい。そのことが、こんなにも楽で心強いなんて……。
丈が心電図検査室の扉を開けると、すぐに流の声がした。
「兄さん? なんだ、そこにいたのですか」
「まぁな……ちょっと心配でな」
「ふっ、ちょうど良かった。中に入って下さい。翠兄さんを見守ってあげて下さい」
「いいのか。分かった」
流が来てくれる。
そう思うと、一気に落ち着いた。
「あら? 急に鼓動が落ち着いてきましたね。では、今からもう一度測定しますね」
「あぁ、頼む」
さっきは流の姿が見えないと、脳内が忙しなく流を呼んで苦しい程だった。
『流水……どうか僕に触れて、せめてもう一度だけ……今生でもう一度だけ、お前の温もりが欲しいんだ』
それは……湖翠さんの叶わぬ願いだった。
「兄さん、大丈夫だ。俺はここにいる。他の呼び声には反応しなくていい」
「ありがとう……流」
僕の揺れる心は、流の励ましのお陰で、嘘のように凪いでいた。
同時に僕が一番怖いのは、流がいないことだと痛感していた。
****
病室に戻って来ると、流はご機嫌だった。僕が考えていることは、どうやら全部お見通しのようだ。
「翠は可愛いな。俺がいないと、もう駄目なんだなんて」
「いっ……いちいち言わなくていいから」
「俺を置いていくから、大変なことになったようだな」
「……丈の声が、流のものに聞こえるなんて……もう僕は重症だ」
「ん? たまに母さんから似ているって言われるぜ」
「そう……なの?」
「まぁ、俺はあんなブスッとしていないけどな!」
「んっ、……あっ」
ちゅっ、ちゅっと、仰向けの状態で再び口づけされながら、顔を覗き込まれた。
「み……見ないでくれ」
気まずくて恥ずかしくて、両腕を交差させ、顔を隠した。
「それ以上言うな……僕は流がいてもいなくても、動悸が激しくなるんだ。もう……おかしいのかも」
「おかしくなんでない! 嬉しいよ。俺の一途な想い……全部、翠が受け止めてくれるなんて夢みたいだ」
流の艶めいた瞳、逞しい身体……そして僕のために動く、この手。
「流が……大好きなんだ……もう全部、困ってしまう程……」
「翠、翠……ありがとう」
折れるほどキツく抱きしめられ、祈るように口づけられ……泣きたい程、幸せになった。
「なぁ……流、僕のここ……もう綺麗にしてもらってもいいか」
胸の火傷痕をパジャマの上から押さえて、流に聞いてみた。
「あぁ、分かっている。翠の身体だ。翠のなりたい身体にしてもらうといい。俺はどんな翠でも、受け入れるから安心しろ」
「……ありがとう」
いよいよ明日、この火傷痕の治療方法について診察を受ける。
僕はもう、この傷痕から解放されたいよ。
流だけの、僕になりたいんだ。
あいつの爪痕は、削ぎ落とす。
僕の意志で――
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