重なる月

志生帆 海

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14章

追憶の由比ヶ浜 40

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「流、ここは病院だよ。少し慎んで。丈、いろいろありがとう。皆さんによくしてもらっているよ」
「お役に立てて良かったです。、そうだ兄さん、次の検査は何ですか」

  流に冷やかされて、どう反応していいのか困っている丈が気の毒で、助け船を出した。

「えっと、何だったかな」
「心電図だろ」
「あぁ、ちょうど私も心電図検査室に行く所です。案内しますよ」
「分かった。あ、待って。流はここで待っていてくれ」
「えー! なんでだよ?」

 流が不服そうに口を尖らせたので、僕は耳元でそっと囁いた。
 
「流がいるとね、心電図が乱れそうなんだ。だから分かっておくれ」
「お、おう。そうだな。さっき心拍も上がっていたしな。そうかそうか……そんなに俺を意識してるのか」

 流はまんざらでもない様子で、送り出してくれた。

「翠兄さん? さっき……何を話したんです?」
「ん……いい子に待っているようにって」
「ふっ、兄さんは人を使うのが上手ですね」
「……我が身のためだよ。そういえば、さっきの洋くん可愛らしかったな。なんだか妹を持った気分だったよ」
「既にナースステーションでは、私の可愛い妹だと噂が広まっていますよ」

 やはりそうなのか。ただでさえ憂いを含んだ麗しい顔だから、可愛いワンピースを着たら、魅力が炸裂してしまったようだ。

 しかし一抹の不安が……ついにあのあの開かずの箪笥が解禁されてしまった。

 おひな祭りに僕に女の子の格好をさせてから……母がしつこく女装させたがったので頑なに断ってきたが、あの箪笥には母の長年の夢がぎっしり詰まっているのを知っている。

 味を占めた母が、何を言い出すのか不安で仕方が無い。まぁその時は洋くんも道連れだ。

「兄さん、心電図検査を見学させてもらっても?」
「ん……いいよ、分かった」

 流が傍にいると、流に見つめられるだけでドキドキしてしまうから、部屋に置いて来た。

 だが丈ならば大丈夫だろう。

「失礼するよ」
「あ、張矢先生♡」
「私の兄なんだ、よろしく頼むよ」
「わぁ緊張します。じゃあ……始めますね。えっと張矢翠さんですね」
「はい」
「胸と手首、足首部分の素肌が見えるように服や下着をずらして、ベッドに仰向けに休んでいただきます」
「……はい」

  火傷痕が見えてしまうので一瞬躊躇した。

 そうだ、だから僕は健康診断がずっと苦手だったのだ。

 すると丈が臨床検査技師の手を制した。。

「私が電極の取り付けをしよう」
「え? 先生が自ら?」
「久しぶりにやってみたいのだ。君は心電図の記録を」
「畏まりました」

 丈がしてくれるのか。そう思うと、一気に安堵した。
 
 こんなことでは駄目だ。いちいち気にするな。そう思うのに…最近、僕のストレス原因は胸の下に刻まれた火傷痕なので、あまり人の目に触れさせたくない気持ちが強いんだ。
  
「兄さん、両手首と両足首の4ヶ所、それから胸に6ヶ所電極を取り付けて、心電図を記録します。大丈夫ですよ……落ち着いて」

 いつも流に吸われるので、尖ったような気がする乳首を見せるのが恥ずかしくて、目を
反らしてしまった。

「では深呼吸して、無の境地になって下さい。兄さんなら出来ますよ」
「分かった」

 僕は月影寺の住職。幼い頃からいつかお祖父様や、父のように立派なお坊さんになりたくて、精進してきた。

 この位の検査、乗り越えてみせよう。

 目を閉じて、無の境地へ。

「いいですよ。そのままじっとしていて下さい。5分ほどで終わりますから」

 コクリと頷いた。

 耳を研ぎ澄ましていくと、丈と技師の会話が聞こえた。

「流石、張矢先生ですね。心電図のデータもとてもクリアです。電極の位置に加減なんてあるんですかね。あぁ~流石、我が大船病院のゴッドハンド♡」
「おい? さっきから……なんだ?」

 ゴッドハンド?

 それって……僕に触れる流の指のことだよ?

 流の指はすごいんだ。

 ろくろを回せば美しい造形物を生み出し、筆を持てば繊細な絵付けを。
 フライパンを握れば美味しい食事を作りだす。

 そして指を湿らせ……僕の内部を暴きにやってくる。
 
 あ……まずいな。急に鼓動が早くなってしまう。

 胸元についた冷たい電極に意識が集中してしまうよ。

 いつだったか乳首に氷を当てられた。あの時のぞくりとした心地を思いだしてしまった。

 ドクドク、ドクドク――

「あら? 先生、急に波形が乱れて来ました。患者さんに動悸が起きているのでは?」
「に、兄さん……? 無の境地ですよ!」

 あぁ……参ったな。丈に怒られる始末だ。

 今のは、流の手を思いだした僕が、絶対に悪い!

 

 
  
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