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14章
追憶の由比ヶ浜 37
しおりを挟む私の胸に抱かれる洋が、愛おしくて溜まらないわ。
あなたは私の愛娘、夕の一人息子で、忘れ形見よ。
夕に生き写しの顔で生まれて来てくれてありがとう。
先ほど、夕の言葉と洋の言葉が見事に重なり、私は長い間彷徨っていた闇から抜け出せたわ。
夕を失って我が家からは笑い声が消え、主人も私も朝も、皆それぞれに意地を張り素直になれない人生を送ってしまった。
今になってようやく、夕のその後の人生を知るなんて。
駆け落ちした娘を私達から探すなんてと意地を張って、夕を探さなかったのを激しく後悔しているわ。
夕が浅岡さんを失った時、どんなに心細かったか。
夕が再婚を決めた時、どんなに辛かったか。
夕が死を目前に、どんなに私に会いたがっていたか。
何も知らず、知らせずに逝ってしまったことを、激しく恨んだりもしたわ。
しかし全ての後悔を、この子が救ってくれた。
「洋……ようちゃん。私の孫……ごめんなさい」
「おばあさま、謝らないで下さい。今の俺を見て」
「そうしてもいいの? 許してくれるの?」
「おばあさま、俺がそうして欲しいのです」
****
おばあさまが母さんを迎えに来てくれたら、俺はあのような目に遭わなかったのでは?
そんな風に考えたこともあった。
母さん……どうしておばあさまのお屋敷の前まで俺を連れて行ったのに、中に入らなかったのですか。
そう責めたこともあった。
だが全て……もう過ぎ去ったことだ。
俺の過去が教えてくれる。
過去を悔やむな。
前を見てくれと……
今、息をして、笑って、生きてくれと。
それでこそ、辛く悲しい過去も意味を成す。
「洋……ありがとう。あなたのお陰で、残りの人生を……私らしく生きていけるわ」
もう……明るい追憶にしていこう。
おばあさまは俺の知らない母を知っている。
もっと、もっと……教えて欲しい、伝えて欲しい。
「おばあさまは……あの、お若い頃はどんなでした?」
「私? 勝ち気で好奇心旺盛だったわ」
おばあさまの顔には、その名残が充分あるような? どうやら白江さんの性格は、涼のお母さん、朝さんが受け継いだようだ。
「双子の子育ては大変だったのでは?」
「そうねぇ、性格の違い過ぎる二人に毎日大忙しだったわ。だから柊一さんの家を巻き込んで子育てしちゃったわ。ふふふ、そうそう朝と夕のベビーシッターをしてくれた女性が、柊一さんの弟、つまり雪也さんの奥さんなのよ」
「えっ、そんな繋がりがあるのですか」
「だから、あなたを見たらきっと驚くわ」
雪也さんは、白髪交じりのダンディな紳士だったな。俺の父さんも生きていたら、今頃、あんな感じだったのかな?
「……浅岡信二さんは……」
「えっ」
ドキリとした。まさかおばあさまから、亡くなった父の名が出るとは思っていなかった。禁句だと思っていた。
「洋は、自分のお父さんの素性をどこまで知っているの?」
「いいえ……翻訳者だったことしか知りません。父方の親戚は誰ひとりとして、知りません」
「まぁ……そうなのね」
父さんは、俺が7歳の時、交通事故死してしまったから、もう顔もおぼろげだ。父の写真も……ない。
「そうなのね……お互い駆け落ちした身、夕も浅岡さんも、互いに身内には頼らなかったのね。彼はとてもハンサムで真面目な青年だったわ。京都から出てきた大学生だったわ。詳しい素性は知らないけれども贔屓にしている呉服屋からの紹介だったので安心して……」
京都? ……呉服屋と聞くと、どうしても夕凪を思いだしてしまう。
おばさまはには、俺の輪廻転生の深い物語を伝える予定はないが、気になってしまった。
「……それは初めて聞く話です」
「ごめんなさい。我が家の経済状態があんなに傾いていなければ、許せたかもしれないのに」
「おばあさま……もうやめましょう! もう過去には戻らない。少なくとも俺の両親は幸せそうでした。俺の幼い頃の記憶にはそう映っていました」
「そうね。そうなのね……良かった。夕が温かい家庭を築けた時期もあったのね」
由比ヶ浜の別荘で追憶するのは――
母の幸せな笑顔だ。
俺とおばあさまは、部屋をぐるりと見渡した。
「あっ……洋、見て、ここを!」
祖母が指さしたのは、大きな古時計の側面。
そこには幼い子供の文字が書かれていた。
「まぁこんな所で背比べしたのね。あの子達ってば……落書きみたいに」
あさ 8さい
ゆう 8さい
母と叔母は同じ身長だったのか。
線はひとつで、名前はふたつ仲良く並んでいる。
124 cm
俺より遙かに小さい母の面影を見つけた!
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