1,234 / 1,657
14章
追憶の由比ヶ浜 36
しおりを挟む
「おばあさま、教えて下さい。この人達と、俺の母さんは接点があったのですか」
「えぇ、幼い頃からよく遊んでもらったわ。活発な性格の朝は海里先生が庭遊びして下さて、大人しい夕は柊一さんのお膝で本を読んでもらったりしていたわ。彼らはとても子煩悩だったの」
「……母さんは、やっぱり大人しかったのですね」
「そうよ。涼の母には会ったことがあるのよね?」
「はい、ニューヨークで……あまりに顔が似ていて、でもあまりに性格が違っていたので驚きました」
「そうよね」
おばあさまが二人がけのソファに腰掛けたので、俺も隣に座った。
「最後にこの別荘に来たのは、夕が高校1年生の時だったわ。あの頃は毎日が楽しかったわ……」
おばあさまの声のトーンが沈んでいく。
「あのね……洋……その、崔加さんは、今、どうしているの?」
突然鈍器で殴られたような心地になった。
耐えねば……堪えろ、洋。
「な、何故、急に?」
「夕の手紙に、洋を託すために彼と再婚したと書いてあったわ。あなた……本当にあの人と暮らしていたの?」
「……はい。大学卒業まで一緒に」
「……そうなのね。洋……? 顔色が悪いわ。真っ青よ」
「あ……っ」
おばあ様は何も知らない。絶対に悟られてはいけない。
俺が義父に何をされたかは、永遠に封印する!
「……大丈夫です。義父とは、その後……いろいろあって……縁を切りました」
それだけ告げるので、もう精一杯だった。
「そうだったのね。……丈さんとの関係をやはり理解してもらえなかった?」
「……まぁ、そんな所です」
大きく捉えればそうなる。平たく言えばそうなる。
丈との肉体関係が先だった。そしてそれが……あの日、義父が逆上した引き金になってしまった。キュッと奥歯を噛みしめた。
「嘘よ! 洋、あなた……とても嫌なことがあったのね。私に話せないようなことが」
「そっ、そんなことありません。俺は大丈夫です」
「嘘よ! だって……あの日の夕と同じ顔をしているわ」
「どういう意味です?」
おばあさまが俺の手を握って下さる。
冷え切った手に温もりを感じ、いくらか安堵した。
「高校時代……ある日、夕が蒼白な顔で帰って来たの。頬を誰かに叩かれたのか唇の端が切れいていて酷く心配したのよ。でもどんなに聞いても夕は悲しげに首を横に振って……今のあなたのように苦しい表情を浮かべていた。今度は見過ごさないわ。小さなサインを。小さなSOSを……っ」
おばあさまが、涙を流して……俺をふわりと抱きしめてくれた。
「洋も夕も……本当にごめんなさい。あなたたちが苦しんだのは、家を建て直すために、崔加さんの家の財力に固執した私と主人のせいよ。どうかしていた……もうどうにもならないと分かっていても、謝りたいわ」
何てことだ! 由比ヶ浜で……母の優しい思い出を辿るはずが、もっと前の……運命の分かれ道にまで戻ってしまったのか。
「夕は嫌がっていたのに……無理矢理、彼と結婚させようとして……。洋、あなたはもしかして……あの時の因縁を投げつけられてしまったのでは?」
「お、おばあさま、もう……どうか、それ以上は話さないで下さい」
(ママ、もうやめて……もういいの。もう戻れないことよ)
天から……母の声が重なっていく。
「おばあさまは、今の俺を見て下さい!」
(ママ、ママ、どうか今の洋を見てあげて! 魅力的な子でしょう? 可愛いでしょう? 辛い過去を乗り越えて、ママの傍にやってきたのよ、今の洋をありのまま受け入れてっ! もう辛いだけの過去はいらない! この子の……今と未来を見てあげて)
「えぇ、幼い頃からよく遊んでもらったわ。活発な性格の朝は海里先生が庭遊びして下さて、大人しい夕は柊一さんのお膝で本を読んでもらったりしていたわ。彼らはとても子煩悩だったの」
「……母さんは、やっぱり大人しかったのですね」
「そうよ。涼の母には会ったことがあるのよね?」
「はい、ニューヨークで……あまりに顔が似ていて、でもあまりに性格が違っていたので驚きました」
「そうよね」
おばあさまが二人がけのソファに腰掛けたので、俺も隣に座った。
「最後にこの別荘に来たのは、夕が高校1年生の時だったわ。あの頃は毎日が楽しかったわ……」
おばあさまの声のトーンが沈んでいく。
「あのね……洋……その、崔加さんは、今、どうしているの?」
突然鈍器で殴られたような心地になった。
耐えねば……堪えろ、洋。
「な、何故、急に?」
「夕の手紙に、洋を託すために彼と再婚したと書いてあったわ。あなた……本当にあの人と暮らしていたの?」
「……はい。大学卒業まで一緒に」
「……そうなのね。洋……? 顔色が悪いわ。真っ青よ」
「あ……っ」
おばあ様は何も知らない。絶対に悟られてはいけない。
俺が義父に何をされたかは、永遠に封印する!
「……大丈夫です。義父とは、その後……いろいろあって……縁を切りました」
それだけ告げるので、もう精一杯だった。
「そうだったのね。……丈さんとの関係をやはり理解してもらえなかった?」
「……まぁ、そんな所です」
大きく捉えればそうなる。平たく言えばそうなる。
丈との肉体関係が先だった。そしてそれが……あの日、義父が逆上した引き金になってしまった。キュッと奥歯を噛みしめた。
「嘘よ! 洋、あなた……とても嫌なことがあったのね。私に話せないようなことが」
「そっ、そんなことありません。俺は大丈夫です」
「嘘よ! だって……あの日の夕と同じ顔をしているわ」
「どういう意味です?」
おばあさまが俺の手を握って下さる。
冷え切った手に温もりを感じ、いくらか安堵した。
「高校時代……ある日、夕が蒼白な顔で帰って来たの。頬を誰かに叩かれたのか唇の端が切れいていて酷く心配したのよ。でもどんなに聞いても夕は悲しげに首を横に振って……今のあなたのように苦しい表情を浮かべていた。今度は見過ごさないわ。小さなサインを。小さなSOSを……っ」
おばあさまが、涙を流して……俺をふわりと抱きしめてくれた。
「洋も夕も……本当にごめんなさい。あなたたちが苦しんだのは、家を建て直すために、崔加さんの家の財力に固執した私と主人のせいよ。どうかしていた……もうどうにもならないと分かっていても、謝りたいわ」
何てことだ! 由比ヶ浜で……母の優しい思い出を辿るはずが、もっと前の……運命の分かれ道にまで戻ってしまったのか。
「夕は嫌がっていたのに……無理矢理、彼と結婚させようとして……。洋、あなたはもしかして……あの時の因縁を投げつけられてしまったのでは?」
「お、おばあさま、もう……どうか、それ以上は話さないで下さい」
(ママ、もうやめて……もういいの。もう戻れないことよ)
天から……母の声が重なっていく。
「おばあさまは、今の俺を見て下さい!」
(ママ、ママ、どうか今の洋を見てあげて! 魅力的な子でしょう? 可愛いでしょう? 辛い過去を乗り越えて、ママの傍にやってきたのよ、今の洋をありのまま受け入れてっ! もう辛いだけの過去はいらない! この子の……今と未来を見てあげて)
10
お気に入りに追加
443
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる