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14章
追憶の由比ヶ浜 34
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「おばあさま、着きました。ここが丈の勤める病院です」
大船駅から程近い所にある総合病院に、丈は勤めている。
ソウルから戻って来てすぐに、月影寺から近い場所に職を求めたのだ。最初は嘱託医として勤め、その後常勤医師になった。
「立派な病院ね! あら……洋、どうしたの?」
お母さんとおばあさまの勢いに押され女装姿のまま来てしまったが、本当に大丈夫だろうか。急に心配になってきた。
「あの、俺、変じゃありませんか」
「まぁ、自信がなくなってしまったの?」
「……実は」
「じゃあ、おばあちゃまが魔法をかけてあげるわ。上を向いて目を閉じてご覧なさい」
言われた通りにすると、唇に何かをスッと塗られた。
もしかして口紅?
「うふふ。目を開けてみて」
「あ……」
口紅なのか。色は濃くなく、ベトベトしない。
「これは私の愛用のハチミツのリップクリームよ。ほんのり日溜まり色で、そのワンピースに似合っているわ」
バックミラーで確かめると、唇に艶めいていた。
「さぁ帽子を被って、私の横に立って」
「はい」
よしっ! おばあさまがいて下されば、大丈夫な気がする。
ご丁寧に丈のお母さんにサンダルまで貸してもらったので(運転時は流石に履き替えたが)、病院の入り口の扉に映った俺は、可憐な少女のように見えなくもナイ。
おばあさまは行動的で、自分で翠さんの部屋番号まで聞いて、スタスタと進んでいく。
俺は廊下ですれ違う人の視線に怯えながら、おばあさまにくっついていた。
「ようちゃんは、背が高いからモデルさんみたい」
「そうでしょうか」
「大丈夫よ。全くバレていないわ」
ウインクされて、ホッとした。
おばあさまが大丈夫と言えば、大丈夫な気がしてくる。
『214号室 張矢翠』
トントンっとノックすると、翠さんの涼やかな声がした。
「どうぞ」
「翠さん、入ります」
「洋くん?」
「はい」
女装姿は翠さんを驚かすつもりでしたのではないので、早々に素性を明かした。
「今日は女の子の格好なんだね」
翠さんも天然で、あまり驚かずに俺の突拍子もない姿を受け入れてくれた。
「あ……はい、事情があって」
「ふぅん……そのワンピースは母のものだね。どうやら、また悪い癖が出たようだ」
「ということは、翠さんも?」
「いや、僕が最後にしたのは雛祭りの時だよ。まだ幼い頃に女の子の着物を着せられたよ。それにしても洋くんよく似合って、まるで僕に妹が出来たようだよ」
おばあさまがカーテンの隙間から顔を覗かせた。
「妹! それもいいわぁ」
「ん? そちらのご婦人は?」
「あ、俺の祖母です。北鎌倉まで遊びに来てくれたのです」
「はじめまして……月乃白江です。あら……やだわ、嘘……! あなたとは、はじめましてじゃないわ!」
おばあさまが頬を染めて、少女のように高い声を出した。
「え?」
「もしかして10年程前に、渋谷のお寺にいらっしゃいませんでした?」
「渋谷……あぁ、おりました。でもどこで?」
「何度か写経の会に伺ったことがありますのよ」
「じゃあ、その時にお会いしたのですね」
「えぇ! あぁこんな偶然ってあるのかしら! まさかあの時の美麗なお坊さんが……洋のお兄さんだなんて」
おばあさま? なんだか翠さんのファンのひとりと化していませんか。
っていうか……翠さんの奥様キラーはそんな昔から? 流石だ!
月影寺に沢山のファンがいるのは知っているが、まさか俺のおばあさまもとは。
「ようちゃん、ごめんなさいね。あなたは可愛い孫よ。翠さんは憧れ、ファンだったの~」
やはり!
「それにしても、よく似合っているね」
「う……それは……」
「うふふ、この子はとっても可愛いでしょう?」
「えぇ、それはもう」
そんな会話をしていたら、丈と流さんが病室にやってきた。
この騒動を一番驚いたのは、丈だった。
流さんは事前に白江さんと会っていたし、持ち前のタフな精神で笑い飛ばしてくれたが、丈はすぐに俺だと分かったものの、明らかに動揺していた。
おい、随分、困惑した顔をしているな。
青くなったり赤くなったり、面白い。(ごめん)
さては俺がこんな破天荒なことをするとは思っていなかったのだな。
丈、俺……変わっていくよ。
もっと自由に、もっと伸びやかに。
なぁ、こんな俺でも愛してくれるよな?
****
「ようちゃん、ご機嫌ね。お顔が笑っているわ」
「え? そうですか」
運転に集中していたはずなのに、おかしいな。
「とても楽しそうに運転していたわ。あなたは今、とても自由な気分なのね」
おばあさまの言葉は、素敵だ。
今の俺を、丸ごと認めて下さっている。
どんな姿でも、俺の本質を見つめてくれ、心地良い。
初めは酷い行き違いがあったが、今はもう……こんなにも近づけて嬉しい。
二人で降り立った、由比ヶ浜の別荘。
おばあさまの記憶を辿らせて下さい。
母の思い出に触れさせて下さい。
大船駅から程近い所にある総合病院に、丈は勤めている。
ソウルから戻って来てすぐに、月影寺から近い場所に職を求めたのだ。最初は嘱託医として勤め、その後常勤医師になった。
「立派な病院ね! あら……洋、どうしたの?」
お母さんとおばあさまの勢いに押され女装姿のまま来てしまったが、本当に大丈夫だろうか。急に心配になってきた。
「あの、俺、変じゃありませんか」
「まぁ、自信がなくなってしまったの?」
「……実は」
「じゃあ、おばあちゃまが魔法をかけてあげるわ。上を向いて目を閉じてご覧なさい」
言われた通りにすると、唇に何かをスッと塗られた。
もしかして口紅?
「うふふ。目を開けてみて」
「あ……」
口紅なのか。色は濃くなく、ベトベトしない。
「これは私の愛用のハチミツのリップクリームよ。ほんのり日溜まり色で、そのワンピースに似合っているわ」
バックミラーで確かめると、唇に艶めいていた。
「さぁ帽子を被って、私の横に立って」
「はい」
よしっ! おばあさまがいて下されば、大丈夫な気がする。
ご丁寧に丈のお母さんにサンダルまで貸してもらったので(運転時は流石に履き替えたが)、病院の入り口の扉に映った俺は、可憐な少女のように見えなくもナイ。
おばあさまは行動的で、自分で翠さんの部屋番号まで聞いて、スタスタと進んでいく。
俺は廊下ですれ違う人の視線に怯えながら、おばあさまにくっついていた。
「ようちゃんは、背が高いからモデルさんみたい」
「そうでしょうか」
「大丈夫よ。全くバレていないわ」
ウインクされて、ホッとした。
おばあさまが大丈夫と言えば、大丈夫な気がしてくる。
『214号室 張矢翠』
トントンっとノックすると、翠さんの涼やかな声がした。
「どうぞ」
「翠さん、入ります」
「洋くん?」
「はい」
女装姿は翠さんを驚かすつもりでしたのではないので、早々に素性を明かした。
「今日は女の子の格好なんだね」
翠さんも天然で、あまり驚かずに俺の突拍子もない姿を受け入れてくれた。
「あ……はい、事情があって」
「ふぅん……そのワンピースは母のものだね。どうやら、また悪い癖が出たようだ」
「ということは、翠さんも?」
「いや、僕が最後にしたのは雛祭りの時だよ。まだ幼い頃に女の子の着物を着せられたよ。それにしても洋くんよく似合って、まるで僕に妹が出来たようだよ」
おばあさまがカーテンの隙間から顔を覗かせた。
「妹! それもいいわぁ」
「ん? そちらのご婦人は?」
「あ、俺の祖母です。北鎌倉まで遊びに来てくれたのです」
「はじめまして……月乃白江です。あら……やだわ、嘘……! あなたとは、はじめましてじゃないわ!」
おばあさまが頬を染めて、少女のように高い声を出した。
「え?」
「もしかして10年程前に、渋谷のお寺にいらっしゃいませんでした?」
「渋谷……あぁ、おりました。でもどこで?」
「何度か写経の会に伺ったことがありますのよ」
「じゃあ、その時にお会いしたのですね」
「えぇ! あぁこんな偶然ってあるのかしら! まさかあの時の美麗なお坊さんが……洋のお兄さんだなんて」
おばあさま? なんだか翠さんのファンのひとりと化していませんか。
っていうか……翠さんの奥様キラーはそんな昔から? 流石だ!
月影寺に沢山のファンがいるのは知っているが、まさか俺のおばあさまもとは。
「ようちゃん、ごめんなさいね。あなたは可愛い孫よ。翠さんは憧れ、ファンだったの~」
やはり!
「それにしても、よく似合っているね」
「う……それは……」
「うふふ、この子はとっても可愛いでしょう?」
「えぇ、それはもう」
そんな会話をしていたら、丈と流さんが病室にやってきた。
この騒動を一番驚いたのは、丈だった。
流さんは事前に白江さんと会っていたし、持ち前のタフな精神で笑い飛ばしてくれたが、丈はすぐに俺だと分かったものの、明らかに動揺していた。
おい、随分、困惑した顔をしているな。
青くなったり赤くなったり、面白い。(ごめん)
さては俺がこんな破天荒なことをするとは思っていなかったのだな。
丈、俺……変わっていくよ。
もっと自由に、もっと伸びやかに。
なぁ、こんな俺でも愛してくれるよな?
****
「ようちゃん、ご機嫌ね。お顔が笑っているわ」
「え? そうですか」
運転に集中していたはずなのに、おかしいな。
「とても楽しそうに運転していたわ。あなたは今、とても自由な気分なのね」
おばあさまの言葉は、素敵だ。
今の俺を、丸ごと認めて下さっている。
どんな姿でも、俺の本質を見つめてくれ、心地良い。
初めは酷い行き違いがあったが、今はもう……こんなにも近づけて嬉しい。
二人で降り立った、由比ヶ浜の別荘。
おばあさまの記憶を辿らせて下さい。
母の思い出に触れさせて下さい。
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