重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,232 / 1,657
14章

追憶の由比ヶ浜 34

しおりを挟む
「おばあさま、着きました。ここが丈の勤める病院です」

 大船駅から程近い所にある総合病院に、丈は勤めている。

 ソウルから戻って来てすぐに、月影寺から近い場所に職を求めたのだ。最初は嘱託医として勤め、その後常勤医師になった。

「立派な病院ね! あら……洋、どうしたの?」

 お母さんとおばあさまの勢いに押され女装姿のまま来てしまったが、本当に大丈夫だろうか。急に心配になってきた。 
 
「あの、俺、変じゃありませんか」
「まぁ、自信がなくなってしまったの?」
「……実は」
「じゃあ、おばあちゃまが魔法をかけてあげるわ。上を向いて目を閉じてご覧なさい」

 言われた通りにすると、唇に何かをスッと塗られた。

 もしかして口紅?

「うふふ。目を開けてみて」
「あ……」

 口紅なのか。色は濃くなく、ベトベトしない。

「これは私の愛用のハチミツのリップクリームよ。ほんのり日溜まり色で、そのワンピースに似合っているわ」

 バックミラーで確かめると、唇に艶めいていた。

「さぁ帽子を被って、私の横に立って」
「はい」

 よしっ! おばあさまがいて下されば、大丈夫な気がする。

 ご丁寧に丈のお母さんにサンダルまで貸してもらったので(運転時は流石に履き替えたが)、病院の入り口の扉に映った俺は、可憐な少女のように見えなくもナイ。

 おばあさまは行動的で、自分で翠さんの部屋番号まで聞いて、スタスタと進んでいく。

 俺は廊下ですれ違う人の視線に怯えながら、おばあさまにくっついていた。

「ようちゃんは、背が高いからモデルさんみたい」
「そうでしょうか」
「大丈夫よ。全くバレていないわ」

 ウインクされて、ホッとした。

 おばあさまが大丈夫と言えば、大丈夫な気がしてくる。

『214号室 張矢翠』
  
  トントンっとノックすると、翠さんの涼やかな声がした。

「どうぞ」
「翠さん、入ります」
「洋くん?」
「はい」
 
 女装姿は翠さんを驚かすつもりでしたのではないので、早々に素性を明かした。

「今日は女の子の格好なんだね」

 翠さんも天然で、あまり驚かずに俺の突拍子もない姿を受け入れてくれた。
 
「あ……はい、事情があって」
「ふぅん……そのワンピースは母のものだね。どうやら、また悪い癖が出たようだ」
「ということは、翠さんも?」
「いや、僕が最後にしたのは雛祭りの時だよ。まだ幼い頃に女の子の着物を着せられたよ。それにしても洋くんよく似合って、まるで僕に妹が出来たようだよ」

 おばあさまがカーテンの隙間から顔を覗かせた。

「妹! それもいいわぁ」
「ん? そちらのご婦人は?」
「あ、俺の祖母です。北鎌倉まで遊びに来てくれたのです」
「はじめまして……月乃白江です。あら……やだわ、嘘……! あなたとは、はじめましてじゃないわ!」

 おばあさまが頬を染めて、少女のように高い声を出した。
 
「え?」
「もしかして10年程前に、渋谷のお寺にいらっしゃいませんでした?」
「渋谷……あぁ、おりました。でもどこで?」
「何度か写経の会に伺ったことがありますのよ」
「じゃあ、その時にお会いしたのですね」
「えぇ! あぁこんな偶然ってあるのかしら! まさかあの時の美麗なお坊さんが……洋のお兄さんだなんて」

 おばあさま? なんだか翠さんのファンのひとりと化していませんか。

 っていうか……翠さんの奥様キラーはそんな昔から? 流石だ!

 月影寺に沢山のファンがいるのは知っているが、まさか俺のおばあさまもとは。

「ようちゃん、ごめんなさいね。あなたは可愛い孫よ。翠さんは憧れ、ファンだったの~」

 やはり!

「それにしても、よく似合っているね」
「う……それは……」
「うふふ、この子はとっても可愛いでしょう?」
「えぇ、それはもう」

 そんな会話をしていたら、丈と流さんが病室にやってきた。
 
 この騒動を一番驚いたのは、丈だった。

 流さんは事前に白江さんと会っていたし、持ち前のタフな精神で笑い飛ばしてくれたが、丈はすぐに俺だと分かったものの、明らかに動揺していた。

 おい、随分、困惑した顔をしているな。

 青くなったり赤くなったり、面白い。(ごめん)

 さては俺がこんな破天荒なことをするとは思っていなかったのだな。

 丈、俺……変わっていくよ。
 
 もっと自由に、もっと伸びやかに。

 なぁ、こんな俺でも愛してくれるよな?


 ****

「ようちゃん、ご機嫌ね。お顔が笑っているわ」
「え? そうですか」

 運転に集中していたはずなのに、おかしいな。

「とても楽しそうに運転していたわ。あなたは今、とても自由な気分なのね」

 おばあさまの言葉は、素敵だ。

 今の俺を、丸ごと認めて下さっている。

 どんな姿でも、俺の本質を見つめてくれ、心地良い。

 初めは酷い行き違いがあったが、今はもう……こんなにも近づけて嬉しい。
 

 二人で降り立った、由比ヶ浜の別荘。

 おばあさまの記憶を辿らせて下さい。

 母の思い出に触れさせて下さい。
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

物語のその後

キサラギムツキ
BL
勇者パーティーの賢者が、たった1つ望んだものは……… 1話受け視点。2話攻め視点。 2日に分けて投稿予約済み ほぼバッドエンドよりのメリバ

【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語

ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ…… リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。 ⭐︎2023.4.24完結⭐︎ ※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。  →2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

六日の菖蒲

あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。 落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。 ▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。 ▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず) ▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。 ▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。 ▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。 ▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...