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14章
追憶の由比ヶ浜 33
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「まぁ、ワンピースがずらりと」
「そうなんですよ。私が若い頃のですけれども、今でも可愛いでしょう」
「えぇ! そうだわ……我が家にもあるのよ。娘のを捨てられなくて」
そんな二人の会話を聞いて、白金のお屋敷でも同じことが繰り返されそうだと苦笑してしまった。
でも嫌な気持ちはしない。おばあさまが少女のように笑う度に、俺の心も軽くなる。
母さん、良かったね。
おばあさま、沢山笑って下さっているよ。
母さんが、ずっと見たかった笑顔だよ。
「白江さん、どれがいいかしら?」
「そうねぇ、ようちゃんは色白だから、淡い色が似合うかしら?」
「白江さんと並んで違和感がないのが、いいかもしれなくてよ」
「まぁ、そこまで考えて下さるの?」
「もちろんよ」
もはやワンピースを選ぶ決定権もなさそうなので、俺は壁にもたれて二人の年配の女性が、衣装選びに盛り上がっている様子をゆったりとした気持ちで眺めた。
これは……翠さんの境地かも。
よく翠さんがこの壁にもたれて、ゆったりとした面持ちで見守ってくれていたのを思いだした。
やっぱり今日翠さんに会いたいな。
俺の祖母を紹介もしたいし!
それにしても、丈のお母さんも、俺のおばあさまもチャーミングな女性だ。
彼女たちには、いつまでもイキイキと輝いていて欲しい。
俺の母さんはいつまでも少女のような面持ちで、結局その姿のまま亡くなってしまったが、今目の前にいる皮膚に深い皺が刻まれた女性の顔は、俺が見られなかった……母さんの未来だ。
「決めたわ! ようちゃんには、これが似合うわ」
差し出されたのは、薄いベージュのふんわりとしたワンピース。
身体のラインを程よく隠してくれそうなので、これならイケそうだ。
「本当ですね!」
俺もかなり乗り気になっていたことに気付いて、可笑しくなってしまった。
「奥で、着替えていらっしゃい」
「は、はい」
丈、許せよ――
一応だな……ひと言心の中で詫びてから、潔くワンピースを着た。
「あ……、母さん……?」
姿見に映った姿は、母さんとよく似ていた。
俺……本当に女顔で、母さんによく似ているんだな。改めて実感するよ。記憶の中の母が飛び出して来たみたいで、思わず姿見を手でなぞってしまった。
「母さん……元気にやってる? きっと先に亡くなった父さんと仲良く暮らしているよね」
俺が微笑めば、母さんも微笑む。
それが天国からの返事だった。
父さんが交通事故で亡くなったのは俺が小さい頃だったので、記憶の中にある母さんはいつも憂いのある沈んだ面持ちだった。
再婚した後はもっと哀しみで満ちていた。
そんな母さんが、嬉しそうにしていた時期があったな。
あれは軽井沢で夏を過ごした時だ。
乗馬倶楽部では、少女のようにパラソルを持ち、いつになく明るく微笑んでくれた。
だが、その瞳は時折遠くを見ていた。
あの地には何か楽しい思い出があったようで、昔を懐古していたのだろう。
ポニーに乗る子供を見て、自分も小さい頃乗ったことがあると言っていたな。
「洋くん、どう? サイズは大丈夫?」
「あ、はい。何だか……すっぽりと入ってしまいました」
「あなたは細いものね。さぁ出てきて」
女性もののワンピースが入ってしまうのって男として問題があるかもしれないが、もはや気にならなかった。
「どうでしょう? 変ではありませんか」
おばあさまが……母さんを思い出して泣いてしまうかもと思ったが、結果が違った。もはや関心は目の前の俺に注がれているようだ。
「まぁ、ようちゃん、なんて似合うの! でも髪が短いままね」
「そうね。ちょっとボーイッシュ過ぎるかしら」
いやいや……俺は男ですから!
「そうだわ、これを」
おばあさまが被っていらしたオレンジ色のリボンがついた帽子を渡された
「そうなんですよ。私が若い頃のですけれども、今でも可愛いでしょう」
「えぇ! そうだわ……我が家にもあるのよ。娘のを捨てられなくて」
そんな二人の会話を聞いて、白金のお屋敷でも同じことが繰り返されそうだと苦笑してしまった。
でも嫌な気持ちはしない。おばあさまが少女のように笑う度に、俺の心も軽くなる。
母さん、良かったね。
おばあさま、沢山笑って下さっているよ。
母さんが、ずっと見たかった笑顔だよ。
「白江さん、どれがいいかしら?」
「そうねぇ、ようちゃんは色白だから、淡い色が似合うかしら?」
「白江さんと並んで違和感がないのが、いいかもしれなくてよ」
「まぁ、そこまで考えて下さるの?」
「もちろんよ」
もはやワンピースを選ぶ決定権もなさそうなので、俺は壁にもたれて二人の年配の女性が、衣装選びに盛り上がっている様子をゆったりとした気持ちで眺めた。
これは……翠さんの境地かも。
よく翠さんがこの壁にもたれて、ゆったりとした面持ちで見守ってくれていたのを思いだした。
やっぱり今日翠さんに会いたいな。
俺の祖母を紹介もしたいし!
それにしても、丈のお母さんも、俺のおばあさまもチャーミングな女性だ。
彼女たちには、いつまでもイキイキと輝いていて欲しい。
俺の母さんはいつまでも少女のような面持ちで、結局その姿のまま亡くなってしまったが、今目の前にいる皮膚に深い皺が刻まれた女性の顔は、俺が見られなかった……母さんの未来だ。
「決めたわ! ようちゃんには、これが似合うわ」
差し出されたのは、薄いベージュのふんわりとしたワンピース。
身体のラインを程よく隠してくれそうなので、これならイケそうだ。
「本当ですね!」
俺もかなり乗り気になっていたことに気付いて、可笑しくなってしまった。
「奥で、着替えていらっしゃい」
「は、はい」
丈、許せよ――
一応だな……ひと言心の中で詫びてから、潔くワンピースを着た。
「あ……、母さん……?」
姿見に映った姿は、母さんとよく似ていた。
俺……本当に女顔で、母さんによく似ているんだな。改めて実感するよ。記憶の中の母が飛び出して来たみたいで、思わず姿見を手でなぞってしまった。
「母さん……元気にやってる? きっと先に亡くなった父さんと仲良く暮らしているよね」
俺が微笑めば、母さんも微笑む。
それが天国からの返事だった。
父さんが交通事故で亡くなったのは俺が小さい頃だったので、記憶の中にある母さんはいつも憂いのある沈んだ面持ちだった。
再婚した後はもっと哀しみで満ちていた。
そんな母さんが、嬉しそうにしていた時期があったな。
あれは軽井沢で夏を過ごした時だ。
乗馬倶楽部では、少女のようにパラソルを持ち、いつになく明るく微笑んでくれた。
だが、その瞳は時折遠くを見ていた。
あの地には何か楽しい思い出があったようで、昔を懐古していたのだろう。
ポニーに乗る子供を見て、自分も小さい頃乗ったことがあると言っていたな。
「洋くん、どう? サイズは大丈夫?」
「あ、はい。何だか……すっぽりと入ってしまいました」
「あなたは細いものね。さぁ出てきて」
女性もののワンピースが入ってしまうのって男として問題があるかもしれないが、もはや気にならなかった。
「どうでしょう? 変ではありませんか」
おばあさまが……母さんを思い出して泣いてしまうかもと思ったが、結果が違った。もはや関心は目の前の俺に注がれているようだ。
「まぁ、ようちゃん、なんて似合うの! でも髪が短いままね」
「そうね。ちょっとボーイッシュ過ぎるかしら」
いやいや……俺は男ですから!
「そうだわ、これを」
おばあさまが被っていらしたオレンジ色のリボンがついた帽子を渡された
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