重なる月

志生帆 海

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14章

追憶の由比ヶ浜 32

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「あら、洋くんどうしたの? そちらの方はどなた?」
「実は俺の母方の祖母なんです」
「はじめまして。突然の訪問をお許し下さい。私は月乃白江と申します。孫の洋が大変お世話になっています」

 おばあさまが俺のために深々とお辞儀をしてくれたのを横で眺め、感激した。心から慈しんでくれる、血の繋がりのある祖母の存在が嬉しかった。

「まぁ~そうだったのね。洋くん、あなたのおばあさまが見つかったのね。良かったわね。どうぞお上がり下さい」

 丈のお母さんと白江さんは少し世代に差があるが、妙に話が盛り上がっている。女性同士通じるものがあるのだろうか、初対面なのに打ち解けていたので驚いた。

「まぁ、まだお仕事を?」
「えぇ、実は物書きなんですよ」
「まぁ作家さんなの? どんな分野なのかしら? ぜひ読んでみたいわ」
「ありがとうございます。ちょうど新刊を持ってきていますのでよかったら。息子たちは煙たがるのに嬉しいわ。洋くんにはこの話はしていたかしら?」
 
 いつもお母さんの職業の話題になると、翠さんも流さんも丈も、必死に話題を変えるので、実のところまだ知らない。

「いいえ、今日は幸い誰もいないのでぜひ教えて下さい」
「もちろんよ」

  お母さんがにやりと笑い、俺とおばあさまの目の前に文庫本を差し出した。

「うふふ、改まって話すのは恥ずかしいわね。まぁ分野はお察し下さいね」

 んん?

 タイトルは『僕らの恋模様』

 ふぅん? 恋愛小説かな?

「‼‼‼」
 
 パラパラとページを捲って、危うく変な声を出すところだった。

 さ……挿絵が‼ 一瞬だったが男同士で……××している‼

「あらあら、まぁ♡ 昔から男色ものはありましたが、これは現代の、なんですね」
「今は、BLというジャンルですのよ」
「素敵だわ」

 び、びっくりした。
 
 そういう小説の分野があるのか。まさか……この月影寺の坊守さん(奥様)が作家で、しかも分野がそれとは、俺たちが男同士で愛し合っているのは、もしかして最高のモデルなのか。あぁ……だから丈たちがあんなに必死に伏せたがっていたのか。

「その本は差し上げるわ。サインを入れますわね」
「ぜひお願いします」
「洋くんもね」
「あ……はい」

 何というか天晴れだな。
 驚いたが、むしろ丈を突っつくいいネタになりそうだと、可笑しくなってしまったよ。

「ところで、どうして洋くんは、流と一緒に翠のお見舞いに行かなかったの?」
「それは……その」
「分かったわ。丈のせいね。あの子は独占欲が強いから、洋くんを閉じ込めたがって困ったものだわ」

 ははっ……お母さんにも『丈は独占欲が強い』と言われているぞ。

 苦笑していると、おばあさまに話し掛けられた。

「一番上のお兄さんはご入院中なのね。私も会いたかったわ。さっき次男の方は精悍で素敵だったから、ご長男はさぞかし……あぁ、どうしても今日、見てみたいわ」

 おばあさま? なんだかその好奇心は純粋なものですか。邪心がありませんか。と突っ込みたくなった。

「ねぇ、ようちゃん、おばあちゃまも見たいわ~」

 うわ! その頼み方って、翠さんと似ているような。

「あの、『ようちゃん』って、洋くんのことですの?」
「えぇ、可愛いでしょう。この子は母親似なので、この歳で『ちゃん』づけでも違和感ないし、可愛さが増すわ」

 可愛さが増す?
 おばあさまに褒められて嬉しくなったのも束の間、新たな試練が!

「可愛いようちゃん……ね。あっ、そうだわ!」
  
 お母さんが何か閃いたようで、ポンッと手を打った。
 
 俺は嫌な予感しかしなくて、ぞぞっと震え上がった。

 まずいな。今日はお母さんの奇行を止めてくれる冷静な翠さんも流さんも丈もいない! 頼みの綱は……おばあさまだけだ。

「まぁ、一体何を思いつかれたの?」
「ふふふ、丈は洋くんがその姿で来るのを嫌がったのよよね。彼はキレイ過ぎて目立つから」
「まぁ嬉しいことを。美人な孫を持って嬉しいわ」
「そこでいい案を思いついてしまったわ。これには白江さんの許可が必要ですけど」

 お、俺の許可は? と突っ込みたくなった。

「まぁ何かしら? 教えて下さる?」
「あのね、思い切って洋くんを女装させちゃいましょう。そうしたら行ってもいいでしょう?」
「まぁ、楽しそう! 洋に似合いそうだわ」

 お……おばあさま? 俺の意志は?

 でもお母さんとおばあさまのワクワクした顔を交互に眺めたら、絶対に逃れられない諦めの境地と、女装しておばあさまとお出かけするのもいいかもというワクワクした心地になった。

 俺、やっぱり変わった。

 こんな大胆不敵なこと、以前だったら絶対に出来なかった。

「ようちゃん♡ おばあちゃまと女装して、病院にお見舞いに行きましょうね」
「は、はい。分かりました」

 俺が同意した瞬間、お母さんがすくっと立ち上がり、部屋の箪笥を開いた。

「ご覧になって! この日のために、選りすぐりのワンピースがあるのよ!」

 流石だ……!
 
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