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14章
追憶の由比ヶ浜 31
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「なぁ丈、俺も病院にお見舞いに行ったらダメなのか」
「うーん、やっぱり洋はやめとけ。ただでさえ目立つのだから。なっ、分かってくれ」
丈が首を横に振り、俺の背中を宥めるように撫でた。
予想通りの返事だった。
がっかりした気持ちが拭えなかった。
「……そうだよな」
「翠兄さんだけでもあの容貌で注目を浴びるだろう。まして流兄さんまで揃ったらナースステーションが色めき立つのが目に浮かぶんだよ。洋にはそんな視線の餌食になって欲しくない。これは私の我が儘だ」
確かにそれは想像できる。それに俺と丈のこの関係はトップシークレットだ。だから俺がのこのこ顔を出して、これ以上注目を浴びたら困るのも分かる。
まして俺は一度病院で貧血を起こし倒れた経緯もあって、医療記者として顔が割れているから、行けばややこしいことになるのは一目瞭然だ。
「ふぅ、分かったよ。丈がそこまで言うのなら仕方がない。大人しくしているよ」
「分かってくれて嬉しいよ。翠兄さんと流兄さんがいない不在の間、月影寺のことは洋に任せたぞ。留守番をしっかり頼む」
力強く置かれた丈の手に、今度は嬉しさが込み上げた。
そうか……今日の俺は頼りにされているんだな。ならばしっかり留守を守るよ。
「機嫌は直ったか」
「あぁ。丈、いってらっしゃい」
「すまないな」
「気にするなよ。留守番を任されて嬉しいんだから」
「そう言ってくれるのか」
「あぁ」
「早く帰るよ」
いつものように唇を重ねてから、丈を送り出した。
ところが、しっかり気持ちを切り替えて見送ったはずなのに、気持ちが揺らぎだした。
こんな日に限って仕事がスムーズに片付いてしまい、昼前には暇になった。
「うーん、退屈だな」
ランチに丈が準備してくれていたサンドイッチを食べると、いよいよやることがない。
こんな日は、誰かと話したい。しかし今日は平日なので安志は仕事中で、涼も大学だ。瑞樹くんも仕事中だし……今の俺には気軽に遊びに行ける場所も、話し相手になってくれる友人もいなかった。
こんなことなら白江さんの家に泊まりに行けば良かった。翠さんの件が落ち着くまではと、先延ばしにしていたのを今になって後悔した。
翠さん大丈夫かな。病院嫌いな翠さんだけれども、流さんの顔を見たら元気が出るかな。
せっかく瑞樹くんに頼んでお見舞いのアレンジメントを作ってもらったのに……あれは自分で渡しに行きたかったなという気持ちが、またムクムクと復活してしまった。
いや……もしかしたら三兄弟の中に、俺も混ざりたいだけなのかもしれない。
妬いているのかな。なんだか無性に寂しいよ。
ベッドに仰向けになり、窓の外の竹林が風に揺らぐのをぼんやりと眺めていると、突然インターホンがなった。
誰だろう? 流さんが忘れ物でもしたのかな。
「はい? どなたですか」
「……ようちゃん、私よ」
え……この声って? しかも俺をようちゃんと?
大急ぎで扉を開けると、そこには少女のような笑みを湛えた白江さんが立っていた。
「おばあさま! ど、どうして?」
「うふふ、来ちゃった!」
「来ちゃったって? どうして……どうやってですか」
「まぁ、驚かせるつもりはなかったのよ。あなたがなかなか来てくれないので、待ちきれなくて。おばあさんって、案外せっかちなのよ」
「そんな……嬉しいです!」
先ほどまでの悶々とした気持ちが、一気に消え去った。
「ようちゃんって、呼んでもいい?」
「恥ずかしいですが……はい」
「もっと小さい頃に会っていたら、きっとこう呼んでいたでしょうね。そう思ったら我慢できなくて。おばあさんって、わがままね」
「そんなことなくて……俺もそう呼んでもらいたかったです」
先日翠さんと流さんが「すいちゃん」「りゅうちゃん」と呼ばれているのを目の当たりにして、憧れていた。甘味処のおばあさんが俺を「ようちゃん」と呼んでくれた時、白江さんにもそう呼んでもらえたら、もっと距離が近づけそうだと思った。
「ふぅん、ここがようちゃんが暮らす場所なのね。それにしてもとてもカッコイイお兄さんがいて驚いたわ」
「流さんに会ったのですね」
「ここまで送ってくれたのよ。ようちゃんだけお留守番なんて寂しいわね」
白江さんが、俺の背中をそっと撫でてくれる。
いいのだろうか、こんなに優しく触れてもらって。
「寂しかったから、おばあさまに会えてとても嬉しいです。よかったら案内します。この月影寺を――」
「ありがとう。じゃあ最初に、丈さんのご両親に挨拶させて」
「はい! ぜひ……ぜひ会っていただきたいです」
「おばあさま、足下に気をつけてください」
「ようちゃんは優しい子ね。夕もいつもそうやって振り返ってくれたわ」
俺はそっと祖母の手を握った。
自分から自然な行動が出来た。
皺のある小さな手の温もり、母の母の温もりに感激した。
「ようちゃんの手、あたたかいわね」
「おばあさまの手も……同じです」
「血が繋がっているから、呼び合っているのがわかるわ」
「うーん、やっぱり洋はやめとけ。ただでさえ目立つのだから。なっ、分かってくれ」
丈が首を横に振り、俺の背中を宥めるように撫でた。
予想通りの返事だった。
がっかりした気持ちが拭えなかった。
「……そうだよな」
「翠兄さんだけでもあの容貌で注目を浴びるだろう。まして流兄さんまで揃ったらナースステーションが色めき立つのが目に浮かぶんだよ。洋にはそんな視線の餌食になって欲しくない。これは私の我が儘だ」
確かにそれは想像できる。それに俺と丈のこの関係はトップシークレットだ。だから俺がのこのこ顔を出して、これ以上注目を浴びたら困るのも分かる。
まして俺は一度病院で貧血を起こし倒れた経緯もあって、医療記者として顔が割れているから、行けばややこしいことになるのは一目瞭然だ。
「ふぅ、分かったよ。丈がそこまで言うのなら仕方がない。大人しくしているよ」
「分かってくれて嬉しいよ。翠兄さんと流兄さんがいない不在の間、月影寺のことは洋に任せたぞ。留守番をしっかり頼む」
力強く置かれた丈の手に、今度は嬉しさが込み上げた。
そうか……今日の俺は頼りにされているんだな。ならばしっかり留守を守るよ。
「機嫌は直ったか」
「あぁ。丈、いってらっしゃい」
「すまないな」
「気にするなよ。留守番を任されて嬉しいんだから」
「そう言ってくれるのか」
「あぁ」
「早く帰るよ」
いつものように唇を重ねてから、丈を送り出した。
ところが、しっかり気持ちを切り替えて見送ったはずなのに、気持ちが揺らぎだした。
こんな日に限って仕事がスムーズに片付いてしまい、昼前には暇になった。
「うーん、退屈だな」
ランチに丈が準備してくれていたサンドイッチを食べると、いよいよやることがない。
こんな日は、誰かと話したい。しかし今日は平日なので安志は仕事中で、涼も大学だ。瑞樹くんも仕事中だし……今の俺には気軽に遊びに行ける場所も、話し相手になってくれる友人もいなかった。
こんなことなら白江さんの家に泊まりに行けば良かった。翠さんの件が落ち着くまではと、先延ばしにしていたのを今になって後悔した。
翠さん大丈夫かな。病院嫌いな翠さんだけれども、流さんの顔を見たら元気が出るかな。
せっかく瑞樹くんに頼んでお見舞いのアレンジメントを作ってもらったのに……あれは自分で渡しに行きたかったなという気持ちが、またムクムクと復活してしまった。
いや……もしかしたら三兄弟の中に、俺も混ざりたいだけなのかもしれない。
妬いているのかな。なんだか無性に寂しいよ。
ベッドに仰向けになり、窓の外の竹林が風に揺らぐのをぼんやりと眺めていると、突然インターホンがなった。
誰だろう? 流さんが忘れ物でもしたのかな。
「はい? どなたですか」
「……ようちゃん、私よ」
え……この声って? しかも俺をようちゃんと?
大急ぎで扉を開けると、そこには少女のような笑みを湛えた白江さんが立っていた。
「おばあさま! ど、どうして?」
「うふふ、来ちゃった!」
「来ちゃったって? どうして……どうやってですか」
「まぁ、驚かせるつもりはなかったのよ。あなたがなかなか来てくれないので、待ちきれなくて。おばあさんって、案外せっかちなのよ」
「そんな……嬉しいです!」
先ほどまでの悶々とした気持ちが、一気に消え去った。
「ようちゃんって、呼んでもいい?」
「恥ずかしいですが……はい」
「もっと小さい頃に会っていたら、きっとこう呼んでいたでしょうね。そう思ったら我慢できなくて。おばあさんって、わがままね」
「そんなことなくて……俺もそう呼んでもらいたかったです」
先日翠さんと流さんが「すいちゃん」「りゅうちゃん」と呼ばれているのを目の当たりにして、憧れていた。甘味処のおばあさんが俺を「ようちゃん」と呼んでくれた時、白江さんにもそう呼んでもらえたら、もっと距離が近づけそうだと思った。
「ふぅん、ここがようちゃんが暮らす場所なのね。それにしてもとてもカッコイイお兄さんがいて驚いたわ」
「流さんに会ったのですね」
「ここまで送ってくれたのよ。ようちゃんだけお留守番なんて寂しいわね」
白江さんが、俺の背中をそっと撫でてくれる。
いいのだろうか、こんなに優しく触れてもらって。
「寂しかったから、おばあさまに会えてとても嬉しいです。よかったら案内します。この月影寺を――」
「ありがとう。じゃあ最初に、丈さんのご両親に挨拶させて」
「はい! ぜひ……ぜひ会っていただきたいです」
「おばあさま、足下に気をつけてください」
「ようちゃんは優しい子ね。夕もいつもそうやって振り返ってくれたわ」
俺はそっと祖母の手を握った。
自分から自然な行動が出来た。
皺のある小さな手の温もり、母の母の温もりに感激した。
「ようちゃんの手、あたたかいわね」
「おばあさまの手も……同じです」
「血が繋がっているから、呼び合っているのがわかるわ」
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