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14章
追憶の由比ヶ浜 26
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「じゃあ、翠さん、行ってきます」
「あぁ、楽しんでおいで」
「私、今度は翠さんの写経に伺いたいわ」
「はい、ぜひいらして下さい」
「まぁ、嬉しいこと。洋、予約を頼んだわよ」
「は、はい! 頑張ります」
和やかな雰囲気の中、洋くんが出かけて行った。
洋くんはミルクティーのような色のふんわりとしたワンピースにつばの広い帽子を被って、白江さんに寄り添っていた。
きっと……傍から見れば、美しい祖母と美少女の孫に見えるだろう。
「じゃあ、私は仕事に戻りますので」
「うん、丈もありがとう」
「午後から立て続けに検査が入りますので、それまで二人でゆっくりしていて下さい」
「う、うん」
丈が去ると、個室に俺と翠だけになった。
だから翠のベッドに腰掛けて、少し文句を言いたくなった。
「ふぅ……やっと二人だな。それにしてもさ、翠はどこでもモテモテだな」
「え……いや、そんなことないよ。白江さんのことは正直あまり記憶にないよ。あちらが覚えていらしたので、びっくりしたんだ」
「ふーん、だが洋くんのお祖母様だから、やはりお綺麗だな。若い頃はさぞかし」
「う、うん?」
つい責め口調になってしまうと、翠が不思議そうに小首を傾げた。
やめろ、その顔、可愛すぎる!
「流、あの、何か怒っているのか」
「ふぅ……」
どうも翠相手だと、心から漏れ出す言葉にならぬ感情を含む息づかいばかり頻発してしまうな。まぁ……こんに甘い溜め息なら、悪くもないか。
「ふっ」
「翠、何を笑う?」
「いや、ところで、すぐに見破れたが、どうして洋くん、女装なんてしていたのかな?」
「それな」
もちろん俺もすぐに分かったが、洋くんが単独であのように大胆不敵なことをするとは考えられない。入れ知恵をした人物は、一人しか浮かばないぞ。
「なぁ、あのワンピース、どこかで見覚えがないか。さっき流が母さんの……って言っていたが」
「うっ! それは言うな。悪い予感しかしない。でもまぁ翠が洋くんに見惚れなくて良かったよ」
「まさか、僕には……流だけだよ」
おっと! まさかそんな風に言ってもらえるとは! ラッキーだ。
「翠、ありがとうな。俺も洋くんには見惚れていないからな。翠だけだ」
「ありがとう。丈は洋くんにしっかり見惚れていたね」
「アイツ、絶対今度ワンピース買ってきそうだぜ」
「ええ? 流、僕にはするなよ」
残念!
「さぁて、それはどうかな。翠の女装を見たくなったぞ」
「なっ……、あ、あの流の持っている花、綺麗だね」
翠は照れくさそうに、話題をそらした。
まぁ……俺が甘えればきっとしてくれるのだろう。
「おっと、すっかり忘れていたが、これは洋くんからだよ。入院中に少しでも寛げるようにとの配慮だ。本当に兄想いのいい子だな」
「うん、女装してまで会いに来てくれて嬉しかったよ。お礼を言い損ねたよ」
籐の籠には、カラフルで優しいガーベラが、可憐に生けられていた。
「あ……もしかしてこれ、作ったのは」
「そ、あの瑞樹くんだってさ」
「やっぱり、彼らしいね。心に鈴が鳴るように可憐だね。また彼にも会いたいな。あの三人は元気にやっているかな?」
「また誘えばいい。俺もあのちびくんに会いたいしな。どうだ、リラックスできそうか」
「うん、でも流がいてくれると、もっと出来る」
今日の翠は、俺にどこまでも優しい。
いつも住職として多忙な日々なので、たまにはいいな。
こんな風に、日中からパジャマで過ごすのも。
ここが病院でなければ……もっといいのだが。
ブルーのパジャマ姿の翠が、小首を傾げて甘く微笑み、そのままそっと瞼を閉じてくれた。
ここが個室で良かった。
「検査、がんばれ!」
ちゅっと唇を重ねてやると、翠が手を伸ばして俺の背中を引き寄せた。今日の翠はいつになく大胆な甘えん坊だ。
「流……採血……痛そうで……嫌だな」
「注射は痛いよな。翠は……いつも率先して予防接種していたのに、やっぱり注射嫌いだったんだな」
「うっ……実はそうなんだ。がっかりした?」
ほら、翠はまたひとつ本音を漏らし、素直になった。
もっともっとだ。もっと素直になれよ。
「がっかりなんて、むしろ嬉しい。俺にもっと甘えてくれよ。注射の針は見ないで、俺のことを考えていれば、すぐに終わるぞ」
「流の……どんなことを?」
「例えば……こんな深いキスをしたとかだ」
もう一度重ね合う唇。
余韻が残る程の、深い……深いキスをしてやる。
「あぁ、楽しんでおいで」
「私、今度は翠さんの写経に伺いたいわ」
「はい、ぜひいらして下さい」
「まぁ、嬉しいこと。洋、予約を頼んだわよ」
「は、はい! 頑張ります」
和やかな雰囲気の中、洋くんが出かけて行った。
洋くんはミルクティーのような色のふんわりとしたワンピースにつばの広い帽子を被って、白江さんに寄り添っていた。
きっと……傍から見れば、美しい祖母と美少女の孫に見えるだろう。
「じゃあ、私は仕事に戻りますので」
「うん、丈もありがとう」
「午後から立て続けに検査が入りますので、それまで二人でゆっくりしていて下さい」
「う、うん」
丈が去ると、個室に俺と翠だけになった。
だから翠のベッドに腰掛けて、少し文句を言いたくなった。
「ふぅ……やっと二人だな。それにしてもさ、翠はどこでもモテモテだな」
「え……いや、そんなことないよ。白江さんのことは正直あまり記憶にないよ。あちらが覚えていらしたので、びっくりしたんだ」
「ふーん、だが洋くんのお祖母様だから、やはりお綺麗だな。若い頃はさぞかし」
「う、うん?」
つい責め口調になってしまうと、翠が不思議そうに小首を傾げた。
やめろ、その顔、可愛すぎる!
「流、あの、何か怒っているのか」
「ふぅ……」
どうも翠相手だと、心から漏れ出す言葉にならぬ感情を含む息づかいばかり頻発してしまうな。まぁ……こんに甘い溜め息なら、悪くもないか。
「ふっ」
「翠、何を笑う?」
「いや、ところで、すぐに見破れたが、どうして洋くん、女装なんてしていたのかな?」
「それな」
もちろん俺もすぐに分かったが、洋くんが単独であのように大胆不敵なことをするとは考えられない。入れ知恵をした人物は、一人しか浮かばないぞ。
「なぁ、あのワンピース、どこかで見覚えがないか。さっき流が母さんの……って言っていたが」
「うっ! それは言うな。悪い予感しかしない。でもまぁ翠が洋くんに見惚れなくて良かったよ」
「まさか、僕には……流だけだよ」
おっと! まさかそんな風に言ってもらえるとは! ラッキーだ。
「翠、ありがとうな。俺も洋くんには見惚れていないからな。翠だけだ」
「ありがとう。丈は洋くんにしっかり見惚れていたね」
「アイツ、絶対今度ワンピース買ってきそうだぜ」
「ええ? 流、僕にはするなよ」
残念!
「さぁて、それはどうかな。翠の女装を見たくなったぞ」
「なっ……、あ、あの流の持っている花、綺麗だね」
翠は照れくさそうに、話題をそらした。
まぁ……俺が甘えればきっとしてくれるのだろう。
「おっと、すっかり忘れていたが、これは洋くんからだよ。入院中に少しでも寛げるようにとの配慮だ。本当に兄想いのいい子だな」
「うん、女装してまで会いに来てくれて嬉しかったよ。お礼を言い損ねたよ」
籐の籠には、カラフルで優しいガーベラが、可憐に生けられていた。
「あ……もしかしてこれ、作ったのは」
「そ、あの瑞樹くんだってさ」
「やっぱり、彼らしいね。心に鈴が鳴るように可憐だね。また彼にも会いたいな。あの三人は元気にやっているかな?」
「また誘えばいい。俺もあのちびくんに会いたいしな。どうだ、リラックスできそうか」
「うん、でも流がいてくれると、もっと出来る」
今日の翠は、俺にどこまでも優しい。
いつも住職として多忙な日々なので、たまにはいいな。
こんな風に、日中からパジャマで過ごすのも。
ここが病院でなければ……もっといいのだが。
ブルーのパジャマ姿の翠が、小首を傾げて甘く微笑み、そのままそっと瞼を閉じてくれた。
ここが個室で良かった。
「検査、がんばれ!」
ちゅっと唇を重ねてやると、翠が手を伸ばして俺の背中を引き寄せた。今日の翠はいつになく大胆な甘えん坊だ。
「流……採血……痛そうで……嫌だな」
「注射は痛いよな。翠は……いつも率先して予防接種していたのに、やっぱり注射嫌いだったんだな」
「うっ……実はそうなんだ。がっかりした?」
ほら、翠はまたひとつ本音を漏らし、素直になった。
もっともっとだ。もっと素直になれよ。
「がっかりなんて、むしろ嬉しい。俺にもっと甘えてくれよ。注射の針は見ないで、俺のことを考えていれば、すぐに終わるぞ」
「流の……どんなことを?」
「例えば……こんな深いキスをしたとかだ」
もう一度重ね合う唇。
余韻が残る程の、深い……深いキスをしてやる。
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