重なる月

志生帆 海

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14章

追憶の由比ヶ浜 21

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 流の胸にもたれ目を閉じて休んでいると、階段をバタバタと上がる足音と息を弾ませた声が聞こえた。

「翠兄さん、丈です! 入ってもいいですか」
「あ……うん」

 慌てて流から離れようとしたが、逆にすごい力で戻されてしまった。

「駄目だ。まだふらついているぞ。じっとしていろ。翠はここが好きなのだろう?」
「は、離してくれ」
 
 流の心音を聞くと確かに落ち着く。しかし丈たちの前で醜態を見せるわけにはいかないよ。歯を食いしばり無理矢理にでも離れようと藻掻いていると、丈が返事を待たずに入って来てしまった。

「入りますよ。あっ、大丈夫です。兄さんはそのままでいてください。その方が診察しやすいです」
「ほら、翠、だから言っただろう」

 皆は良くても僕が慣れなくて、耳まで真っ赤になってしまうよ。

「翠兄さん照れなくても大丈夫ですよ。今の私は医師です。洋、聴診器を貸してくれ」
「あぁ」

 丈には洋くんが看護師のように付き添っている。君たちの阿吽の呼吸に僕の恥ずかしさも、いくらか消えていく。

「薙から、めまいがして床に倒れたと聞きました。どこかぶつけませんでしたか。今はめまいは、どうです?」
「ぶつけていないし、今はめまいはしない」
「吐き気や頭痛はありませんか」
「それは大丈夫だ」
「では血圧を測らせてください」
「……うん」

 流の胸を背もたれのようにして座り……観念して腕を差し出し、問診を受け続ける。

「良かった。今の所、緊急性はないと思いますが、念のため一度入院して全身のチェックを受けませんか。めまいの原因をしっかり確かめておかないと、どうも不安です。ところで兄さん、健康診断をちゃんと受けていましたか。最近のデータがあれば見せて下さい」
「う……その、ごめん」
 
 丈の背後から、薙が少し呆れた顔を覗かせた。

「父さんってさぁ、もしかして病院嫌い?」
「う……」

 またしても図星だ。僕は本当は小さい頃から病院が苦手で、注射は特に大っ嫌いだった。それはひた隠しにしていたが、最近はもう隠せない程だった。あいつ絡みで、嫌な思い出ばかりだからだ。

「まさか! 翠は小さい時は歯医者もインフルエンザの予防接種だって率先して受けていたぞ。あ、でも……その、まさかなのか」

 あぁ……また隠していたものが見破られてしまう。

 最近は健康診断を申し込んでも仕事を言い訳にして、行かない方が多かった。流と今生で出逢えたら、今度こそ健康に留意して最後まで一緒に長生きしようと誓ったはずなのに、僕の前世、湖翠さんが聞いたら泣くような真似をしてしまった。

「翠、大丈夫だ。今回は俺がずっと付き添うし、丈の病院に入院しよう。それなら安心だろう?」
「でも……寺はどうする?」
「馬鹿だな。こういう時はまだまだ元気な父親を頼ればいい」
「だが」
「すーい、よく聞け。翠は、もう何もかも一人で背負わなくてよくなったんだ。背負い過ぎるとさ、突然重みに耐えきれなくなって潰れてしまうものだ」

 両肩を掴まれ、子供みたいに流から諭されてしまった。
 
 洋くんが、僕の手を優しく握ってくれる。

「流さんの言う通りですよ。僕も先日頬を縫った時、実は泣くほど辛かったです。翠さん、人は大人になっても、怖いものや苦手なものがあります。無理しないで下さい。でも健康には気をつけて下さい。人のことは言えませんが」
「そうだよ、父さん、一度ちゃんと診てもらって欲しいよ。オレ、父さんには長生きして欲しいんだ」

 薙の言葉も励みになる。

「ありがとう……病院は苦手だが、一度しっかり検査してもらうよ。丈、よろしく頼むよ」
「早速手配しますよ」

 皆に優しく背中を押され、僕が……肩の荷を一つおろさせてもらった夜だった。

 
 
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