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14章
追憶の由比ヶ浜 18
しおりを挟む眠れないのは、日中……感情を昂ぶらせたせいだ。
あんなに泣きじゃくったのは、この世では……初めてだった。
どうして洋くんの前なら泣けたのだろう?
洋くんの黒曜石のような瞳が、涙を吸い込む湖のように深く見えたので、ずっと堰き止めていた涙が決壊してしまった。
それから夕食時に、薙から受けた思いがけない優しさが、剥き出しになったままの心に染み入って、また泣いてしまった。
あんな場面で泣くつもりはなかったんだ。
皆を心配させるだけなのに……
思いがけない優しさに触れ、優しさに泣かされた。
「ふぅ……少し心を落ち着かせよう」
きっともう少ししたら、流がまた僕の様子を見に上がってくるだろう。その時にはぐっすり眠りについて、今日一日心配をかけた流を安心させてやりたい。僕も……もう休みたい。
本棚から大好きな詩集を手に取ると、何度も何度も読み返したページが、自然と開かれた。
『わたしは傷を持っている でもその傷のところから あなたのやさしさがしみてくる』 引用:星野富弘(詩人)
そうだ……僕にも傷がある。
心にも身体にも、深手を負っているのを認めよう。
だが……僕だけでない。
優しくされる人だけでなく、優しくしてくれる人も傷があるのだ。
傷がなかったら、この優しい間柄は成り立たないだろう。
流……丈、そして薙……君たちも皆、悲しみを抱えている。
薙、お前には可哀想なことをした。5歳というまだまだ父親恋しい時期にあんな風に別れることになってごめん。月影寺に戻って来て暫くは、目が見えない生活に慣れるのに必死で、連絡も取れず。ようやく流に頼んで連絡を取った時には綾乃さんとの関係が完全に冷え切っていて、視力を失い連絡出来なくなった時期を追求され……父親の資格がないと罵られ、会わせてもらえなかった。
幼い薙は……顔は僕に似ていたが性格は流に似ていて、彩乃さんに叱られるとお布団に潜って丸まっていた。だから僕は流にしてあげたように背中を撫でてやった。
小さな薙は、突然僕が消えて驚いただろうな。僕に会いたいと泣いてくれたかもしれない。しかしそれは次第に疑いに代わり、恨みに怒りに変わっていったのが容易に想像できる。
いいよ、いくらでも受け止める。
その覚悟で月影寺に引き取った。
あの事件をきっかけに……薙は変わった。
薙からの優しさが嬉しかった。
お前は……大切な僕の息子だ。
「あ、こんな所に挟んでいたのか」
詩集の間に挟んでいた写真がひらひらと足下に落ちてしまったので、拾おうと手を伸ばすと、突然クラクラと目眩に襲われた。
「うっ……」
写真は薙の幼い頃のものだ。ふたりで留守番をしていた時に、部屋で撮った僕だけの薙。
なんとか柱に掴まって拾って、小さな薙の顔を確かめようとすると……
「あぁ……」
じわじわと視界が、ぼやけていく。
これでは薙の顔が、見えなくなってしまうよ!
いや……だ。
「薙っ……!!」
息子を呼ぶ声と引き換えにバタンと大きな音を立てて、僕は床に倒れた。
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