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14章
追憶の由比ヶ浜 17
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「父さん、お休みなさい」
「薙、お休み」
薙は夕食後風呂に入り、そのまま宿題を自室でして就寝するのが、いつのものパターンだ。続いて洋くんと丈が席を立って挨拶をしてくれた。
「翠兄さん、お休みなさい」
「翠さん、お休みなさい」
「丈も洋くんもお休み。今日はありがとう。丈、これから治療のことで、世話になるよ」
「任せて下さい」
すっかり背を抜かされてしまった。
丈を見上げると、面映ゆくも嬉しそうな表情を浮かべていた。
そうか、難しく考え過ぎていたようだ。
僕もこんな風に誰かを頼っていいのか。
皆に甘えてもいいのか。
「丈、頼りにしている。洋くん、これからも僕の話し相手になって欲しい」
「はい。もちろんです」
二人を見送ると、流と二人きりになった。
「翠、さっき何故グラスを落とした?」
ギクリとした。
しまった……流にはバレていたのか。
もう素直になろう、もう隠すのはやめよう。
「ごめん、少し目が霞むんだ。流……僕をなるべく早く大学病院の眼科に連れて行ってくれないか」
「翠……やはりまた悪化していたんだな」
「大丈夫だよ。ここの所調子が悪かったが……今日で何もかも吐き出したから、もう後は良くなるだけだよ」
「ならいいが、今度……俺を見なくなったら許さないからな」
「僕だって……お前の視線を浴びられなくなるのは、絶対に嫌だ!」
『絶対に嫌だ』だなんて、まるで幼子みたいな言い方をしてしまった。
決まりが悪いな。俯いたまま……顔を上げられないよ。
だが僕の戸惑いとは裏腹に、流は僕の言葉に破顔した。
「翠がはっきり意志を表示してくれて嬉しいよ。いつも翠は長兄として頑張りすぎている。2歳差で俺が生まれたから、我が儘を言う暇もなかったんじゃないか」
「さぁ……どうだろう?」
図星を指されてしまったな。
確かに甘えたくても、甘えられなかったよ。
物心ついたときには、母は流を抱っこしていたからね。
「あのさ……その、俺はきかん坊だったろう?」
「ふっ、流は何をしても結局は可愛くて、僕は仕方ないなぁ……困ってしまうなあって……いつも許してしまったよ」
「……そうか。なんか悪かったな。その分、今は俺に甘えていいぞ」
「ふっ、それはまたあの離れで……」
「翠、今宵は一人で眠れるか」
「今日は母屋だから、大丈夫だよ」
「そうか、何かあったら言えよ」
流が布団を敷いてくれたので、そのまま床についた。
「おやすみ、兄さん」
「おやすみ、流」
流が名残惜しそうに、階段を下りていく。まだ仕事が残っているのだろう。
流……ごめんな。
結局少しだけ強がってしまったよ。
染み付いた癖は、そう簡単には抜けないみたいだ。
電気を消すと、静かに夜の帳が降りてくる。
このまま明日の朝目覚めた時、漆黒の闇夜のままだったらどうしよう。
そんな不安を抱えながら……キツく目を閉じて……必死に眠りにつく。
****
くそっ、宿題なんて手につかない。
父さんのことが気になって仕方が無いよ。
それは今になって、幼い頃には見えなかったモノが見えて来たからだ。
父さんと母さんが離婚した後の数年間……オレは父さんに会わせてもらえなかった。
オレは幼い頃、何かとヒステリックな母親よりも父さんとの時間を好んでいたのかもしれない。そんなオレを父さんが置いて行ってしまい、迎えにも来てくれない。会ってもくれない。そのことが信じられなくて、最初は泣きわめき、次は恨み、疑い……最後は怒っていた。母方の実家で本当はずっと待っていた。父さんが来てくれるのを。
だから数年後久しぶりに会った時には、もう幼い頃のようには打ち解けられなかった。
父さんと会っても、父さんのことを無視してしまった。困った父さんは流さんを連れてくるようになったので、今度はあてつけみたいに流さんとばかり話して……オレ、やっぱり意地悪だ。
だがもしもオレの勘が当たっていれば、父さんは離婚した直後から目の病気で、ひとりで自由に動ける状態ではなかったのかもしれない。
そう考えると、やるせないよ!
「あー、もう!」
宿題を放り投げて、ベッドに転がった。
考えると頭が痛くなってくる。
今頃、父さん何しているかな。
もう寝てしまったのかな。疲れているようだったし……
目を閉じると、ベッドで丸まって泣いている幼いオレがいた。
どうやら母さんに叱られて、布団を被って丸まっているようだ。
『薙……薙……大丈夫。お前はいい子だ。大好きだよ』
父さんがやってきて布団越しに、オレの丸まった背中を撫でてくれた。
幼い頃……父さんの手の温もりが好きだった。
優しい声が、本当はずっと好きだった。
「父さん……」
「薙、お休み」
薙は夕食後風呂に入り、そのまま宿題を自室でして就寝するのが、いつのものパターンだ。続いて洋くんと丈が席を立って挨拶をしてくれた。
「翠兄さん、お休みなさい」
「翠さん、お休みなさい」
「丈も洋くんもお休み。今日はありがとう。丈、これから治療のことで、世話になるよ」
「任せて下さい」
すっかり背を抜かされてしまった。
丈を見上げると、面映ゆくも嬉しそうな表情を浮かべていた。
そうか、難しく考え過ぎていたようだ。
僕もこんな風に誰かを頼っていいのか。
皆に甘えてもいいのか。
「丈、頼りにしている。洋くん、これからも僕の話し相手になって欲しい」
「はい。もちろんです」
二人を見送ると、流と二人きりになった。
「翠、さっき何故グラスを落とした?」
ギクリとした。
しまった……流にはバレていたのか。
もう素直になろう、もう隠すのはやめよう。
「ごめん、少し目が霞むんだ。流……僕をなるべく早く大学病院の眼科に連れて行ってくれないか」
「翠……やはりまた悪化していたんだな」
「大丈夫だよ。ここの所調子が悪かったが……今日で何もかも吐き出したから、もう後は良くなるだけだよ」
「ならいいが、今度……俺を見なくなったら許さないからな」
「僕だって……お前の視線を浴びられなくなるのは、絶対に嫌だ!」
『絶対に嫌だ』だなんて、まるで幼子みたいな言い方をしてしまった。
決まりが悪いな。俯いたまま……顔を上げられないよ。
だが僕の戸惑いとは裏腹に、流は僕の言葉に破顔した。
「翠がはっきり意志を表示してくれて嬉しいよ。いつも翠は長兄として頑張りすぎている。2歳差で俺が生まれたから、我が儘を言う暇もなかったんじゃないか」
「さぁ……どうだろう?」
図星を指されてしまったな。
確かに甘えたくても、甘えられなかったよ。
物心ついたときには、母は流を抱っこしていたからね。
「あのさ……その、俺はきかん坊だったろう?」
「ふっ、流は何をしても結局は可愛くて、僕は仕方ないなぁ……困ってしまうなあって……いつも許してしまったよ」
「……そうか。なんか悪かったな。その分、今は俺に甘えていいぞ」
「ふっ、それはまたあの離れで……」
「翠、今宵は一人で眠れるか」
「今日は母屋だから、大丈夫だよ」
「そうか、何かあったら言えよ」
流が布団を敷いてくれたので、そのまま床についた。
「おやすみ、兄さん」
「おやすみ、流」
流が名残惜しそうに、階段を下りていく。まだ仕事が残っているのだろう。
流……ごめんな。
結局少しだけ強がってしまったよ。
染み付いた癖は、そう簡単には抜けないみたいだ。
電気を消すと、静かに夜の帳が降りてくる。
このまま明日の朝目覚めた時、漆黒の闇夜のままだったらどうしよう。
そんな不安を抱えながら……キツく目を閉じて……必死に眠りにつく。
****
くそっ、宿題なんて手につかない。
父さんのことが気になって仕方が無いよ。
それは今になって、幼い頃には見えなかったモノが見えて来たからだ。
父さんと母さんが離婚した後の数年間……オレは父さんに会わせてもらえなかった。
オレは幼い頃、何かとヒステリックな母親よりも父さんとの時間を好んでいたのかもしれない。そんなオレを父さんが置いて行ってしまい、迎えにも来てくれない。会ってもくれない。そのことが信じられなくて、最初は泣きわめき、次は恨み、疑い……最後は怒っていた。母方の実家で本当はずっと待っていた。父さんが来てくれるのを。
だから数年後久しぶりに会った時には、もう幼い頃のようには打ち解けられなかった。
父さんと会っても、父さんのことを無視してしまった。困った父さんは流さんを連れてくるようになったので、今度はあてつけみたいに流さんとばかり話して……オレ、やっぱり意地悪だ。
だがもしもオレの勘が当たっていれば、父さんは離婚した直後から目の病気で、ひとりで自由に動ける状態ではなかったのかもしれない。
そう考えると、やるせないよ!
「あー、もう!」
宿題を放り投げて、ベッドに転がった。
考えると頭が痛くなってくる。
今頃、父さん何しているかな。
もう寝てしまったのかな。疲れているようだったし……
目を閉じると、ベッドで丸まって泣いている幼いオレがいた。
どうやら母さんに叱られて、布団を被って丸まっているようだ。
『薙……薙……大丈夫。お前はいい子だ。大好きだよ』
父さんがやってきて布団越しに、オレの丸まった背中を撫でてくれた。
幼い頃……父さんの手の温もりが好きだった。
優しい声が、本当はずっと好きだった。
「父さん……」
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