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14章
追憶の由比ヶ浜 12
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「洋、洋?」
「あ……丈、ごめん。俺……少しウトウトしていたみたいだ」
「今日は、疲れただろう」
丈がシャワーを浴びている間、俺は丈が入れてくれた紅茶を飲んでいた。
身体が温まると、なんだか急に眠たくなってきて……クッションを抱えたまま眠っていたようだ。
「洋、今日はありがとう。兄のために……苦労かけたな」
「いや……俺にとってもお兄さんだから」
「そうだな。辛くなかったか。おそらく……洋の過去に触れることになったのだろう?」
俺が多くを語らなくても、丈は察してくれる。
「ふっ、丈は妙に勘がいいよな。そうだよ……俺のあの忌まわしい過去に触れた」
「洋……本当にすまない」
丈が苦悩に満ちた表情を浮かべる。
「俺、翠さんと一緒に泣いたよ」
「そうか……あの兄さんも泣いたのか」
「丈は翠さんの泣き顔を見たことがある?」
「兄さんは幼い頃から完璧で……完璧過ぎて……なかなか」
「その翠さんが床に膝をついて嗚咽したんだ。辛い過去にお互い触れたかもしれないが、傷を二人で抉って全部掻きだした気分っていうのかな……俺、泣いてすっきりしたよ」
「洋……お前は」
丈に、ガシッと抱きしめられる。
首筋に微かに残る消毒液の匂いにホッとする。
仕事帰りの丈の匂い好きだ。
俺のお医者さん。
心も身体も、俺は丈に立て直してもらったよ。
今日だってお前が抱きしめてくれるだけで、疲れが癒やされていく。
遠い昔から、俺はお前に癒やされていただろう?
ヨウ将軍の傷を癒やした医官のジョウ。
洋月の心を癒やし満たした、丈の中将。
丈は人を癒やす力を持っている。
「丈……俺、少しはタフになっただろう?」
「あぁ……以前の洋だったら、今頃疲れ果てて起きられなかっただろう」
「うたた寝したらスッキリしたよ」
「そうか、じゃあ……少し味見をしても?」
「え……?」
丈に顎を掴まれて、キスされる。
「んっ、いやいや……ちょっと待てよ! まだ夕食前だろ? そうだ! 腹が減っているのなら、最中があるよ」
「最中?」
「翠さんが買ってくれたんだ、丈にお土産だって。よかったな」
「月影茶屋のか、翠兄さんがこれを?」
丈が途端に照れ臭そうな顔をする。
へぇ……珍しいな、お前のそんな顔。
「なぁ『じょうちゃん』今、食べるか」
「な……その呼び名は、一体なんだ?」
「ふふっ、あのお店では、翠さんはね『すいちゃん』って呼ばれていたよ。俺も『ようちゃん』って子供みたいに呼ばれて、くすぐったくなった。おばあちゃんがいると、そんな風に呼ばれるのか」
丈の首に手を回し首を傾げると、丈はますます照れ臭そうに顔を背けた。
「じょうちゃん? コタエテ……?」
「コイツっ」
「あぁ……うっ……」
いきなりそのままソファに押し倒されて、猛烈なキスを浴びた。
「んっ……ん」
「洋、洋……」
「あぁ、俺はここにいる。何も壊れていない。だから安心しろよ」
「良かった……心配していた。洋に負担をかけてしまったのではないかと心配で、仕事を早々に切り上げて帰ってきた」
「うん、ありがとう。さっき山門で流さんが翠さんを迎えに来ていたのを見て、実は少し羨ましかったんだ。そうしたらすぐに丈が来てくれていた。だから俺……ホッとした」
キスをしながら、会話した。
「それに……この先は、丈の出番だぞ」
「なんだ? 私で役立てることもあるのか」
丈にとっても大切に兄だ。今日は何も出来ずにもどかしかっただろう。
「翠さんの胸にある火傷痕……あれ、なんとかして消せないか。目立たなくしてあげたいんだ」
「あ……あの傷か……」
「翠さんの話によると……以前、由比ヶ浜で診療所を開いていた海里先生に相談していたらしいんだ。でも相談の途中で先生がご病気に倒れ……うやむやになってしまったらしい」
丈の表情が、途端に真剣になる。
「克哉に古傷を抉られたのか。やはり……あの状況は……酷かった」
「……やはり、あの日相当なダメージを受けたんだね」
「洋には……あの日は言えなかった。すまない」
俺が義父にされたことを思い出してしまうという配慮だったのだろう。
「俺の傷は……もう目に見えなくなった。心には少し残っていたようだが、今日翠さんと吐き出したよ。今日は……あの日のことを、どこか客観的に冷静に振り返ることが出来たんだ。これって進歩だよな? だって……丈、俺は悪くない! そうだろう? だからいつまでも自分を責めて貶めたくないんだ」
「洋……あぁ、そうだ。お前に絶対に非はない。翠兄さんにもだ」
丈がキツく抱きしめてくれる。
こんな話も洗いざらい出来るようになったんだな、俺たちは。
「翠さんは目に見える傷を刻まれたまま、20年近く生きてきたんだ。流さんと結ばれて乗り越えた矢先に、アイツにそこを弄ばれてしまったんだな……酷いヤツだ」
「そこには新しい噛み傷があった……あぁ、もっと早く私から提案すべきだった。洋……今度の休みに、由比ヶ浜に私も連れて行ってくれないか」
「いいよ。どうして?」
「同じ外科医として……海里先生が残したものを確認したいんだ。お祖母様に許可を取ってくれないか」
「お祖母様は、こう言っていたよ」
……
洋、これが由比ヶ浜の洋館の鍵よ。
中は海里先生が病院として使っていた当時にままにしてあるの。
あぁ……あなたのパートナーが外科医だということに、やはり不思議な縁を感じるわ。
海里先生は、亡くなられる直前に、こう言っていたわ。
「白江さん……俺たちには残すべき子孫はいない。だがこの世に『縁』を残すよ。柊一と出逢った縁がいつかどこかで、誰かの役に立てればと思う。白江さん、あなたが貸してくださった由比ヶ浜で過ごした日々を忘れない。いつか誰かの役に立てばいい……そんな縁があるような気がする」
だから……私は海里先生が残した病院を、そのままの状態で洋に渡すわ。あそこにあるものは全て洋と丈さんの物よ。自由に使っていいのよ。
……
俺が祖母の話を告げると、丈の顔色が良くなった。
「ありがとう。先生が残して下さった縁を頼りに、兄を救おう。私達で……」
「あぁ、もう絶対に翠さんを暗い世界にはやらない!」
誰かに助けてもらってばかりだった俺にも、出来るだろうか。
丈を信じ、丈と力を合わせれば、きっと可能だ。
今の俺には、協力して成し遂げたいことがある。
だから行こう!
もう一度、由比ヶ浜に。
「あ……丈、ごめん。俺……少しウトウトしていたみたいだ」
「今日は、疲れただろう」
丈がシャワーを浴びている間、俺は丈が入れてくれた紅茶を飲んでいた。
身体が温まると、なんだか急に眠たくなってきて……クッションを抱えたまま眠っていたようだ。
「洋、今日はありがとう。兄のために……苦労かけたな」
「いや……俺にとってもお兄さんだから」
「そうだな。辛くなかったか。おそらく……洋の過去に触れることになったのだろう?」
俺が多くを語らなくても、丈は察してくれる。
「ふっ、丈は妙に勘がいいよな。そうだよ……俺のあの忌まわしい過去に触れた」
「洋……本当にすまない」
丈が苦悩に満ちた表情を浮かべる。
「俺、翠さんと一緒に泣いたよ」
「そうか……あの兄さんも泣いたのか」
「丈は翠さんの泣き顔を見たことがある?」
「兄さんは幼い頃から完璧で……完璧過ぎて……なかなか」
「その翠さんが床に膝をついて嗚咽したんだ。辛い過去にお互い触れたかもしれないが、傷を二人で抉って全部掻きだした気分っていうのかな……俺、泣いてすっきりしたよ」
「洋……お前は」
丈に、ガシッと抱きしめられる。
首筋に微かに残る消毒液の匂いにホッとする。
仕事帰りの丈の匂い好きだ。
俺のお医者さん。
心も身体も、俺は丈に立て直してもらったよ。
今日だってお前が抱きしめてくれるだけで、疲れが癒やされていく。
遠い昔から、俺はお前に癒やされていただろう?
ヨウ将軍の傷を癒やした医官のジョウ。
洋月の心を癒やし満たした、丈の中将。
丈は人を癒やす力を持っている。
「丈……俺、少しはタフになっただろう?」
「あぁ……以前の洋だったら、今頃疲れ果てて起きられなかっただろう」
「うたた寝したらスッキリしたよ」
「そうか、じゃあ……少し味見をしても?」
「え……?」
丈に顎を掴まれて、キスされる。
「んっ、いやいや……ちょっと待てよ! まだ夕食前だろ? そうだ! 腹が減っているのなら、最中があるよ」
「最中?」
「翠さんが買ってくれたんだ、丈にお土産だって。よかったな」
「月影茶屋のか、翠兄さんがこれを?」
丈が途端に照れ臭そうな顔をする。
へぇ……珍しいな、お前のそんな顔。
「なぁ『じょうちゃん』今、食べるか」
「な……その呼び名は、一体なんだ?」
「ふふっ、あのお店では、翠さんはね『すいちゃん』って呼ばれていたよ。俺も『ようちゃん』って子供みたいに呼ばれて、くすぐったくなった。おばあちゃんがいると、そんな風に呼ばれるのか」
丈の首に手を回し首を傾げると、丈はますます照れ臭そうに顔を背けた。
「じょうちゃん? コタエテ……?」
「コイツっ」
「あぁ……うっ……」
いきなりそのままソファに押し倒されて、猛烈なキスを浴びた。
「んっ……ん」
「洋、洋……」
「あぁ、俺はここにいる。何も壊れていない。だから安心しろよ」
「良かった……心配していた。洋に負担をかけてしまったのではないかと心配で、仕事を早々に切り上げて帰ってきた」
「うん、ありがとう。さっき山門で流さんが翠さんを迎えに来ていたのを見て、実は少し羨ましかったんだ。そうしたらすぐに丈が来てくれていた。だから俺……ホッとした」
キスをしながら、会話した。
「それに……この先は、丈の出番だぞ」
「なんだ? 私で役立てることもあるのか」
丈にとっても大切に兄だ。今日は何も出来ずにもどかしかっただろう。
「翠さんの胸にある火傷痕……あれ、なんとかして消せないか。目立たなくしてあげたいんだ」
「あ……あの傷か……」
「翠さんの話によると……以前、由比ヶ浜で診療所を開いていた海里先生に相談していたらしいんだ。でも相談の途中で先生がご病気に倒れ……うやむやになってしまったらしい」
丈の表情が、途端に真剣になる。
「克哉に古傷を抉られたのか。やはり……あの状況は……酷かった」
「……やはり、あの日相当なダメージを受けたんだね」
「洋には……あの日は言えなかった。すまない」
俺が義父にされたことを思い出してしまうという配慮だったのだろう。
「俺の傷は……もう目に見えなくなった。心には少し残っていたようだが、今日翠さんと吐き出したよ。今日は……あの日のことを、どこか客観的に冷静に振り返ることが出来たんだ。これって進歩だよな? だって……丈、俺は悪くない! そうだろう? だからいつまでも自分を責めて貶めたくないんだ」
「洋……あぁ、そうだ。お前に絶対に非はない。翠兄さんにもだ」
丈がキツく抱きしめてくれる。
こんな話も洗いざらい出来るようになったんだな、俺たちは。
「翠さんは目に見える傷を刻まれたまま、20年近く生きてきたんだ。流さんと結ばれて乗り越えた矢先に、アイツにそこを弄ばれてしまったんだな……酷いヤツだ」
「そこには新しい噛み傷があった……あぁ、もっと早く私から提案すべきだった。洋……今度の休みに、由比ヶ浜に私も連れて行ってくれないか」
「いいよ。どうして?」
「同じ外科医として……海里先生が残したものを確認したいんだ。お祖母様に許可を取ってくれないか」
「お祖母様は、こう言っていたよ」
……
洋、これが由比ヶ浜の洋館の鍵よ。
中は海里先生が病院として使っていた当時にままにしてあるの。
あぁ……あなたのパートナーが外科医だということに、やはり不思議な縁を感じるわ。
海里先生は、亡くなられる直前に、こう言っていたわ。
「白江さん……俺たちには残すべき子孫はいない。だがこの世に『縁』を残すよ。柊一と出逢った縁がいつかどこかで、誰かの役に立てればと思う。白江さん、あなたが貸してくださった由比ヶ浜で過ごした日々を忘れない。いつか誰かの役に立てばいい……そんな縁があるような気がする」
だから……私は海里先生が残した病院を、そのままの状態で洋に渡すわ。あそこにあるものは全て洋と丈さんの物よ。自由に使っていいのよ。
……
俺が祖母の話を告げると、丈の顔色が良くなった。
「ありがとう。先生が残して下さった縁を頼りに、兄を救おう。私達で……」
「あぁ、もう絶対に翠さんを暗い世界にはやらない!」
誰かに助けてもらってばかりだった俺にも、出来るだろうか。
丈を信じ、丈と力を合わせれば、きっと可能だ。
今の俺には、協力して成し遂げたいことがある。
だから行こう!
もう一度、由比ヶ浜に。
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