1,209 / 1,657
14章
追憶の由比ヶ浜 11
しおりを挟む
「さぁ入ってくれ」
「お邪魔するよ」
完成したばかりの茶室に、翠を通した。
「邪魔なんかじゃない。翠のために作った。全部翠の好みに合わせた茶室だ」
茶室というのは名目で、ここは翠を抱くための部屋だが……そう告げたら、呆れられるだろうか。
「翠、壁の色を見てくれ」
「うん。何色だろう? なんというか……仄暗いのに、見ていると希望も感じるね」
「これは『寒暁《かんぎょう》』の色だ。冬の明け方を表現したんだ」
「そうか」
「それから天井と畳の色にも拘った」
「えっと、これにもお前流の色名があるのか」
「あぁ『結晶』だ」
天井も床も……俺に抱かれる翠が見つめる場所だから、特に拘ったのさ。
「結晶だ。俺たちの……努力の結晶、愛の結晶が降り注ぎ、満ちていく……上からも下からも」
「流……深いね、ありがとう」
翠の頬が朱に染まり、待ちきれない様子で、俺を抱きしめてくれた。
翠の方からは珍しいので、鼓動が早まった。
「もう……もう、……早く僕を抱いてくれ」
「翠……袈裟は重たいな。脱がしてくれよ。脱がしながら聞かせてくれないか。由比ヶ浜で追憶したのは何だ?」
今日あったことを話せる範囲でいいから、俺にも託してくれないか。
「話すよ……流、お前には、もう全部洗いざらい話すつもりだった」
翠が俺の袈裟に手をかけながら、静かにゆっくりと……話し出す。
「流……洋くんと行かせてくれてありがとう。お前の想い、丈の想い、伝わってきたよ。洋くんは僕の深い悲しみに共鳴してくれ、一緒に泣いてくれた。嬉しかった。分かってもらえて……僕は洋くんの涙に浄化されていくような心地だった。そして……洋くんが義理のお父さんにされたことは本当に惨い事だった。鬼畜の仕業だ……そしてアイツが僕にしたことも同じだった」
淡々と話していた翠の手が、カタカタと震え出す。
「翠、少し待て」
俺は蹴飛ばすように襖を開けて、急ぎ畳に布団を敷いた。
この先は、俺の胸の中で話せ!
俺を受け止めながら話せ!
「流……いつの間に布団なんて……持ち込んで」
「このために用意した」
呆気に取られる翠を横たわらせ、俺は袈裟をむしり取って裸になった。
「え……あ、あの……流、そんなに乱暴に袈裟を脱いではいけないよ」
「翠を俺の肌で温めたい」
少し兄モードに戻る翠を押しとどめ、俺の願いを告げる。
「あ……流、うん……温めてくれ」
翠に跨がると、翠も覚悟を決めたのか……自分の手でシャツのボタンを外し出した。
早く、早く……あぁ、もどかしくて溜まらない。
翠はシャツを脱いで、いつもなら……さりげなく隠す胸元の火傷痕を今日は晒してくれた。
「流……僕は、この傷痕をもう見たくない。消して……消し去って……欲しいんだ」
あぁ……なんてことだ!
やはりそこだったのか。
克哉、お前がしたことは最悪だ!
長い年月をかけ……翠が鍛錬を積んで鎮めた古傷を抉ってしまったのだ。
「あぁ、分かる……目に見える傷痕は辛いよな。ずっと……辛かったな。翠は今までよく頑張ったな」
「あ……うっ、ううう……ごめん。ごめんな。僕は素直になれなくて、この一言を言えなくて困っていた。今日、洋くんに言えたから、やっと素直になれたんだ」
「泣くな……泣くなよ。俺たちには優秀な外科医がついているじゃないか。最善の方法を丈と一緒に考えよう。翠……翠はもうひとりで頑張るな。我慢するな」
翠のズボンを下着ごと下げて、全裸にしていく。
「抱くぞ」
「う……っ、流、流に会いたくなって……こうして欲しくて……溜まらなかった!」
ここにいるのは、今は……兄ではない。
俺の懸想人、翠だ。
荒ぶる息を深く吐くことで散らし、翠のつま先から手の指まで優しく丁寧に撫で、唇でも愛撫した。
「翠の身体は……綺麗だ」
「流の身体は……逞しいよ」
翠はスッと身体の力を抜いて、全てを俺に晒してくれた。
真新しい和室、い草の匂いの上に、翠の香が混ざる。
俺はギシッと畳を踏み込み、翠の中に飛び込んだ。
「お邪魔するよ」
完成したばかりの茶室に、翠を通した。
「邪魔なんかじゃない。翠のために作った。全部翠の好みに合わせた茶室だ」
茶室というのは名目で、ここは翠を抱くための部屋だが……そう告げたら、呆れられるだろうか。
「翠、壁の色を見てくれ」
「うん。何色だろう? なんというか……仄暗いのに、見ていると希望も感じるね」
「これは『寒暁《かんぎょう》』の色だ。冬の明け方を表現したんだ」
「そうか」
「それから天井と畳の色にも拘った」
「えっと、これにもお前流の色名があるのか」
「あぁ『結晶』だ」
天井も床も……俺に抱かれる翠が見つめる場所だから、特に拘ったのさ。
「結晶だ。俺たちの……努力の結晶、愛の結晶が降り注ぎ、満ちていく……上からも下からも」
「流……深いね、ありがとう」
翠の頬が朱に染まり、待ちきれない様子で、俺を抱きしめてくれた。
翠の方からは珍しいので、鼓動が早まった。
「もう……もう、……早く僕を抱いてくれ」
「翠……袈裟は重たいな。脱がしてくれよ。脱がしながら聞かせてくれないか。由比ヶ浜で追憶したのは何だ?」
今日あったことを話せる範囲でいいから、俺にも託してくれないか。
「話すよ……流、お前には、もう全部洗いざらい話すつもりだった」
翠が俺の袈裟に手をかけながら、静かにゆっくりと……話し出す。
「流……洋くんと行かせてくれてありがとう。お前の想い、丈の想い、伝わってきたよ。洋くんは僕の深い悲しみに共鳴してくれ、一緒に泣いてくれた。嬉しかった。分かってもらえて……僕は洋くんの涙に浄化されていくような心地だった。そして……洋くんが義理のお父さんにされたことは本当に惨い事だった。鬼畜の仕業だ……そしてアイツが僕にしたことも同じだった」
淡々と話していた翠の手が、カタカタと震え出す。
「翠、少し待て」
俺は蹴飛ばすように襖を開けて、急ぎ畳に布団を敷いた。
この先は、俺の胸の中で話せ!
俺を受け止めながら話せ!
「流……いつの間に布団なんて……持ち込んで」
「このために用意した」
呆気に取られる翠を横たわらせ、俺は袈裟をむしり取って裸になった。
「え……あ、あの……流、そんなに乱暴に袈裟を脱いではいけないよ」
「翠を俺の肌で温めたい」
少し兄モードに戻る翠を押しとどめ、俺の願いを告げる。
「あ……流、うん……温めてくれ」
翠に跨がると、翠も覚悟を決めたのか……自分の手でシャツのボタンを外し出した。
早く、早く……あぁ、もどかしくて溜まらない。
翠はシャツを脱いで、いつもなら……さりげなく隠す胸元の火傷痕を今日は晒してくれた。
「流……僕は、この傷痕をもう見たくない。消して……消し去って……欲しいんだ」
あぁ……なんてことだ!
やはりそこだったのか。
克哉、お前がしたことは最悪だ!
長い年月をかけ……翠が鍛錬を積んで鎮めた古傷を抉ってしまったのだ。
「あぁ、分かる……目に見える傷痕は辛いよな。ずっと……辛かったな。翠は今までよく頑張ったな」
「あ……うっ、ううう……ごめん。ごめんな。僕は素直になれなくて、この一言を言えなくて困っていた。今日、洋くんに言えたから、やっと素直になれたんだ」
「泣くな……泣くなよ。俺たちには優秀な外科医がついているじゃないか。最善の方法を丈と一緒に考えよう。翠……翠はもうひとりで頑張るな。我慢するな」
翠のズボンを下着ごと下げて、全裸にしていく。
「抱くぞ」
「う……っ、流、流に会いたくなって……こうして欲しくて……溜まらなかった!」
ここにいるのは、今は……兄ではない。
俺の懸想人、翠だ。
荒ぶる息を深く吐くことで散らし、翠のつま先から手の指まで優しく丁寧に撫で、唇でも愛撫した。
「翠の身体は……綺麗だ」
「流の身体は……逞しいよ」
翠はスッと身体の力を抜いて、全てを俺に晒してくれた。
真新しい和室、い草の匂いの上に、翠の香が混ざる。
俺はギシッと畳を踏み込み、翠の中に飛び込んだ。
10
お気に入りに追加
445
あなたにおすすめの小説
すずらん通り商店街の日常 〜悠介と柊一郎〜
ドラマチカ
BL
恋愛に疲れ果てた自称社畜でイケメンの犬飼柊一郎が、ある時ふと見つけた「すずらん通り商店街」の一角にある犬山古書店。そこに住む綺麗で賢い黒猫と、その家族である一見すると儚げ美形店主、犬山悠介。
恋に臆病な犬山悠介と、初めて恋をした犬飼柊一郎の物語。
※猫と話せる店主等、特殊設定あり
【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語
ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ……
リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。
⭐︎2023.4.24完結⭐︎
※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。
→2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)


そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

代わりでいいから
氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。
不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。
ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。
他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。
六日の菖蒲
あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。
落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。
▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。
▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず)
▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。
▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。
▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。
▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる