重なる月

志生帆 海

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14章

追憶の由比ヶ浜 11

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「さぁ入ってくれ」
「お邪魔するよ」

 完成したばかりの茶室に、翠を通した。

「邪魔なんかじゃない。翠のために作った。全部翠の好みに合わせた茶室だ」
 
 茶室というのは名目で、ここは翠を抱くための部屋だが……そう告げたら、呆れられるだろうか。

「翠、壁の色を見てくれ」
「うん。何色だろう? なんというか……仄暗いのに、見ていると希望も感じるね」
「これは『寒暁《かんぎょう》』の色だ。冬の明け方を表現したんだ」
「そうか」
「それから天井と畳の色にも拘った」
「えっと、これにもお前流の色名があるのか」
「あぁ『結晶』だ」

天井も床も……俺に抱かれる翠が見つめる場所だから、特に拘ったのさ。

「結晶だ。俺たちの……努力の結晶、愛の結晶が降り注ぎ、満ちていく……上からも下からも」
「流……深いね、ありがとう」

 翠の頬が朱に染まり、待ちきれない様子で、俺を抱きしめてくれた。

 翠の方からは珍しいので、鼓動が早まった。

「もう……もう、……早く僕を抱いてくれ」
「翠……袈裟は重たいな。脱がしてくれよ。脱がしながら聞かせてくれないか。由比ヶ浜で追憶したのは何だ?」

 今日あったことを話せる範囲でいいから、俺にも託してくれないか。

「話すよ……流、お前には、もう全部洗いざらい話すつもりだった」
 
  翠が俺の袈裟に手をかけながら、静かにゆっくりと……話し出す。

「流……洋くんと行かせてくれてありがとう。お前の想い、丈の想い、伝わってきたよ。洋くんは僕の深い悲しみに共鳴してくれ、一緒に泣いてくれた。嬉しかった。分かってもらえて……僕は洋くんの涙に浄化されていくような心地だった。そして……洋くんが義理のお父さんにされたことは本当に惨い事だった。鬼畜の仕業だ……そしてアイツが僕にしたことも同じだった」

 淡々と話していた翠の手が、カタカタと震え出す。

「翠、少し待て」

 俺は蹴飛ばすように襖を開けて、急ぎ畳に布団を敷いた。

 この先は、俺の胸の中で話せ!
 俺を受け止めながら話せ!

「流……いつの間に布団なんて……持ち込んで」
「このために用意した」

 呆気に取られる翠を横たわらせ、俺は袈裟をむしり取って裸になった。

「え……あ、あの……流、そんなに乱暴に袈裟を脱いではいけないよ」
「翠を俺の肌で温めたい」

 少し兄モードに戻る翠を押しとどめ、俺の願いを告げる。

「あ……流、うん……温めてくれ」

 翠に跨がると、翠も覚悟を決めたのか……自分の手でシャツのボタンを外し出した。

 早く、早く……あぁ、もどかしくて溜まらない。

 翠はシャツを脱いで、いつもなら……さりげなく隠す胸元の火傷痕を今日は晒してくれた。

「流……僕は、この傷痕をもう見たくない。消して……消し去って……欲しいんだ」

 あぁ……なんてことだ! 
 やはりそこだったのか。
 克哉、お前がしたことは最悪だ!
 長い年月をかけ……翠が鍛錬を積んで鎮めた古傷を抉ってしまったのだ。
 
「あぁ、分かる……目に見える傷痕は辛いよな。ずっと……辛かったな。翠は今までよく頑張ったな」
「あ……うっ、ううう……ごめん。ごめんな。僕は素直になれなくて、この一言を言えなくて困っていた。今日、洋くんに言えたから、やっと素直になれたんだ」
「泣くな……泣くなよ。俺たちには優秀な外科医がついているじゃないか。最善の方法を丈と一緒に考えよう。翠……翠はもうひとりで頑張るな。我慢するな」

 翠のズボンを下着ごと下げて、全裸にしていく。

「抱くぞ」
「う……っ、流、流に会いたくなって……こうして欲しくて……溜まらなかった!」

 ここにいるのは、今は……兄ではない。
 俺の懸想人、翠だ。

 荒ぶる息を深く吐くことで散らし、翠のつま先から手の指まで優しく丁寧に撫で、唇でも愛撫した。

「翠の身体は……綺麗だ」
「流の身体は……逞しいよ」

 翠はスッと身体の力を抜いて、全てを俺に晒してくれた。

 真新しい和室、い草の匂いの上に、翠の香が混ざる。

 俺はギシッと畳を踏み込み、翠の中に飛び込んだ。
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