重なる月

志生帆 海

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14章

追憶の由比ヶ浜 7 

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「そろそろ中に入りましょうか」
「そうだね」

 もう一度屋内に入ると、翠さんが白い壁にもたれて静かに呟いた。

 恥じ入るように、目を閉じて……
 
「洋くん、今日は……ごめん」
「えっ……どうして翠さんが謝るのですか」
「ここは君の引き続いた大切な家なのに、僕の思い出ばかりが占領して申し訳ない」

 翠さんの、あまりに翠さんらしい発言に、胸が切なくなった。

「俺は、翠さんが当時、泣ける場所があって良かったと思っています。流さんとの関係に悩み……苦しかった時期に、涙を流せる場所があって良かったです。そして今、俺の存在が少しでも翠さんの役に立っているのなら、嬉しいので謝らないで下さい」

 京都で解明した翠さんと流さんの前世は、耐えがたい別れで終わってしまっていた。

 死別という、とても悲しい別れをしたあなたたちだった。

 だから今を生きる翠さんは、当時……まだ理由も分からず、この海で泣いたのだろう。互いが互いを求め合いながらも……叶わず……消えていく寂しさを感じて。

「あ、あの……このレコードですか。さっきの話に出てきたのって」
「あ……そうなんだ」
「かけてみましょうか」
「でも、きっと……また泣いてしまうから駄目だ」

 翠さんは困ったように眉根を寄せて、首を横に振る。

 そんな仕草、一つ一つが大人の色気に包まれている。

 流さんが夢中になるのも分かるな。

「でも……今日は……もう、とことん泣いてもいいのでは?」
「……そんな」

 祖母が電気もガスも手配してくれたいたので、レコードを聴けそうだ。

「かけてみますね」
「うん……」

 とても悲しく切ないメロディが、白い診察室に広がった。泣いていいよと背中を撫でてくれるような……囁くような歌声だった。
 
『※ うるわしき桜貝一つ 去り行ける君にささげん……』
                 (※ さくら貝の歌 倍賞千恵子) 

 あ……俺の目からも涙が。

 遠い昔のヨウ将軍が医官のジョウを失った時、丈の中将が洋月を失った時……あの日の喪失感がぶつかって、涙となり零れ出す。

「洋くん……僕はね……ずっと流に触れてはいけないと思っていたんだ。僕が近寄ってはならないと。それは遠い過去の別れが尾を引いていたのだね。当時の僕は弟を特別に意識している自分に気付き……それを人知れず抱え込んで苦悩していた。海里先生は、そんな僕の迷える心に寄り添ってくれた」

 翠さんが語り出す。哀しいメロディに乗って……

「海里先生には、こう言われたよ……『今を生きているうちに、素直になるのは大事なことだ。思いを伝え合える相手がせっかく目の前にいるのなら……人間の一生は長いようで短い。愛する人と共に過ごせる時間は限られている。悔いのないように生きろ』とね……」

  翠さんが突然着ていたシャツのボタンを外しだした。

「え……? あの何を?」

  突然翠さんが自分の着ていたものを潔く脱ぎ捨てたので、焦ってしまった。

「洋くん……見て欲しい」

 
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