重なる月

志生帆 海

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14章

心通わせて 4

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「流……はぁ、まだ駄目だ。ここは外だろう……っ!」
「すまん。止まらなくなった」

 月を浴びる縁側で、流に押し倒されて、口づけを受け続け続けた。

 流の手が、いよいよ浴衣の袷に伸びてきた時、つい制止してしまった。

 このまま流されてしまいたい欲求を……必死にしまい込んで。

「流、あの……離れの完成はいつ頃……?」
「もう間もなくだ。翠の季節になったらな」
「新緑の頃か……いいね」

 僕たちは浴衣を整えあって微笑んだ。

 それから肩を並べて縁側に腰掛け、夜空に浮かぶ月を見上げた。

 清らかな月光を浴びると、この道は間違えていない。たとえ血の繋がった兄弟でも愛しあいっていい、求め合っていいと許しを得ているような心地になる。

「あの日、海里先生にいきなり『君たちは恋人か』と問われて驚いたが、心の中で嬉しかったよ。男同士、兄弟同士であり得ないのに、何故かとても嬉しかったんだ。でも……海里先生の言葉はずっと心の中にしまって……結局あの宮崎旅行まで何も行動出来ず、ごめんな」

 縁側の真新しい木目を撫でていた流の手を、そっと握りしめた。

「翠が謝ることではないさ。きっかけもなかったし……俺も何も出来なかった。翠を壊しそうで怖かった」
「壊す?」
「あぁ……実の弟の懸想されて、気持ち悪がられたらどうしようとか、いらぬ心配で頭の中がグルグルで、たまに翠が俺に甘えてくれるのが嬉しいのに、苦しかった」

 僕もお前の優しさが嬉しくも苦しかったよ。

「なぁ、膝枕してあげるから横になれ」
「え? なんで俺が」
「流はいつもしてくれただろう? 檀家さん周りで疲れた時には茶室で休ませてくれた。鹿威しの音が聞こえ……心地良く転た寝した僕を……膝枕してくれていたの、知っている」

 今更だが……あの頃を振り返り、後ろめたいことを暴露した。

「え? さ、最初から起きていたのか。まさか狸寝入り?」
「違うよ。最初は本気で疲れて転た寝してしまったのだが、ある日……ふと目覚めると流に膝枕してもらっていて、とても気持ちよかったんだ。あれは落ちつくよ。なぁ僕もしてあげたいんだ。流に……」
「も、もう兄さんは人が悪いな!」
「ほら、おいで」

 流の頭をそっと膝に乗せると、観念したように体重をかけてくれた。

「慣れないから、恥ずかしいな」
「そんなことないよ、流……」
 
 流の重みは、命の重みだ。

 そのまま目を閉じると……遠い過去が、月光と共に舞い降りて来た。

 ……

「お父様、膝枕してくださいな」
「辰子? いいよ、おいで……」
「さっきから、何を考えておられるのですか」
「ん……弟のことを思い出していた」
「えっ、お父様にご兄弟がいらしたの? 辰子も会いたいです」
「それが……もう会えないんだ、ごめんね」

 夕凪の言葉から、薄々は察していた。
 きっともう流水は……この世にいないと。

「お父様? 暗いお顔よ。あぁ、大丈夫ですよ。きっとまたいつか会えますよ」
「そうかな?」
「はい。その時はこんな風に膝枕してあげたら喜ぶのでは?」
「うん、そうだね」

 ……

 僕が僕になる前の会話が聞こえてくる。

 あの日流水が置いていった幸せの種は、あの女の子が引き継いで……今はきっと僕と流の、両方の身体の中にあるのだろう。

 だから僕らが結合するたび、種が擦り合って……啼く。

 何度も何度も、触れ合いたくなるのだ。

 

 ぽとり……

 気が付いたら……落涙していた。

 僕の涙は、流の頬に移った。

  流の頬も、既に濡れていた。

「あ……流も泣いていたの?」
「遠い昔を思いだしたんだ。俺が俺になる前の……」
「今……僕も思い出していたよ」
「俺は願っていたんだ。ずっと……再び翠と出逢うことだけを」

 僕たちは重なりあって、深い接吻をした。

 夜風が頬を撫でていく。

 いつまでも過去の情念に捕らわれては駄目だ。

 思い出すのはここまででいい。

 未来の話をしよう。

 これからの僕たちの――

「僕たちも行ってみたいね。由比ヶ浜の海里先生の診療所跡に……」
「あぁ、海里先生が診療所を閉められて、東京に戻られるまで、たまにふらりと訪れた思いでの場所だからな」






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