重なる月

志生帆 海

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14章

心通わせて 2

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「本当は兄さんが駅まで迎えに来るはずだったんだ」
「翠さんがわざわざ?」
「だが危なっかしいから止めた。で、俺が来たわけだ」
「そうだったのですね。俺……翠さんにも流さんにも心配かけてしまいましたね」
 
  後部座席の洋くんが申し訳なさそうに頭を下げるので、違う違う! と首を振った。

「おい、今は謝るところじゃない。甘えるところだ」
「え……」
「洋……兄さんたちは洋が大切なんだ。だから素直に受け止めてくれ」
「丈まで……あ……あぁ、俺……その、慣れていないんだ。こういうの」

 洋くんが嬉し恥ずかし、頬を染める。

 ふんふん、俺たちの末の弟は可愛いらしいな。

「さぁ着くぞ。お前達、ほっとして腹が減っているだろう。今日は一緒に母屋で食べようぜ」
「嬉しいです。丈、いいかな?」
「あぁ洋の好きなように。兄さん……すみません」
「丈、お前まで謝るな! 気持ち悪い」
「酷いですね」

 山門を潜ると、案の定、山門の内側に翠が立っていた。

 家で待てと言ったのに、約束を守らないのも、やはり翠らしい。

「洋くん、お帰りなさい」
「翠さん!」

 洋くんの明るい声と表情で、兄さんはすぐに事の次第を察知したらしい。
 
  さすが洞察力に優れているな。
 
 兄さんは優美に微笑み、洋くんをふわりと抱きしめた。

「良かった! 今日は大丈夫だったようだね」
「はい、受け入れてもらえました。後でゆっくり話します」

 洋くんも翠の抱擁が心地良いらしく、目を閉じて味わっていた。

 兄さんも洋くんも、似ているよ。

 耐えて耐えて……ようやく咲いた美しい花だ。

 その花を守るのが俺と丈の役目さ。
  
 ****

「洋さん、お帰り!」
「薙くん、わぁ~夕食を作ってくれていたの?」
「いや、オレは温めているだけさ。作ったのはモチロン流さんだ」

 台所から漂うこの匂いは……!

「あ……煮込みハンバーグ?」
「そ! 洋さんとオレの好物だよな-」
「そうだよね」

 薙くんが友達みたいに話してくれるのが嬉しいし、僕の大好物を流さんが作ってくれたのも嬉しい。

 安心して帰って来られる家があるだけでも夢のようなのに……温かく美味しそうな夕食に、楽しい会話まで備わっているなんて、俺には贅沢過ぎる。

 母が亡くなってから……あの人と二人で暮らした日々には欠片もなかったものだ。コンビニの弁当は温めても、心は温まらなかった。あの人が、いつ帰ってくるのか冷や冷やしながら膝を抱えて耐えた日々は、もう消滅したのだ。

「翠さん……流さん、ありがとうございます」
「改めて……お帰り、洋くん、今日という日のために、君はよく頑張ったね」

 翠さんが慈悲深い声で、俺の肩をポンポンと叩いて労ってくれた。

 あ……まずい、泣きそう……だ。

「さぁさぁ、飯だー! 飯にするぞー」

 そんな俺の背中を流さんがバンバン叩いて、景気をつけてくれる。

「ほら、洋くん、君には特別だぞ」
「え?」

 出されたハンバーグの上には、旗が立っていた。それは日の丸ではなく、月影寺の家紋の入った旗だった。
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