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14章
14章 プロローグ
しおりを挟む「洋……大丈夫か」
「あぁ、悪い……まだ夢を見ているようで」
「洋……あれは夢ではない。私が全てを記憶しているのだから」
「そうだよな」
白金の祖母の家からの帰路、電車に揺られながら、俺はずっと上の空だった。
一番嬉しかったのは、祖母が丈を認めてくれたことだ。孫の同性愛をすんなりと受け入れてくれるなんて……やはり信じられない。
そして由比ヶ浜の家の権利書の件も驚きだった。
祖母に孫だと認めてもらいたかったが、何かを受け継ごうとか、財産をもらおうなど、少しも考えていなかったのに。
「丈、あのさ……これ、やはり返した方がいいのかな?」
「馬鹿だな。せっかくのお祖母様のご厚意を無駄にする気か。洋が、これからお母さんの分もお祖母様に孝行して、心で返していけばいい」
「……そうか、そうだね」
成る程……丈の奴、良いことを言うな。
確かに祖母から帰り際に、後日改めて泊まりに来て欲しいと誘われた。母が家を出るまで過ごした部屋があり、そこを俺のために改装してくれたそうだ。次に行った時は、その部屋で……祖母と一緒に、母の思い出を語ろう。
もっと知りたいんだ。
母が俺の母になる前の話も。
どんな子供だったのだろう?
どんな少女時代を?
あぁ、知りたいことやりたいことで一杯だ。
今の俺は――
「丈……俺……生きていて良かった」
外は暗くなり車窓に顔が映る。そこには、とても満ち足りた表情の俺がいた。
丈と出会うまで……ずっと孤独で寂しい人生だった。怯えて、耐えることしか、知らなかった毎日だった。
俺と血の繋がった祖母の存在が、こんなにも世界を変えてくれるなんて想いもしなかった。
母さん……俺はあなたの息子で良かった。
まだ幼く何も伝えられないまま別れてしまったから……あなたに話したいことだらけだ。
****
『生きていてよかった』……か。
洋が吐いた台詞は重たい。
未だに……堪えるな。あの日、死んでしまいたいと思っていたことを示唆する洋の言葉に、一瞬ギュッと胸が切なくなった。
だが一生消えない傷を負った洋がここまで立ち直り、自分の力で今日と言う日を手に入れたのだ。そのことが感慨深い。
「洋……今度、その別荘を一緒に見に行こう」
「もちろんだよ! あぁ……今すぐにでも行って確かめたい気分だ。あのさ……丈のさっきの話って、本当に本気なのか」
「ん? あぁ開業のことか。本気だよ。洋と過ごす時間が足りないから前々から思っていた。いつ頃がいいのかと、タイミングを考えている段階だった」
「そ、そうか」
洋は隣で、嬉しそうに微笑み、頬を淡く染めていた。
洋という男は強がって口には出さないが、相当なさみしがり屋なのだ。
「丈……聞いてくれ。俺ね……今回はくじけそうになったが、それでも諦めずに最後まで頑張った。結果、思いがけない展開だった。でも全部母さんが残してくれた気持ちのおかげだな。お祖母様にちゃんと届いて良かった」
「お母さんの手紙の存在は大きかったが、同時に洋の心もしっかり届いたのだ。お祖母様は……洋を通して母の面影も見たが、洋自身の事も見つめていたと思うが」
「うん……伝わったよ。俺の背後にいる母だけじゃなかった、俺を見つめてくれて心配してくれていたな」
「さぁ着くぞ」
北鎌倉の改札を抜けると、通りの向こうから大声がした。
「おーい!」
「流兄さん?」
「遅かったな」
「すみません」
兄が、わざわざ車で来てくれたようだ。
私たちの顔を交互に見て、兄は破顔した。
「よしよし、その様子なら上手くいったようだな。洋くん良かったな」
「はい……あの沢山話したいことがあります。沢山嬉しいことがありました」
「そうか、そうか! 翠兄さんも楽しみに待っているよ」
洋が私の兄を好いてくれ、兄たちも洋を実弟のように可愛がってくれる。
それがじんわりと嬉しい夜だった。
さぁ、もう帰ろう。
私と過ごす……君の家が待っている。
あとがき(不要な方はスルー)
****
予告通り、今日から『重なる月』の新章を書き下ろしていきます。
かなりブランクがあるので、少しずつ調子を取り戻していきたいです。どうぞよろしくお願いします。
由比ヶ浜の家を訪れたり……翠と流の愛の深まり……お話を広げていけたらと思います。
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