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13章
夏休み番外編『Let's go to the beach』11
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「ところで瑞樹くん、君の亡くなった弟さんやご両親は、どこに眠っているのかな? 」
「え……あの、函館? 大沼……あれ? どこだったか……」
「そうか。新しいご家庭に引き取られて遠慮して……お参りに行けなかったのかな」
「……はい、実は……すみません」
「いや、僕に謝ることではないよ」
それは仕方のないことだ。僅か十歳で引き取られたのでは無理もない。だが一度墓参りに行かせた方がいいのかもしれない。
「もしも今大切な人が傍にいてくれるのなら、一緒にお墓参りするのもいいかもしれないよ。夏樹くんも君に会いたがっているように感じる」
「それは……今まで考えたこともありませんでした。でも本当にそうですよね。僕も会いたいです、お墓のこと義母に聞いてみます」
「焦らなくてもいいよ。そういう時が来たらでいいからね。そしてもしもお墓をこちらに持ってくるようなことがあったら、いつでも相談にのるから。僕は北鎌倉の月影寺の住職、張矢 翠だ」
「僕は葉山瑞樹です。あの翠さん……今日は本当にありがとうございました。その、今の僕は新しい出会いがあって幸せなんです。芽生くんは亡くした弟と同い年なので、とても可愛いですが、決して弟の身代わりではないんです。でもさっき迷子になってしまった時、ぶわっと弟が僕の腕の中で冷たくなっていったのを思い出してしまって」
「それは怖かったね。大好きな人を失う恐怖は想像を絶するから。でも僕たちは今を生きている。出会った人たちと、新しい関係を作っていける明日という機会があるのだから、感謝しないとね」
そう告げると彼はキュッと唇を噛んだ。どうやらまだ心に何か重石がありそうだ。
「もしかして新しいご家族で、上手くいっていない人がいるとか」
「えっ何故それを」
「いや、なんとなく伝わってきたから」
「翠さんは勘が鋭いのですね。僕はあなたのことを信じられます。だから誰にも話せない話を聞いてもらえますか」
「もちろんだよ。さぁ僕に吐き出して軽くなるといい」
彼はゆっくりと語り出した……
「僕を引き取ってくれた先で、すぐに弟と同い年の義理の弟が出来ました。でもその弟と上手くいっていなくて。理解は出来るのです。兄弟に間に突然僕が入って、邪魔したわけですから。やがて成長するにつれて……僕に対して……義弟が……せっ……性的な嫌がらせをするようになって、それが耐えられなくて……だから僕はずっと逃げているんです。逃げても何も解決しないのに、ずっと逃げて避けて……そして今も怯えています」
なんということだ。
その話は僕と克哉を彷彿させるものだった。僕も逃げて逃げて……遠回りをして結局、捕まってしまった。今でもあの日の恐怖を思い出すと身震いしてしまう。
「そうか……自分の想いとは違う、一方通行な歪んだ想いをぶつけられるのは本当に怖いし、辛いよね。実は僕にもそういう経験があったよ。同級生の弟だったが」
「えっ」
「僕も逃げていた。ずっと……でも結局逃げきれなくて危ない目にあってしまった」
「あの、それって、もしかして」
「うん、寸でのところで助けてもらったが、本当に危なかった」
僕の方も、こんな話を他人にするのは初めてだ。
彼の話が、僕の心を揺さぶっていく。
「あの、顔色が……大丈夫ですか。すみません。僕が余計なことを思い出させてしまって」
「大丈夫だよ。でも僕みたいな歳になっても辛いんだ。だから察するよ。君が義弟さんを避けて東京に来たのは賢明な判断だと思うよ。怖いことを言うようだが……解決にはなっていない。どこかで決着をつける時が来てしまうかもしれない」
「それは……僕もそう思っています」
「もしかしたら話せば解決するかもしれないよ。誤解があるのかもしれないし……だからどうか一人で抱え込まないで欲しい。身近で信頼できる人にちゃんと頼って欲しい。人は一人では生きていないのだから。君に頼られることが喜びになる人がいるはずだ」
「……はい、そうします。なんだかいろいろ話すぎちゃいましたね。でも心が軽くなりました。こんな話を誰かにするのは初めてで……」
彼の表情は、随分と穏やかになっていた。
「大丈夫。君は幸せになれるよ」
「え……あの、どうしてそんな風に断言できるのですか」
「だって君のことを『幸せな存在』だと思っている人が、外で待っているだろう」
「あっ」
彼の頬は、途端に恥ずかしそうに赤く染まっていった。
誰かの幸せになれるのって、幸せだ。
僕には流がいる。流には僕がいる。
もうそれだけで、お互いが幸せだ。
「何だか翠さんと話したら、道が開けました」
「そうかな? 僕もまだまだ修行中だよ。でも君の気持ちに寄り添うことが出来たのなら、よかったよ」
「ありがとうございます!」
明るい笑顔と明るい声が、戻って来た。
これが本来の彼なのだろう。
瑞々しい人柄に好感が持てる。洋くんとはまた違う性格のようだが、彼らはいい友人になるだろう。
「おーい、翠、もうそろそろいいか~ 」
シェードの向こうから痺れを切らしたような流の声が響いてきた。
「流、ありがとうな。どうだ? スイカ割りは楽しかったか」
「おぉ俺が一発で命中させて、もうスイカは木っ端みじんさ! ははっ」
「え? 」
嫌な予感がする。
案の定、続いて小さな子供のメソメソとした泣き声がしてきた。
「えーん、えーん、メイもスイカわってみたかったよぉ。あのおじちゃんがぜんぶ、わっちゃったぁ」
僕と瑞樹くんは啞然とした後、顔を見合わせて苦笑した。
「弟さんですか。なんだか愉快な方ですね。でも、翠さんと、とてもいい関係なんですね」
「あいつは……もうっ」
「え……あの、函館? 大沼……あれ? どこだったか……」
「そうか。新しいご家庭に引き取られて遠慮して……お参りに行けなかったのかな」
「……はい、実は……すみません」
「いや、僕に謝ることではないよ」
それは仕方のないことだ。僅か十歳で引き取られたのでは無理もない。だが一度墓参りに行かせた方がいいのかもしれない。
「もしも今大切な人が傍にいてくれるのなら、一緒にお墓参りするのもいいかもしれないよ。夏樹くんも君に会いたがっているように感じる」
「それは……今まで考えたこともありませんでした。でも本当にそうですよね。僕も会いたいです、お墓のこと義母に聞いてみます」
「焦らなくてもいいよ。そういう時が来たらでいいからね。そしてもしもお墓をこちらに持ってくるようなことがあったら、いつでも相談にのるから。僕は北鎌倉の月影寺の住職、張矢 翠だ」
「僕は葉山瑞樹です。あの翠さん……今日は本当にありがとうございました。その、今の僕は新しい出会いがあって幸せなんです。芽生くんは亡くした弟と同い年なので、とても可愛いですが、決して弟の身代わりではないんです。でもさっき迷子になってしまった時、ぶわっと弟が僕の腕の中で冷たくなっていったのを思い出してしまって」
「それは怖かったね。大好きな人を失う恐怖は想像を絶するから。でも僕たちは今を生きている。出会った人たちと、新しい関係を作っていける明日という機会があるのだから、感謝しないとね」
そう告げると彼はキュッと唇を噛んだ。どうやらまだ心に何か重石がありそうだ。
「もしかして新しいご家族で、上手くいっていない人がいるとか」
「えっ何故それを」
「いや、なんとなく伝わってきたから」
「翠さんは勘が鋭いのですね。僕はあなたのことを信じられます。だから誰にも話せない話を聞いてもらえますか」
「もちろんだよ。さぁ僕に吐き出して軽くなるといい」
彼はゆっくりと語り出した……
「僕を引き取ってくれた先で、すぐに弟と同い年の義理の弟が出来ました。でもその弟と上手くいっていなくて。理解は出来るのです。兄弟に間に突然僕が入って、邪魔したわけですから。やがて成長するにつれて……僕に対して……義弟が……せっ……性的な嫌がらせをするようになって、それが耐えられなくて……だから僕はずっと逃げているんです。逃げても何も解決しないのに、ずっと逃げて避けて……そして今も怯えています」
なんということだ。
その話は僕と克哉を彷彿させるものだった。僕も逃げて逃げて……遠回りをして結局、捕まってしまった。今でもあの日の恐怖を思い出すと身震いしてしまう。
「そうか……自分の想いとは違う、一方通行な歪んだ想いをぶつけられるのは本当に怖いし、辛いよね。実は僕にもそういう経験があったよ。同級生の弟だったが」
「えっ」
「僕も逃げていた。ずっと……でも結局逃げきれなくて危ない目にあってしまった」
「あの、それって、もしかして」
「うん、寸でのところで助けてもらったが、本当に危なかった」
僕の方も、こんな話を他人にするのは初めてだ。
彼の話が、僕の心を揺さぶっていく。
「あの、顔色が……大丈夫ですか。すみません。僕が余計なことを思い出させてしまって」
「大丈夫だよ。でも僕みたいな歳になっても辛いんだ。だから察するよ。君が義弟さんを避けて東京に来たのは賢明な判断だと思うよ。怖いことを言うようだが……解決にはなっていない。どこかで決着をつける時が来てしまうかもしれない」
「それは……僕もそう思っています」
「もしかしたら話せば解決するかもしれないよ。誤解があるのかもしれないし……だからどうか一人で抱え込まないで欲しい。身近で信頼できる人にちゃんと頼って欲しい。人は一人では生きていないのだから。君に頼られることが喜びになる人がいるはずだ」
「……はい、そうします。なんだかいろいろ話すぎちゃいましたね。でも心が軽くなりました。こんな話を誰かにするのは初めてで……」
彼の表情は、随分と穏やかになっていた。
「大丈夫。君は幸せになれるよ」
「え……あの、どうしてそんな風に断言できるのですか」
「だって君のことを『幸せな存在』だと思っている人が、外で待っているだろう」
「あっ」
彼の頬は、途端に恥ずかしそうに赤く染まっていった。
誰かの幸せになれるのって、幸せだ。
僕には流がいる。流には僕がいる。
もうそれだけで、お互いが幸せだ。
「何だか翠さんと話したら、道が開けました」
「そうかな? 僕もまだまだ修行中だよ。でも君の気持ちに寄り添うことが出来たのなら、よかったよ」
「ありがとうございます!」
明るい笑顔と明るい声が、戻って来た。
これが本来の彼なのだろう。
瑞々しい人柄に好感が持てる。洋くんとはまた違う性格のようだが、彼らはいい友人になるだろう。
「おーい、翠、もうそろそろいいか~ 」
シェードの向こうから痺れを切らしたような流の声が響いてきた。
「流、ありがとうな。どうだ? スイカ割りは楽しかったか」
「おぉ俺が一発で命中させて、もうスイカは木っ端みじんさ! ははっ」
「え? 」
嫌な予感がする。
案の定、続いて小さな子供のメソメソとした泣き声がしてきた。
「えーん、えーん、メイもスイカわってみたかったよぉ。あのおじちゃんがぜんぶ、わっちゃったぁ」
僕と瑞樹くんは啞然とした後、顔を見合わせて苦笑した。
「弟さんですか。なんだか愉快な方ですね。でも、翠さんと、とてもいい関係なんですね」
「あいつは……もうっ」
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