重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,176 / 1,657
13章

夏休み番外編『Let's go to the beach』9

しおりを挟む
「兄さん、いい子にしていたか」 
「流、お帰り」

 洋くんの帰りをサンシェードの中でじっと待っていると、先に流が戻ってきた。

 恐らく丈と競い合って泳いだのだろう。上半身の筋肉は躍動感に溢れ、日焼けした肌に砂と海水が飛び散ったワイルドな様子にドキっとしてしまった。

 流は本当に逞しい。バネのある体つきに惚れ惚れしてしまうよ。

 目を細めて流のことを見上げると、流は僕の目の前に、すっとかき氷を差し出してくれた。

「えっ」
「留守番のご褒美だ」

 抹茶シロップがたっぷりかかった美味しそうなかき氷に、思わず舌鼓を打った。

「ご褒美って……あっそうだ、洋くんに会わなかった? 」
「あぁ丈が向かったから大丈夫だよ」
「そうか、なら安心だな」

 それを聞いてホッとした。洋くんの美貌は衰えを知らない。海でも悪目立ちしてしまう上、丈に直前まで愛された躰には、壮絶な色香が漂っていた。

 僕や流が傍にいる分にはいいのだが、やはりひとりで行動させるのは、今でも不安になってしまう。だが洋くんの気持ちを思えば、いつまでも過保護にされるのは男として不甲斐なく感じるだろうから、その塩梅が難しい。それでも何かあってからでは遅いので、付かず離れず洋くんを守ってやりたくなる。

「翠、食べないのか。溶けちまうぜ」
「あっうん、いただくよ。とても美味しそうだ」
「翠は抹茶味が一番好きだろう? 」
「そうだよ」

 僕の好みなら、いちいち言わなくても……流が全部知っている。

 視力を失って戻ってきた月影寺で、僕は流に身の周りの全てを任せた時期がある。その時、僕の目となってくれたのが流だ。視力を失ったまま、こんな風に海に連れてきてもらったこともあったよな。

「翠、前みたいに食べさせてやるぞ」
「え……いいよ。僕はもう自分で何でもできる」
「いいから、お盆の間中、働き詰めだった翠を労わってやりたいんだよ。俺が」

 サンシェードはとても大きく、奥まった位置にいれば……覗き込まない限り外からは見えない。だから流はこんなことを言うのだ。

 透明のプラスチックスプーンにかき氷を山盛りにすくって、僕の唇をノックする。

「ん……しょうがないな」
「ほら、あーん」
 
 恥ずかしいけど、丈も洋くんもいないから……少しだけ流に甘えてしまおうと、口を開けた。ところが僕の口に入ったのは半分で、あとの半分は僕の胸元に零れ落ちてしまった。

「あっごめん」
「いいって」

 流は不敵な笑みを浮かべて、僕の胸元をペロッと舐めあげた。

「なっ……だ、だめだ。こんなところで」
「もったいないだろう。翠の汗の味がするぜ」

 生々しい事実を言われてカッとなってしまう。そのまま乳輪を辿るように舐められて……腰が浮いてしまう。

「あっ……おい、やめろ」
「汗と抹茶シロップの味も悪くない。いい塩梅だ」
「流……何を変態じみたことを」

 こんな所で胸をいじられたら大変なことになる。だから必死に僕の胸に今にも吸いついてきそうな流の頭をはがそうとした。

 しかし、その手も押さえつけられてしまったので、ジタバタと藻掻いていると、サンシェードの入り口に足が見えた。

 丈たちが戻って来たんだ!

「翠兄さん、入っていいですか」
「チッ、もう帰って来たか」
「あっちょっと待って」

 慌てて流をはねのけ、僕はフード付きのラッシュガードを羽織った。

「どうぞ」
「翠兄さん……この人を看てもらってもいいですか」
「ん? 誰かお客さまなのか」

 丈と洋くんが連れて来たのは、年若い青年だった。

 驚いたことに僕と色違いの水着、洋くんのとまったく同じ水着を着ていた。洋くんより少し若い、とても清楚な雰囲気の綺麗な子だと思った。

 だがその青年はひどく狼狽し、泣きじゃくっていた。

「一体、どうしたんだ? 」
「それが……翠兄さんなら彼の話を聞いてあげることが出来るのではと……何か事情がありそうで。あと背中の日焼けが酷く……今すぐ処置しないといけない火傷レベルなので、治療してやりたいのですが」
「もちろんいいよ。さぁ中に入って」

 その青年は洋くんに促されて中に入っていた。

「う……すみません……僕……さっきから胸がバクバクして涙が止まらないんです。どうしちゃったのかな」
「瑞樹、大丈夫か」
「おにいちゃん、またどっかいたむの?」

 その青年は瑞樹《みずき》という綺麗な名前だった。そして彼には、大柄な年上の男性と小さな男の子が付き添っていた。親子だろうか。

「あの……どういう事情か分からないのですが、僕は北鎌倉の月影寺の住職です。少し彼と語り合っても。それからこっちは僕の弟で、大船で外科医をしています。背中の日焼け応急処理してもらった方がいいかもしれません。少しだけ彼をお預かりしても」

「あっはい」

「翠さん、俺のせいなんです。さっきロッカーで偶然彼に出会って……その……日焼け用のローションを塗り合った仲なんですが、俺の塗り方が雑だったから、彼の背中がこんなに……」

 洋くんまで泣きそうな顔だ。

 とにかく事情は察した。

「大丈夫だよ。少しだけ……彼に静かな時間を作ってあげよう」



しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

処理中です...