重なる月

志生帆 海

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13章

夏休み番外編『Let's go to the beach』8

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 慌てて太腿に触れるものを確かめると、とても小さな手だった。驚いたことに俺の脚に、小さな男の子がギュッと抱きついていたのだ。

「あの……えっと君、大丈夫?  もしかして迷子かな? 」
「えっと……あの……おにいちゃんじゃなかったぁ……うっ……どこぉ」
 
 どうやら誰かと俺を間違えてしまったようだ。男の子と目が合うと人違いに気が付いたらしく、そのままワーンっと泣かれてしまった。

 どっ、どうしよう!

 こんなに小さな子供の相手などしたことがないから動揺してしまった。すると男の子は、ますます不安げに泣きだした。

「うえっ……うぇっ……パパぁ……グスンっ」
「わ……困ったな。そうかパパとはぐれちゃったんだね。大丈夫だよ。一緒に探してあげるから」

 その時、助け船が……

「洋、どうした? 一体この子は誰だ? 」
「あぁ丈、よかった。それが迷子みたいで」
「なるほど、それなら向こうの救護室に行って呼び出してもらおう」

 海で流さんと泳いでいた丈が駆け寄ってくれ、すぐに的確なアドバイスしてくれた。
 
 本当に俺はいつも駄目だな。咄嗟の判断が出来ない役立たずだ。いつだって鈍くて……だからいつも望んでいない方向へ行ってしまったのか。

 男の子も頼り甲斐のある丈の姿にホッとしたようで、ようやく泣き止んでくれた。なんだか複雑だが、今日はヨシとしよう。

「さぁパパを探しに行こう」
「うん! 」

 俺と丈とで手を繋いでやると、やっと笑ってくれた。

「お兄ちゃんとおじさん、ありがとう! 」
「お……おじさん?」

 丈のこめかみがピキッとしたような……

「丈、落ち着け。小さな子供から見たら、俺たちは立派な『おじさん』だろ? 」
「だが洋は『お兄ちゃん』と呼ばれていたじゃないか」
「それは……まぁしょうがないだろう? 丈とは歳の差があるんだし」
「とても複雑だ……でも洋とこうやって小さな子供を挟んで話すのは新鮮な気分だ」
「そうだね、俺もそれは思ったよ! なぁ薙くんも小さい時こんなに可愛かった? 」
「そうだな……残念ながらその頃の私は月影寺にほとんど寄り付かなかったので、さっぱり記憶にない。兄さんも東京に住んでいたしな」
「なんだよ。勿体ないことをしたな」

 救護室で事情を話すと、すぐに迷子預かりの放送を流してくれた。それから俺が届け出書類に記入している間、丈がしゃがんで男の子の相手をしてくれた。

 わ……なんだか新鮮な光景だ。

 丈がもしお父さんになったら、こんな感じなのかな。

 俺といる限り望めない光景に胸がチクッと痛んだ。でももう俺たちは覚悟を決めて突き進んで、毎日を生きている。だからそういうことは気にするなと自分を奮い立たせた。

「へぇ君の名前はメイくんって言うのか。いい名前の可愛い坊やだな」
「おじさんありがとう! あのね……おじさんと一緒にいたお兄ちゃんもすごくキレイだね~ボクのパパのダイスキな人とおなじ水着だったから、まちがって抱きついちゃったの。ごめんなさい」
「ははっそういうことか。でも……同じ水着ってどういうことだ。男……? あぁそういうことか」

 ニコニコ笑顔で丈と何か話している様子も本当に可愛い。それに丈の方が俺よりも小さな子供の扱いに慣れているみたいだ。

「丈は思ったよりも慣れているな」
「あぁ病院には小さな子供が骨折して来るから、まぁ対応はだいぶ修行は積んだ」
「ふぅん」

 どうやら、まだまだ俺の知らない面があるようだ。

 やがて男の子の父親が息を切らせて飛び込んできて、一度短く怒った後、ガバッと抱きしめた。その光景には俺自身もうるっとしてしまった。

「芽生っ、このバカ! じっとしてろって言っただろう! 」
「ごっごめんなさい、グスッ……」

「なぁ丈……俺も実の父に、こんな風に叱ってもらったり抱きしめてもらったのかな」

 その光景を見守りながらふと思ったことを告げると「あぁきっと似たような光景が何度もあっただろうな。洋はぼんやりしているから絶対迷子になったに違いない! 」と言われたので、肘で脇腹を小突いてやった。

 するとまた新たな青年が慌てて飛び込んできた。

 あれ? さっきロッカーであった人だ。
 あぁそうか……彼と俺が同じ水着だから、間違えちゃったんだな。

 ん? ってことは、この親子とこの青年の間柄は一体……

 その青年はひどく取り乱していた。

 ボロボロと泣いて、自分の感情に押し潰されそうになっていた。

「よかった。よかった……本当に生きていて……怖かった……」

 酷く興奮し、狼狽した様子が切なくも気の毒な程で、心配になってしまった。

「丈……ちょっと彼、大丈夫かな」
「うむ、だいぶ興奮していて心配だな。あれは……落ち着かせた方がいい。それに彼の背中の日焼けは痛々しいな。あんなまだら焼けじゃ……かなり痛むだろう」
「あっ……あれって……俺のせいだ! 」
「なんだって? 洋が塗ったのか」

 丈ががっくしと肩を落とした。

「ごめん。上手く塗れなくて……でもまさかあんなになってしまうとは」

「とにかく私たちのテントで応急処置をしてあげよう。洋が日焼けを企んでいたのは知っていたが、まさかこんなことになるとは。どうやら洋のために持ってきた冷却グッズが役立ちそうだ」

「ぜひそうしてあげて……全部俺のせいだから」

 自分の不器用さを今日ほど呪ったことはない。
 








補足

****

 今日登場した親子と洋とお揃いの水着の青年は、『幸せな存在』の宗吾と芽生親子と、宗吾の相手の瑞樹です。そちらでも同じシーンを逆視点で書いています。
 
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