重なる月

志生帆 海

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13章

夏休み番外編『Let's go to the beach』5

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 細かいことは置いて、楽しまなくちゃ損だろう。
 生きているこの世を、この人生を。
 それが俺のモットーだ!

「よし、目の前は海だ。早く泳ぎに行こうぜ」
「そうだね。せっかく海に来たのだから勿体ないね」

 翠も楽しそうな様子で、窓の外を目を細めて眺めていた。
 
 寛いだいい表情をしているな。綺麗なもの、楽しいものを眺めて、その目を労わって欲しい。最近少し目の調子が悪かった翠を、つい案じてしまう。
 
 とにかくまぁ……寝床も風呂もなるようになるだな。

「丈と洋くんも、早く支度しろ」
「ククッ一番張り切っているのは流兄さんですね。で、今日の水着も褌ですか」
「馬鹿! 同じ神奈川県内で羽目をはずすわけにはいかないだろ。誰が見ているか分からないのに」
「確かに……それもそうですね。私も同じくです」

 丈の方は相変わらず冷静沈着だな。

「じゃあ着替えるぞ」

 十畳に満たない部屋で、男四人でモゾモゾと水着に着替える。冷房を入れても熱気で暑く感じるほどで、なんとも愉快じゃないか。

「流、僕の水着を出してくれ」
「翠兄さんには、新しい水着を用意しましたよ」

 俺の返答に翠がギョッとする。

「流……まさか、また変なものを買ってきたのか」
「今度は何も企んでませんよ」
「そう? なら良いが」

 翠が胡散臭そうな眼でじどっと俺のことを見てくるから、相当宮崎での騒動が尾を引いていると思った。今回は至ってノーマルなものだから安心するといい。俺も大人になったのだ。

 翠の困った顔も虐めたくなって好きだが、嬉しそうな顔がやっぱり好きだ。

 横浜のデパートに行ったら丁度良いものを見つけたんだ。翠に似合いそうなのをさ! 淡いブルーとグリーンが途中で混ざり合うボクサータイプの水着だ。これなら翠でも抵抗ないだろう。

「ほら、これだ」
「あぁ僕の好きな色だ。ありがとう」
「えっ、流兄さんそれ」

 翠が安堵した様子で水着を広げて眺めると、横で見ていた丈が動揺した。

「ん? なんか文句あるか」
「参ったな。私が洋に選んだのと色違いじゃないですか」
「お前もこれを? 」
「……えぇ……嫌ですね。流兄さんと思考回路が一緒になるなんて」

 不満そうにブツブツ丈が呟いている。

「何言ってんだ? センスがいいってことだぞ」
 
 ムスッとした表情の丈の様子に、洋くんがすかさすフォローしてくれる。

「丈が俺のために? 嬉しいよ。前の水着は破けたりと散々だったから新しいのが欲しかった」

 お前は彼氏に恵まれているんだぞ。分かってるのか! 本当にいい嫁さんもらったよな。

 洋くんは翠に選んだものとは色違いの水色とグレーのグラデーションのものだった。

「しかも、これって涼がモデルとして着用したのとまったく同じのだね。涼のように若々しくないのに恥ずかしいな。ちゃんと着こなせるか不安だけど、涼を身近に感じることが出来て嬉しいよ。丈ありがとう!」

 あー素直で可愛いな、末っ子って……

「あぁそれもあってな。洋が喜ぶかと思って」
「嬉しすぎるよ! 丈」
「よっ洋! 」

 洋くんがふわっと丈に抱きつくと、丈も照れくさそうな笑みを人知れず浮かべた。

 途端に……俺たちがいることを忘れたような濃密な甘い空気が漂ってきた。

「あーコホンコホン。今日は俺たちも同室だぜ。おふたりさん! お手柔らかによろしくな」
「わ! すみません」

 洋くんは途端に赤面してしまった。彼は絶世の美男子なのに、俺たちの前では仕草や行動が子供っぽい。それは俺たちの家族の中限定で見せる君の姿だと、俺も翠も分かっているから嬉しくなる。

「いいって。おにーさんたちは弟夫婦が仲睦まじい様子が嬉しいのさ! 丈、おいっこの幸せ者! 」
「流兄さん、茶化さないでくださいよ」

 世間でいう男女のカップルじゃなくたっていい。
 幸せな笑顔を作れる相手がいるって、最高だよな。

「丈と洋くんは本当に仲睦まじいね。兄としてもほっとする瞬間だ」

 翠からもしみじみと言われて、丈は困った顔を浮かべていた。

 感情を素直に表現出来ない奴だから、そんな顔をしているんだよな。昔はそれが分からなくてつまんねぇ奴と切り捨ててしまった最低な兄だったことを認めるよ。

 今なら分かる。お前が本当は心の底から喜んでいることが。

****

 海へは保養所の一階にある専用出口から直結していた。まさにオンザビーチ。海の家が建つような最高の立地だ。客室は十室程度とこじんまりしているので、人とすれ違うこともなく快適な場所だった。

 海へ通じる扉を開けると、水着姿の人で溢れていて賑やかな光景だった。ギラギラと輝く太陽の下を行き交う小麦色の肌が健康的だ。

「わぁ海が輝いているな。丈、俺も早く泳ぎたい! 」

 ビーチサンダルを履いて駆けだそうとしたら、何故か丈にグイっと腕を引っ張られた。

「いや待て、洋は日焼けすると赤くなるから、ロッカーでしっかり日焼け止めを塗って来い」
「……えっ……でも、たまには俺も少し日焼けしてみたい」

 丈に駄目だしされて、少しだけムッとしてしまった。海岸を行き交う人をみたせいか、いつも家に籠っている白い肌が妙になよなよして見えて……俺だって男なんだよ。丈……

「駄目だ」
「丈だけ黒くなるなんて、ずるいぞ!」
「洋、お前の肌が赤くなったら困るだろう。お前に触れられなくなる。私は先に行ってシェードやチェアなど設置しておくから後から来い。分かったな?」

 ロッカーに誰もいないことを隈なくチェックしてから、丈は俺の手に日焼け止めクリームをポンっと置いて行ってしまった。

「……」

 いや待てよ。今日は翠さんたちと狭い部屋で同室だから、夜それはないだろう。ということは、今日は日焼けにチャレンジしてもいいんじゃないか。

 ロッカーとロッカーの間に置いてある平らなソファに腰かけて考えていると、突然入り口付近で人の話し声がしたのでビクッとしてしまった。

 誰もいないと思っていたのに……

(すみません、先に行っていてください。僕はロッカーに寄ってから行きますので)
(分かった。先にシェードなど設置しておくから、ゆっくり準備してからおいで)
(はい!)

 ん? 男同士か……澄んだ素直な声の持ち主だ。

 声だけ聴いて妙に親近感が湧いてしまった。海に男だけで来るのって実はどうかなって思っていたけれども、結構他にもいるんだな。だから声の主の顔を、好奇心で見たくなってしまった。

 ところがロッカーに入って来た青年の水着を見て、驚いてしまった!

「え?」
「あっ」

 俺と全く同じ水着じゃないか。

 思わず声を出して、見つめ合ってしまった。

 しかもその相手は……とても清楚な印象の美しい青年だった。







補足

****

別途連載している『幸せな存在』の受けくんと鉢合わせしました! https://fujossy.jp/books/11954

もちろん読まなくても大丈夫なように書いていきますが、『幸せな存在』の方でも、
『Let's go to the beach』と題して同じシーンを書いているので、私自身は両方の視点で楽しんでいます。

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