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13章
夏休み番外編『Let's go to the beach』4
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皆が固唾を呑んで、母さんのことを見守った。
その静寂を破ったのは、薙の帰宅を知らせる声だった。
「ただいまー! 暑~麦茶あるー? 」
「ちょうど薙が帰ってきたようだな」
すぐに居間に登場した薙は大汗をかいていた。確か今日は建海寺で拓人くんと夏休みの宿題をやってくると言っていたな。この炎天下20分も歩けば汗だくになるのも無理はない。
勢いよく飛び込んだ居間に、月影寺のメンバーが勢ぞろいしているから、何事かと心配そうな顔を浮かべた。
「あれ? おじいさんとおばあさん! どうしたの? 何かあった? 」
薙が祖父母に会うのは久しぶりだ。父さんと母さんも孫には弱いようで、俺たちには見せない浮ついた笑顔になっていた。
正直……翠の結婚は複雑だったが、薙の存在はありがたい。
「何もないわよ。ただ可愛い息子と孫の顔を見に来ただけよ。久しぶりね、薙。すっかり大きくなって」
「でも……こんな、全員集合して……一体また何の騒ぎ? 」
「実はねぇ~私たち、暫くここに泊まろうと思って」
「えっ」
「はい? 」
聞いてないけど、それ。確か一泊って言っていたよな。
「だってね、夏の熱海は何処に行っても観光客ですごいのよ。もううんざりなのよ。だから静かな北鎌倉が恋しくなってしまったのよ。というわけで、一泊ではなく一週間いることにしたわ」
「はぁ? 」
思わず不服そうな声を出してしまった。
「そうなんですね。久しぶりに父さんと母さんと過ごせるなんて嬉しいです」
「お義父さんとお義母さんとまた一緒に過ごせるなんて嬉しいです」
俺の隣で、翠は涼し気な笑顔を浮かべていた。
出た! 長男気質の翠の優等生的返事めっ!
そして洋くん……末っ子の蕩ける顔。ある意味、君はジジババキラーだな。
翠はきっと両親がいる間は、いい子の長男に戻ってしまう。それじゃあ俺がつまらない。その間はずっと躰に触れさせてもらえない。
「まぁ翠はやっぱりいつも優しいわ。洋君も可愛いことを。それに引き換え……流と丈は何でそんなに不機嫌なの? 」
「……ただでさえお盆で忙しいのに」
「まぁ不義理な息子ね。さっきお土産を持参したって言ったのに」
そうだ、その土産!
話が本題からずれていたことに気づいた。
「何ですか」
「何だろう」
「何でしょうね」
翠も洋くんもワクワクした顔になった。それに引き換え、丈は不吉なものでも見るような目つきだ。おお! やはりお前は俺の同士だ。
「これよ! なんとなんと今度の週末、葉山の保養施設の宿泊券が当たったの! 地元の情報誌の懸賞に出してみたのよ」
へぇ……で、それが?
「これを、あなた達にプレゼントするわ」
「え? 本当ですか。ですが……僕は住職としての勤めがあって、寺を空けるわけには……」
「まぁ馬鹿ね。翠。何のために私たちがまたやってきたと?」
「え……」
うぉ! またこのパターンか……
「私たちが留守番をするので、兄弟仲良くいってらっしゃいよ。お父さんも久しぶりに仏事に携われるので、張り切ってるわ」
「いいんですか。お盆明けの楽しみになります。母さん、ありがとうございます。何人泊まれるのですか」
「五人までよ。だからちょうどいいでしょう。薙も入れて五人よね」
それを聞いていた薙が手でバツ印のジェスチャーをした。
「あー悪い。今度の週末は駄目だよ。オレ……拓人の家の手伝いする約束しちゃったんだ。だから父さんたちで行って来ていいよ」
「だが……」
翠が困ったように眉根を寄せた。
「ほら、オレ、おじいさんとおばあさんと三人で過ごすの初めてだしさ」
まったくいつの間に、薙はこんな気を遣えるようになったのか。
「まぁ嬉しいことを言ってくれるのね。私も可愛い孫を独り占め出来て嬉しいわ」
****
というわけで、俺たちは母さんから譲り受けた保養所の宿泊券でお盆休み明けの葉山にやってきた。
今度は宮崎のような飛行機に乗る旅でもないので軽装だ。丈の運転する車で1時間もかからず葉山の海岸に到着した。
近場の海に一泊か。それも贅沢だな。
ところが到着した保養施設はかなり古かった。外観も内装もくたびれていた。宮崎の時はスイートルームで豪遊したが、今回はそういうわけではなさそうだ。
更にチェックインするとき、受付の女性に胡散臭そうに見られた。
「男性だけで四人ですか。少しお部屋が狭いかもしれませんが、ご了承くださいね」
「あぁ」
もらいものの券だ、贅沢は言えない。
だが通された部屋を見て、やっぱり「狭っ!」と叫びたくなった。
十畳に満たない部屋に男四人……しかも丈と俺は大男だぜ。
「わぁ~畳だけの部屋だ。なんだか合宿みたいですね」
洋くんは嬉しそうに目を輝かせていた。
「ここに布団を敷いて眠るなんて、まさに川の字ですね」
「あ? あぁそうだな」
密着する分、俺にとっては厳しい夜になりそうだ。
だが立地は抜群だ。オンザビーチなのでバルコニーからが真正面に海が見える。右手には江の島。左手には灯台も……景色は極上だ。
せっかく降ってきたチャンスだ。楽しまないと損だな。
すると丈が近寄ってきた。
「兄さんこの部屋は風呂がないですよ」
「え? そうなのか」
慌てて館内案内図を見ると風呂はどの部屋にもついていないそうで、大風呂のみとのこと。
うむむ……これは吉と出るか、凶と出るか……
その静寂を破ったのは、薙の帰宅を知らせる声だった。
「ただいまー! 暑~麦茶あるー? 」
「ちょうど薙が帰ってきたようだな」
すぐに居間に登場した薙は大汗をかいていた。確か今日は建海寺で拓人くんと夏休みの宿題をやってくると言っていたな。この炎天下20分も歩けば汗だくになるのも無理はない。
勢いよく飛び込んだ居間に、月影寺のメンバーが勢ぞろいしているから、何事かと心配そうな顔を浮かべた。
「あれ? おじいさんとおばあさん! どうしたの? 何かあった? 」
薙が祖父母に会うのは久しぶりだ。父さんと母さんも孫には弱いようで、俺たちには見せない浮ついた笑顔になっていた。
正直……翠の結婚は複雑だったが、薙の存在はありがたい。
「何もないわよ。ただ可愛い息子と孫の顔を見に来ただけよ。久しぶりね、薙。すっかり大きくなって」
「でも……こんな、全員集合して……一体また何の騒ぎ? 」
「実はねぇ~私たち、暫くここに泊まろうと思って」
「えっ」
「はい? 」
聞いてないけど、それ。確か一泊って言っていたよな。
「だってね、夏の熱海は何処に行っても観光客ですごいのよ。もううんざりなのよ。だから静かな北鎌倉が恋しくなってしまったのよ。というわけで、一泊ではなく一週間いることにしたわ」
「はぁ? 」
思わず不服そうな声を出してしまった。
「そうなんですね。久しぶりに父さんと母さんと過ごせるなんて嬉しいです」
「お義父さんとお義母さんとまた一緒に過ごせるなんて嬉しいです」
俺の隣で、翠は涼し気な笑顔を浮かべていた。
出た! 長男気質の翠の優等生的返事めっ!
そして洋くん……末っ子の蕩ける顔。ある意味、君はジジババキラーだな。
翠はきっと両親がいる間は、いい子の長男に戻ってしまう。それじゃあ俺がつまらない。その間はずっと躰に触れさせてもらえない。
「まぁ翠はやっぱりいつも優しいわ。洋君も可愛いことを。それに引き換え……流と丈は何でそんなに不機嫌なの? 」
「……ただでさえお盆で忙しいのに」
「まぁ不義理な息子ね。さっきお土産を持参したって言ったのに」
そうだ、その土産!
話が本題からずれていたことに気づいた。
「何ですか」
「何だろう」
「何でしょうね」
翠も洋くんもワクワクした顔になった。それに引き換え、丈は不吉なものでも見るような目つきだ。おお! やはりお前は俺の同士だ。
「これよ! なんとなんと今度の週末、葉山の保養施設の宿泊券が当たったの! 地元の情報誌の懸賞に出してみたのよ」
へぇ……で、それが?
「これを、あなた達にプレゼントするわ」
「え? 本当ですか。ですが……僕は住職としての勤めがあって、寺を空けるわけには……」
「まぁ馬鹿ね。翠。何のために私たちがまたやってきたと?」
「え……」
うぉ! またこのパターンか……
「私たちが留守番をするので、兄弟仲良くいってらっしゃいよ。お父さんも久しぶりに仏事に携われるので、張り切ってるわ」
「いいんですか。お盆明けの楽しみになります。母さん、ありがとうございます。何人泊まれるのですか」
「五人までよ。だからちょうどいいでしょう。薙も入れて五人よね」
それを聞いていた薙が手でバツ印のジェスチャーをした。
「あー悪い。今度の週末は駄目だよ。オレ……拓人の家の手伝いする約束しちゃったんだ。だから父さんたちで行って来ていいよ」
「だが……」
翠が困ったように眉根を寄せた。
「ほら、オレ、おじいさんとおばあさんと三人で過ごすの初めてだしさ」
まったくいつの間に、薙はこんな気を遣えるようになったのか。
「まぁ嬉しいことを言ってくれるのね。私も可愛い孫を独り占め出来て嬉しいわ」
****
というわけで、俺たちは母さんから譲り受けた保養所の宿泊券でお盆休み明けの葉山にやってきた。
今度は宮崎のような飛行機に乗る旅でもないので軽装だ。丈の運転する車で1時間もかからず葉山の海岸に到着した。
近場の海に一泊か。それも贅沢だな。
ところが到着した保養施設はかなり古かった。外観も内装もくたびれていた。宮崎の時はスイートルームで豪遊したが、今回はそういうわけではなさそうだ。
更にチェックインするとき、受付の女性に胡散臭そうに見られた。
「男性だけで四人ですか。少しお部屋が狭いかもしれませんが、ご了承くださいね」
「あぁ」
もらいものの券だ、贅沢は言えない。
だが通された部屋を見て、やっぱり「狭っ!」と叫びたくなった。
十畳に満たない部屋に男四人……しかも丈と俺は大男だぜ。
「わぁ~畳だけの部屋だ。なんだか合宿みたいですね」
洋くんは嬉しそうに目を輝かせていた。
「ここに布団を敷いて眠るなんて、まさに川の字ですね」
「あ? あぁそうだな」
密着する分、俺にとっては厳しい夜になりそうだ。
だが立地は抜群だ。オンザビーチなのでバルコニーからが真正面に海が見える。右手には江の島。左手には灯台も……景色は極上だ。
せっかく降ってきたチャンスだ。楽しまないと損だな。
すると丈が近寄ってきた。
「兄さんこの部屋は風呂がないですよ」
「え? そうなのか」
慌てて館内案内図を見ると風呂はどの部屋にもついていないそうで、大風呂のみとのこと。
うむむ……これは吉と出るか、凶と出るか……
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