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13章
正念場 28
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「さぁこれを受け取って」
祖母が俺の前に広げたのは、いくつかの書類だった。
一番上の書類には『権利書』と書いてあるが、一体何だろう?
思い当たる節がないので、祖母のことをじっと見つめ返してしまった。
「洋、これはね……本来ならばあなたの母親の夕が相続するものだったのよ。でもあの子がもうこの世にいないので、息子のあなたに権利があるのよ。亡くなった主人が夕を行方不明扱いにして、保留にしていたものなの」
「あの……どういうことですか」
権利って一体何の?
「主人はね……口では厳しいことを言っていたけれども、やっぱり最期は夕に会いたかったのかもしれないわね。だから結局、遺言状作成の時にも失踪宣告の申立てはせずに、夕のことは行方不明のままにしていたの。でもそうしておいて本当に良かったわ。こうやって洋が現れてくれて……引き継いでくれる人が出来て……すべてはこうなるように決まっていたのね。さぁこれを見て頂戴。これはあなたに受け継いで欲しい家の権利書なのよ」
話が飛躍しすぎてついていけない。俺はおばあさまの孫だと認めてもらえただけで充分なのに。
「これは家の権利書なのですか……」
「そうよ、さっき丁度話に出した我が家の由比ガ浜の別荘の建物と土地の権利をあなたに譲ります」
「えっ……」
予期せぬ展開に驚いて、思わず持っていたティーカップを落としそうになった。
「古い家なのよ。でもね……窓から海が見える素敵な洋館なのよ」
「そんな……俺なんかが大切な家の権利を……そんな資格なんて……ありません」
「心配しないで。もうニューヨークにいる朝たちにも連絡して、了承を得ているのよ」
「でも……」
何かをしてもらうことを期待して近づいたわけではないので、どう対処したらいいのか分からないよ。
「ふっ、あなたは心配症なのね。そんな所も夕に似ているわ。夕にそっくりな洋に譲ることが出来てよかった。あの別荘を一番愛したのは夕だったのよ、だから私も嬉しいのよ。さぁ素直に受け取って」
本当に受け取っていいのだろうか。
判断に迷い……隣りに座る丈を見つめると、無言だが温かな目で頷いてくれた。テーブルの下で俺の手をギュッと握ってくれる。
躊躇いながらも……震える手を差し出した。
「おばあ様……ありがとうございます」
「それからね、一つ朗報があるのよ!」
祖母は明るい笑顔を浮かべていた。
「実はあの別荘はね、海里先生が都内の病院を退職した後、診療所として使っていたのよ。もちろん昔のことだから、医療器具などは古くて使えないけれども……上手く改装すれば医院として使っていけるはずよ」
「え……」
瞬きを何度かしてしまった。
「つまりこういうことよ。あなたのパートナーがいずれ開業したりすることがあったら、ぜひ使ってもらいなさい。洋の住まいは北鎌倉なら、そこから通いやすいでしょう。ねっ丈さん……あなたはもっと洋と一緒にいたいんじゃない? 海里先生はそんな理由で、柊一さんと力を合わせて開院したのよ」
祖母は丈にウインクした。
俺の方はただただ……突然すぎる嬉しい申し出に茫然としてしまった。
祖母は最初の印象と違って心を許してくれた後は、とてもチャーミングで溌剌とした女性だった。
「喜んで、活用させていただきます」
丈が返答すれば、俺がそうなればいいなと思っていた密かな願いが叶っていく。
「ありがとうございます。思ってもいない申し出です。実は私もいずれは開業したいと思っていました。ここはまさに絶好の場所ですね。住まいからも近く、海が見えるなんて最高です」
丈……の返事が嬉しい。
「私は海が好きだから……海が見える土地を購入して、結婚した時に主人に真っ白な洋館をを建ててもらったのよ。由比ガ浜は、新婚時代の週末を過ごした場所だったわ。とても美しい朝日と夕日を両方浴びることが出来る一軒家で、私はあの家で朝と夕を授かったの。だから……とても思い出深い場所で、洋……あなたのルーツよ」
「ルーツ……俺の……」
俺にとってこの数週間。
白金の洋館に何度も足を運んで、祖母とこうやって向き合うまでの時間は、まさに『正念場』だった。
真価を表すべき最も大事な所、ここぞという大切な場面で、俺はもう……逃げなかった。
受け入れてもらえるように、真摯に努力した。
その結果が実となり、俺の手中にやってきた瞬間だ。
また進む──
丈との未来が絵を描くように現実になっていく。
俺と丈の未来は、輝いている。
そう信じよう。
信じることが、幸せへの第一歩だから。
「正念場」 了
祖母が俺の前に広げたのは、いくつかの書類だった。
一番上の書類には『権利書』と書いてあるが、一体何だろう?
思い当たる節がないので、祖母のことをじっと見つめ返してしまった。
「洋、これはね……本来ならばあなたの母親の夕が相続するものだったのよ。でもあの子がもうこの世にいないので、息子のあなたに権利があるのよ。亡くなった主人が夕を行方不明扱いにして、保留にしていたものなの」
「あの……どういうことですか」
権利って一体何の?
「主人はね……口では厳しいことを言っていたけれども、やっぱり最期は夕に会いたかったのかもしれないわね。だから結局、遺言状作成の時にも失踪宣告の申立てはせずに、夕のことは行方不明のままにしていたの。でもそうしておいて本当に良かったわ。こうやって洋が現れてくれて……引き継いでくれる人が出来て……すべてはこうなるように決まっていたのね。さぁこれを見て頂戴。これはあなたに受け継いで欲しい家の権利書なのよ」
話が飛躍しすぎてついていけない。俺はおばあさまの孫だと認めてもらえただけで充分なのに。
「これは家の権利書なのですか……」
「そうよ、さっき丁度話に出した我が家の由比ガ浜の別荘の建物と土地の権利をあなたに譲ります」
「えっ……」
予期せぬ展開に驚いて、思わず持っていたティーカップを落としそうになった。
「古い家なのよ。でもね……窓から海が見える素敵な洋館なのよ」
「そんな……俺なんかが大切な家の権利を……そんな資格なんて……ありません」
「心配しないで。もうニューヨークにいる朝たちにも連絡して、了承を得ているのよ」
「でも……」
何かをしてもらうことを期待して近づいたわけではないので、どう対処したらいいのか分からないよ。
「ふっ、あなたは心配症なのね。そんな所も夕に似ているわ。夕にそっくりな洋に譲ることが出来てよかった。あの別荘を一番愛したのは夕だったのよ、だから私も嬉しいのよ。さぁ素直に受け取って」
本当に受け取っていいのだろうか。
判断に迷い……隣りに座る丈を見つめると、無言だが温かな目で頷いてくれた。テーブルの下で俺の手をギュッと握ってくれる。
躊躇いながらも……震える手を差し出した。
「おばあ様……ありがとうございます」
「それからね、一つ朗報があるのよ!」
祖母は明るい笑顔を浮かべていた。
「実はあの別荘はね、海里先生が都内の病院を退職した後、診療所として使っていたのよ。もちろん昔のことだから、医療器具などは古くて使えないけれども……上手く改装すれば医院として使っていけるはずよ」
「え……」
瞬きを何度かしてしまった。
「つまりこういうことよ。あなたのパートナーがいずれ開業したりすることがあったら、ぜひ使ってもらいなさい。洋の住まいは北鎌倉なら、そこから通いやすいでしょう。ねっ丈さん……あなたはもっと洋と一緒にいたいんじゃない? 海里先生はそんな理由で、柊一さんと力を合わせて開院したのよ」
祖母は丈にウインクした。
俺の方はただただ……突然すぎる嬉しい申し出に茫然としてしまった。
祖母は最初の印象と違って心を許してくれた後は、とてもチャーミングで溌剌とした女性だった。
「喜んで、活用させていただきます」
丈が返答すれば、俺がそうなればいいなと思っていた密かな願いが叶っていく。
「ありがとうございます。思ってもいない申し出です。実は私もいずれは開業したいと思っていました。ここはまさに絶好の場所ですね。住まいからも近く、海が見えるなんて最高です」
丈……の返事が嬉しい。
「私は海が好きだから……海が見える土地を購入して、結婚した時に主人に真っ白な洋館をを建ててもらったのよ。由比ガ浜は、新婚時代の週末を過ごした場所だったわ。とても美しい朝日と夕日を両方浴びることが出来る一軒家で、私はあの家で朝と夕を授かったの。だから……とても思い出深い場所で、洋……あなたのルーツよ」
「ルーツ……俺の……」
俺にとってこの数週間。
白金の洋館に何度も足を運んで、祖母とこうやって向き合うまでの時間は、まさに『正念場』だった。
真価を表すべき最も大事な所、ここぞという大切な場面で、俺はもう……逃げなかった。
受け入れてもらえるように、真摯に努力した。
その結果が実となり、俺の手中にやってきた瞬間だ。
また進む──
丈との未来が絵を描くように現実になっていく。
俺と丈の未来は、輝いている。
そう信じよう。
信じることが、幸せへの第一歩だから。
「正念場」 了
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