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13章
正念場 20
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俺が選んだスーツと洋服を抱えて、丈と洋くんは去っていた。
洋くんに至っては、本当に嬉しそうな表情だ。
まぁそれもそうだろう。
何度も何度も通い詰めて……ようやくお祖母さんと和解出来て、今日の午後、会ってもらえるのだからな。
頬の傷はその代償のようで少し気の毒だったが、結局それがきっかけで事態が好転したとも聞いた。とにかく君は本当に根気よく頑張ったよ。今日の日を迎えるまで、かなりの勇気が要っただろう。
だから俺が翠にと先日購入したばかりの新品のリネンシャツを貸してやった。いや、あれはもうプレゼントするよ。たぶん……とんでもなく汚れそうだからな。ははっ。
あっそう言えば……あれは確か、翠にはワンサイズ大きいのを選んだんだよな~
胸元が広めのVネックになっているので、翠の華奢な鎖骨や、あわよくば正面から覗き込めば乳首もちらっと拝めるかもと、邪な気持ちで買ってきたものだ。
翠と背格好が同じ洋くんにもワンサイズ大きいだろうから、今頃、丈が喜んでいるかもな。
まぁそれはさておき、生地はフレンチリネンで最高級だし、若草色が白い肌を綺麗に清潔に見せるから、きっと少し気難しいお嬢様タイプのおばあさまにも気に入ってもらえるだろう。
丈のは……あれは駄目だ! 絶対にやらないぞ!
あれは俺の一張羅だ。
来月、翠の誕生日に横浜のホテルで食事をする時に着ていこうと奮発して買った物だから、絶対に絶対に汚すなよ!
あぁ、やっぱり心配だ。念押ししておくべきだったんじゃないか。
「ふーん、なんだか微笑ましいね。流が丈に親切にしている光景を見るのは」
振り返ると、袈裟姿の翠がくすくすと笑っていた。
「俺はいつだって親切だ」
「うん知ってる。特に僕にはね」
「当たり前だ。そうだ……もう通いの小森くんは来ているか」
「うん、もう本堂で仕事に就いているよ。彼に何か用事?」
「翠……今日は確か午前中は法要や打ち合わせなかったよな」
「もう読経も済ませたしね。少し休憩しようと思って戻って来たんだ」
「よしっ、じゃあ行くぞ」
「えっ、何処に?」
翠の細腕を思わず引っ張ろうとしたが、慌てて手を引いた。
ここは寺内だから、目立つことはまずいよな。
くそっ……ここでは、色々と気を遣うんだよ。
「ほら行くぞ!」
「うっ……うん」
****
流は寺で僕の補助的業務をしてくれている僧侶の小森くんに『少し兄と出かけて来るから留守を頼む』とだけ告げて、そのままスタスタと中庭へと歩き出してしまった。
えっと……よく分からないけれども、僕もついて行った方がいいんだよな。
まさか茶室じゃないよな? 一抹の不安が過るよ。
「流……待って」
慌てて後を追う。
流は作務衣姿のまま山門を楽しそうに、一段抜かして降り出した。
僕は袈裟姿なので、そうもいかない。
足元に気を付けて降りていると、流は途中で停まり心配そうに振り返った。
「翠、転ばないようにな」
「子供じゃないんだから、それはないよ。それよりもう少しゆっくり……」
「あぁ悪かった。気が急いてな」
山門を降りると、更にそのまま国道を真っすぐ歩きだした。
あ……この道は、かつて僕たちが通った通学路じゃないか。
この先にあるのは、この前達哉と行ったばかりの『月下庵茶屋』だ。
そこでようやくピンときた。
「流、もしかして甘いもの食べたくなったのか。言ってくれれば、昨日檀家さんから頂戴した桜饅頭が家にあったのに」
「ふぅ……あぁもう翠は鈍感だな……」
「え?」
「俺は翠とあの店に行きたいんだ」
「ん? でも何も今日じゃなくても」」
「……この前、達哉さんとデートしていただろう」
「あっ……」
流は案外可愛いな。そうか……そんなことを気にしていたのか。
「そうか……じゃあ行こう。あの窓際の席が好きなんだ。流の好きなもの食べていいよ」
「おいっ! 子供扱いすんなって。俺は……願わくば今すぐ翠を食べたいが、真昼間なので白玉あんみつで我慢してやる!」
洋くんに至っては、本当に嬉しそうな表情だ。
まぁそれもそうだろう。
何度も何度も通い詰めて……ようやくお祖母さんと和解出来て、今日の午後、会ってもらえるのだからな。
頬の傷はその代償のようで少し気の毒だったが、結局それがきっかけで事態が好転したとも聞いた。とにかく君は本当に根気よく頑張ったよ。今日の日を迎えるまで、かなりの勇気が要っただろう。
だから俺が翠にと先日購入したばかりの新品のリネンシャツを貸してやった。いや、あれはもうプレゼントするよ。たぶん……とんでもなく汚れそうだからな。ははっ。
あっそう言えば……あれは確か、翠にはワンサイズ大きいのを選んだんだよな~
胸元が広めのVネックになっているので、翠の華奢な鎖骨や、あわよくば正面から覗き込めば乳首もちらっと拝めるかもと、邪な気持ちで買ってきたものだ。
翠と背格好が同じ洋くんにもワンサイズ大きいだろうから、今頃、丈が喜んでいるかもな。
まぁそれはさておき、生地はフレンチリネンで最高級だし、若草色が白い肌を綺麗に清潔に見せるから、きっと少し気難しいお嬢様タイプのおばあさまにも気に入ってもらえるだろう。
丈のは……あれは駄目だ! 絶対にやらないぞ!
あれは俺の一張羅だ。
来月、翠の誕生日に横浜のホテルで食事をする時に着ていこうと奮発して買った物だから、絶対に絶対に汚すなよ!
あぁ、やっぱり心配だ。念押ししておくべきだったんじゃないか。
「ふーん、なんだか微笑ましいね。流が丈に親切にしている光景を見るのは」
振り返ると、袈裟姿の翠がくすくすと笑っていた。
「俺はいつだって親切だ」
「うん知ってる。特に僕にはね」
「当たり前だ。そうだ……もう通いの小森くんは来ているか」
「うん、もう本堂で仕事に就いているよ。彼に何か用事?」
「翠……今日は確か午前中は法要や打ち合わせなかったよな」
「もう読経も済ませたしね。少し休憩しようと思って戻って来たんだ」
「よしっ、じゃあ行くぞ」
「えっ、何処に?」
翠の細腕を思わず引っ張ろうとしたが、慌てて手を引いた。
ここは寺内だから、目立つことはまずいよな。
くそっ……ここでは、色々と気を遣うんだよ。
「ほら行くぞ!」
「うっ……うん」
****
流は寺で僕の補助的業務をしてくれている僧侶の小森くんに『少し兄と出かけて来るから留守を頼む』とだけ告げて、そのままスタスタと中庭へと歩き出してしまった。
えっと……よく分からないけれども、僕もついて行った方がいいんだよな。
まさか茶室じゃないよな? 一抹の不安が過るよ。
「流……待って」
慌てて後を追う。
流は作務衣姿のまま山門を楽しそうに、一段抜かして降り出した。
僕は袈裟姿なので、そうもいかない。
足元に気を付けて降りていると、流は途中で停まり心配そうに振り返った。
「翠、転ばないようにな」
「子供じゃないんだから、それはないよ。それよりもう少しゆっくり……」
「あぁ悪かった。気が急いてな」
山門を降りると、更にそのまま国道を真っすぐ歩きだした。
あ……この道は、かつて僕たちが通った通学路じゃないか。
この先にあるのは、この前達哉と行ったばかりの『月下庵茶屋』だ。
そこでようやくピンときた。
「流、もしかして甘いもの食べたくなったのか。言ってくれれば、昨日檀家さんから頂戴した桜饅頭が家にあったのに」
「ふぅ……あぁもう翠は鈍感だな……」
「え?」
「俺は翠とあの店に行きたいんだ」
「ん? でも何も今日じゃなくても」」
「……この前、達哉さんとデートしていただろう」
「あっ……」
流は案外可愛いな。そうか……そんなことを気にしていたのか。
「そうか……じゃあ行こう。あの窓際の席が好きなんだ。流の好きなもの食べていいよ」
「おいっ! 子供扱いすんなって。俺は……願わくば今すぐ翠を食べたいが、真昼間なので白玉あんみつで我慢してやる!」
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