重なる月

志生帆 海

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13章

正念場 18

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「丈、明日は一緒に行こう」

 洋からの誘いは、思いがけないものだった。
 
 明日の日曜日、洋は白金の洋館で祖母に会う約束をしていた。前回はハプニングがあったが、今回は向こうから正式に会いたいと言ってもらえたので安心だ。まだ頬の傷は痛々しいが経過は順調だった。洋もいいつけを良く守って、この一週間北鎌倉に籠ってくれていたしな。

 しかし……そんな大事な場面に、木偶の坊のように愛想のない私みたいな人間が同席していいものか。

「だがお邪魔だろう。まずは洋だけ行って、水入らずで会った方が」
「いや、丈が傍にいてくれると心強いんだ。なぁ駄目か」

 洋はこういう時、年より幼い、少し甘えた声を出す。まったく翠兄さんと、こういう所が似ていると前も思ったが、最近ますますパワーアップしてないか。

「だが……私は今回のことに関しては部外者だ。役に立つどころか、再びおばあ様に不快な思いをさせないか心配だ」
「……丈の馬鹿っ! お前が部外者のはずないだろう! 俺に一番近い所にいるのに……俺を夜な夜な抱く癖に……」

 洋はちょっとむくれた様子で、際どいことを言ってのけた。

 そ、それはおばあさまの前では禁句だぞ。私を連れていくのはいいが、どう説明するつもりなのか。それも心配なことだった。

「分かった……行くよ。で、何を着て行けばいい? なんだか妙に緊張するな」
「今更何を? あっでも……俺も何を着て行けばいいのか。やっぱりスーツ? なぁ、丈はどうする?」
「そうだな……」

 さらりと答えるつもりが、頭の中が真っ白になっていた。

 私の方まであり得ない程緊張してしまった。

 これはまるで……経験はないが、付き合っている彼女の両親に挨拶に行く彼氏の気分という類いの奴なのか。

「そうだ! こういう時は流さんにコーディネートしてもらえばいいんじゃないか」
「流兄さん? やめとけ……兄は翠兄さん専属だ」
「そんなことないよ。流さんは俺には優しいし、丈も病院との往復ばかりで、ちゃんとした服が少ないし、さぁ行こうよ! 丈だって印象良くして行きたいだろう?」

 何故だか洋は少し楽しそうに微笑みながら、私の袖を引っ張った。

 やれやれ……可愛い恋人には、逆らえないものだな。

 今、私はどんな顔をしている?

 鏡で見たらきっと不気味だろう。

 そしてこんな表情を見せたら、流兄さんに揶揄われそうだ。


****


「着て行く洋服を選んで欲しいって? あぁなるほど! うちの丈ちゃんがとうとう、嫁さんの親戚に挨拶に行くのか」

 案の定、流兄さんに大袈裟に笑われてしまい、私はムスっとしていた。

 そんな様子を、いつものように翠兄さんが居間の床柱にもたれながら、目を細めて眺めてくれていた。



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