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13章
正念場 13
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洋は私の心臓の上に手を添えたまま、すやすやと眠ってしまった。
私の方は……すぐに眠れるはずもない。
君のその頬の傷、見ているだけで胸が塞がるよ。
どんなに痛かったか。
どんなに怖かったか。
出来ることなら、私が代わってやりたかった。
抜糸までは暫く傷が痛むだろう。
綺麗に治してやりたい。
この白くて滑らかな頬に傷跡が残るのは、私が嫌なんだ。
眠ってしまった洋の躰を労わりながらも、きつく抱きしめ、洋本来が持っている香しい花のようの香りをすんと確かめた。
「んっ……」
洋が首を反らした拍子に、少し開いた洋の唇からふっと息が漏れる。
その甘い吐息に、ついその唇を無性に貪りたくなるが今宵は駄目だ。いや今宵だけじゃない。傷が治るまでは暫く手は出さないと、迎えに行った時に誓ったのだから。
さっき躰を拭く時、必死に平静を装ったが……本当は股間は硬くなりかけて大変だった。思わず苦笑してしまうほど、私は洋に欲情しやすい体質のようだ。
やれやれ……これは暫く大変そうだな。
****
「洋くんの頬……痛々しかったな」
俺が洗い物をしていると、翠が俺の作った林檎ゼリーをスプーンで口に含みながら、ぼそっと呟いた。
「あぁそうだな。痕に残らないといいな」
「本当にそう願うよ。なぁ……優秀な外科医の丈が付いているから大丈夫だよな?」
翠が、必死に同意を求めるように言ってくる。まぁ確かに丈がついているから、あの洋くんの白い頬に痕が残るようなことにはならないと思うが。
「そうだな。そんなことより、俺は未だに悔やんでいる」
俺は洗い物を途中でやめ、濡れた手をタオルで拭いてから翠に近づいた。薙は随分前に眠たそうに部屋に戻って行ったので、もう大丈夫だろう。今、母屋の一階にいるのは、俺と翠だけだ。
「……何を?」
翠が不思議そうに顔をあげたので、俺は翠の背中側に立ち、翠の胸を浴衣の上から触った。
「なっ……」
翠は何かを察したらしく、ガタっと椅子を揺らし席を立とうとしたので、背後から押さえつけてしまった。さらに浴衣の袷から手を忍ばせ、直接肌に触れる。
絹肌のようなきめ細やかな質感の中に、ボコボコと固く凝り固まってしまったしこりのようなものを見つける。
何度も何度も受けた暴行の痕。
アイツに煙草を押し付けられた痕。
どんな想いで、翠はこれを我が身に刻み続けたのか。
当時のことに想いを馳せると悔し涙が零れそうになる。
「ここ……どうしてちゃんと手当しなかったのか……今となっては悔やまれるんだよ!」
「あっ……ごめん。そのことか。なぁ……やっぱり気色悪いか。その……」
翠が赤面して恥ずかしそうに言うので、そうじゃない! と強く目で訴えた。翠のことを気色悪いなんて思うはずないだろう! 翠の躰はどこもかしこも綺麗なんだ。だが躰のあちこちにうっすら残る昔の傷痕が、時折痛々しく感じてしまう。
月影寺に戻って来た時だって、そうだ。
縫う程ではなかったが、頬には切り傷や擦り傷があったし、腕は骨折していた。あの時は視力だって失っていて……もう痛々しくて見ていられなかったんだよ。
だからなのか。
洋くんが怪我をして頬を数針縫ったと丈から連絡をもらった時に動揺したのは翠だけでない。俺もだ。
もう二度と近くて大事な人が、傷つく姿を見るのは嫌だ!
「流……ごめんな、いろいろ心配かけたな」
翠の涼し気で優しい声を聴くと……無性に泣けてくる。
「翠が謝ることじゃないのに……どうしていつも翠は……」
私の方は……すぐに眠れるはずもない。
君のその頬の傷、見ているだけで胸が塞がるよ。
どんなに痛かったか。
どんなに怖かったか。
出来ることなら、私が代わってやりたかった。
抜糸までは暫く傷が痛むだろう。
綺麗に治してやりたい。
この白くて滑らかな頬に傷跡が残るのは、私が嫌なんだ。
眠ってしまった洋の躰を労わりながらも、きつく抱きしめ、洋本来が持っている香しい花のようの香りをすんと確かめた。
「んっ……」
洋が首を反らした拍子に、少し開いた洋の唇からふっと息が漏れる。
その甘い吐息に、ついその唇を無性に貪りたくなるが今宵は駄目だ。いや今宵だけじゃない。傷が治るまでは暫く手は出さないと、迎えに行った時に誓ったのだから。
さっき躰を拭く時、必死に平静を装ったが……本当は股間は硬くなりかけて大変だった。思わず苦笑してしまうほど、私は洋に欲情しやすい体質のようだ。
やれやれ……これは暫く大変そうだな。
****
「洋くんの頬……痛々しかったな」
俺が洗い物をしていると、翠が俺の作った林檎ゼリーをスプーンで口に含みながら、ぼそっと呟いた。
「あぁそうだな。痕に残らないといいな」
「本当にそう願うよ。なぁ……優秀な外科医の丈が付いているから大丈夫だよな?」
翠が、必死に同意を求めるように言ってくる。まぁ確かに丈がついているから、あの洋くんの白い頬に痕が残るようなことにはならないと思うが。
「そうだな。そんなことより、俺は未だに悔やんでいる」
俺は洗い物を途中でやめ、濡れた手をタオルで拭いてから翠に近づいた。薙は随分前に眠たそうに部屋に戻って行ったので、もう大丈夫だろう。今、母屋の一階にいるのは、俺と翠だけだ。
「……何を?」
翠が不思議そうに顔をあげたので、俺は翠の背中側に立ち、翠の胸を浴衣の上から触った。
「なっ……」
翠は何かを察したらしく、ガタっと椅子を揺らし席を立とうとしたので、背後から押さえつけてしまった。さらに浴衣の袷から手を忍ばせ、直接肌に触れる。
絹肌のようなきめ細やかな質感の中に、ボコボコと固く凝り固まってしまったしこりのようなものを見つける。
何度も何度も受けた暴行の痕。
アイツに煙草を押し付けられた痕。
どんな想いで、翠はこれを我が身に刻み続けたのか。
当時のことに想いを馳せると悔し涙が零れそうになる。
「ここ……どうしてちゃんと手当しなかったのか……今となっては悔やまれるんだよ!」
「あっ……ごめん。そのことか。なぁ……やっぱり気色悪いか。その……」
翠が赤面して恥ずかしそうに言うので、そうじゃない! と強く目で訴えた。翠のことを気色悪いなんて思うはずないだろう! 翠の躰はどこもかしこも綺麗なんだ。だが躰のあちこちにうっすら残る昔の傷痕が、時折痛々しく感じてしまう。
月影寺に戻って来た時だって、そうだ。
縫う程ではなかったが、頬には切り傷や擦り傷があったし、腕は骨折していた。あの時は視力だって失っていて……もう痛々しくて見ていられなかったんだよ。
だからなのか。
洋くんが怪我をして頬を数針縫ったと丈から連絡をもらった時に動揺したのは翠だけでない。俺もだ。
もう二度と近くて大事な人が、傷つく姿を見るのは嫌だ!
「流……ごめんな、いろいろ心配かけたな」
翠の涼し気で優しい声を聴くと……無性に泣けてくる。
「翠が謝ることじゃないのに……どうしていつも翠は……」
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