重なる月

志生帆 海

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13章

正念場 10

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 私の目の前でスープを大人しく飲む洋の姿を見て、ふと懐かしさを覚えた。
 
 あぁそうか……これはあの日の記憶と重なっているのか。

 洋と出会って間もない頃だ。

 同居を始めた翌日……まだ私とろくに顔を合わせていなかった洋は、会社から戻ると、そのまま部屋に直行しようとした。そんな洋の腕を私は思わず力任せに掴んでしまった。

『おい? 君は朝から一体何考えている?』

 洋は途端に真っ青になってしまった。

 それにしても男性にしては何と頼りない細腕なのか。しかも私相手にビクッと過剰に反応し振り解こうとするが、びくともしないことに、恐怖を感じているようだった。こちらが罪悪感が湧く程、怯えていた。

 この青年は一体……今までどうやって生きてきたんだと思う程に、悲痛な面持ちだった。

『はっ……離せよ!』

 まだ洋のことをよく理解できていなかった私は、その行動が自意識過剰からくるものかと誤解して、苦笑してしまった。

 そして『君っさ、ずいぶん私のこと警戒しているが、何故だ?』と酷い言葉で傷つけてしまった。

 なぁ……丈……お前がその後言った台詞を覚えているか。
 
 当時の自分に問いかけてしまう。

『まさかとは思うが……この私が男相手に何かするとでも思っているのか』

 洋は私の言葉に肩を細かく震わせ……カッと顔を赤くした。

 正直……洋と出逢うまで、男性とどうこうなりたいと思うことなど皆無だった。男性との経験など想像出来なかった。だが……この言葉を放ったあと、私は妙な違和感を感じた。

 君となら……。
 洋となら……。
 
 その『まさか』が……その後、現実となるなんて、やはり人生とは何が起こるか分からない。 



「何だよ? 丈。そんなにじっと見て」
「あぁ悪い」
「またそんなジドっとした目つきで……まさかこんな場所で変なことを考えてないよな」

 小声で洋が悪戯に笑うので、苦笑した。

「昔を思い出していたよ、野菜スープ……私もまた作ってやる」
「あぁ……そうか、あの日のことか」

 洋も懐かしそうに眼を細めた。

 あの頃に比べて洋は大人になった。
 丈夫になった。
 顔色も良くなった。

 それでも、まだ……私は君を守りたい。


****

 「洋くん気を付けて」
 「はい、また来ます」

 次にここに来るのは、傷の消毒のためになるか。いや丈に消毒してもらえるのなら、一週間後になる。

 いずれにせよ、俺はまた、ここに来ることになる。

 月影寺に戻ると、丈から俺が怪我したとの連絡を貰っていたらしく、二人の兄が血相を変えて迎えてくれた。

「洋くん、痛かったろう? 怖かったんじゃないか」
「洋くん、傷大丈夫か。頑張ったな。ひとりで偉かったな」

 翠さんも流さんも、ふたりとも俺に寄り添ってくれる。ひとりで治療を受けた時は本当に怖かったが、今はこんなにも俺に寄り添い……心配してくれる人がいるのが嬉しかった。

「ありがとうございます。家に帰ってくると、やっぱりホッとするものですね」
「そう言ってくれるのか」
「はい、もちろんです」

 そう言葉を紡ぐと、翠さんと流さんは顔を見合わせ、嬉しそうに微笑んでくれた。

 帰る家がある。

 俺を見守ってくれる人がいる。

 当たり前の幸せを、俺はちゃんと手に入れた。

 母さんに、今の俺を見て欲しい。

 ようやく胸を張って向き合える。

 俺はもう、ひとりじゃない。

 もう、大丈夫だ。






※参照……8・9話「はじまり」1・2

 
 

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