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13章
正念場 9
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母さんが祖母に宛てた手紙を、読ませてもらった。祖母が俺も読んでいいと言ってくれるとは、想定外だったので嬉しかった。
あぁ……久しぶりに触れる母の筆跡だ。
もう記憶も朧げな……でも、いつも触れていた大好きな母の字だった。
学校の連絡帳に書いてくれた保護者からの伝言や、文房具につけてくれた名前、そんな細かい思い出が蘇ってくるよ。上履きも体操着の名前も……いつも丁寧に書いてくれた。
『よう』
『洋』
俺の名を沢山書いてくれた。いつも嬉しそうに微笑みながら。
母の字はとても優しく美しかったので、先生や周りの友人から褒められたこともあった。だから俺も母の字を真似して書いたのを思い出す。
それにしてもこの内容は……。
当時の母の心が、そのまま詰まっていた。
まるでタイムカプセルを開けたような新鮮さだ。
「うっ……なんだ、これは……」
手紙に涙が零れ落ちないように堪えるので必死だった。
とにかく胸に迫るものがあった。
あの頃の母さんは……こんなことを考えていたのか。
俺には計り知れない、志半ばでこの世を去ることの無念さが滲み出て、切なる思いが迫ってくる。
どんな想いで俺を義父に託したのか。その決意の程も初めて、見え隠れしていた。
正直言うと、母さんが残したものを恨んだこともあった。自分の運命を呪ったこともあった。
しかし、ひとり孤独にこの世を去った母の最期の手紙を読んだら、気持ちがふわっとやわらいだ。
「母さん……母さんはこんな思いを……最期の最期まで俺のことを、俺の未来を心配し、想像していてくれたのか」
丈も一緒に手紙を読んでくれていたので、同じように涙を堪えているようだった。本当に男泣きしてしまうよ。こんな手紙を、このタイミングで読むことになるとは……
人生とは本当に予期せぬことの連続だと思う。
「洋、良かったな。これはある意味お母さんからの遺書のようなものだ。この願いがおばあさまにもちゃんと届いたんだな」
「あぁ……そのようだ。やっぱり最後は母の力だよ。一週間後に会えるなんて……嬉しい。そうだ、その時は丈も来てくれ」
「え? なんで私が……」
「……きちんと紹介しておきたい」
「洋、無理するな。私のことなど、今はどうでもいいのだ。洋とおばあさまの関係が良くなってくれればそれでいい、あまり一度に老人を驚かすものではない」
丈は俺を諭すように言うが、俺はそうは思わない。むしろ紹介したい。俺は独りでないことを知って欲しいから。
「そうかな……それでも来て欲しいよ」
****
「どう? 美味しい?」
「えぇ、すごくいい味ですね」
下の階に降りてみると、食卓に湯気がのぼるポトフが並んでいた。賄いなのに、とても美味しい。流石レストランだ。向かいのカフェの軽食も素晴らしいと思ったが、こちらはワンランク上だ。
「ありがとう。柊一叔父さんの代に、ホテルの直営レストランになった名残かな。気に入ってくれて嬉しいよ。洋さん、ようやく元気が出たみたいで良かった。やっぱり恋人が迎えに来てくれたから?」
「えぇ?」
ギョッとしてしまった。いきなり丈のこと恋人って……俺の行動ってそんなバレバレだったか。思わず丈と顔を見合わせてしまったが、さして気にはならないようで悠然としていた。
「まぁ、そうでしょうね」
丈ってさ、こういう時、妙に冷静なんだよな。それに比べて俺はあたふたしてしまう。
「ふふん、あのさ、いいこと教えてあげようか」
春馬さんがウインクしながら、小声になった。
「何ですか」
「白江さんはね、ああ見えても堅苦しい人ではないんだ。ちゃんと理解があるぜ」
「どうい意味ですか」
春馬さんは徐に手帳を開き、1枚の写真を見せてくれた。
そこには、若かりし頃の白江さんと長身の西洋人のように彫りの深い男性ととても優しそうな男性が並んでいた。
「叔父は白江さんの幼馴染みで親友だった。そして……その叔父は、生涯をこの海里先生という男性と過ごしたんだ。二人は洋さんと丈さんみたいな間柄だったんだ。白江さんも、こんな風に……二人の晩年まで交流していたよ」
「えっ、そうなんですか」
縁という物は、不思議なものだ。
まるで運命が味方してくれているようだ。
物事が静かに真っ直ぐ進み出す、流れ出す。
あぁ……久しぶりに触れる母の筆跡だ。
もう記憶も朧げな……でも、いつも触れていた大好きな母の字だった。
学校の連絡帳に書いてくれた保護者からの伝言や、文房具につけてくれた名前、そんな細かい思い出が蘇ってくるよ。上履きも体操着の名前も……いつも丁寧に書いてくれた。
『よう』
『洋』
俺の名を沢山書いてくれた。いつも嬉しそうに微笑みながら。
母の字はとても優しく美しかったので、先生や周りの友人から褒められたこともあった。だから俺も母の字を真似して書いたのを思い出す。
それにしてもこの内容は……。
当時の母の心が、そのまま詰まっていた。
まるでタイムカプセルを開けたような新鮮さだ。
「うっ……なんだ、これは……」
手紙に涙が零れ落ちないように堪えるので必死だった。
とにかく胸に迫るものがあった。
あの頃の母さんは……こんなことを考えていたのか。
俺には計り知れない、志半ばでこの世を去ることの無念さが滲み出て、切なる思いが迫ってくる。
どんな想いで俺を義父に託したのか。その決意の程も初めて、見え隠れしていた。
正直言うと、母さんが残したものを恨んだこともあった。自分の運命を呪ったこともあった。
しかし、ひとり孤独にこの世を去った母の最期の手紙を読んだら、気持ちがふわっとやわらいだ。
「母さん……母さんはこんな思いを……最期の最期まで俺のことを、俺の未来を心配し、想像していてくれたのか」
丈も一緒に手紙を読んでくれていたので、同じように涙を堪えているようだった。本当に男泣きしてしまうよ。こんな手紙を、このタイミングで読むことになるとは……
人生とは本当に予期せぬことの連続だと思う。
「洋、良かったな。これはある意味お母さんからの遺書のようなものだ。この願いがおばあさまにもちゃんと届いたんだな」
「あぁ……そのようだ。やっぱり最後は母の力だよ。一週間後に会えるなんて……嬉しい。そうだ、その時は丈も来てくれ」
「え? なんで私が……」
「……きちんと紹介しておきたい」
「洋、無理するな。私のことなど、今はどうでもいいのだ。洋とおばあさまの関係が良くなってくれればそれでいい、あまり一度に老人を驚かすものではない」
丈は俺を諭すように言うが、俺はそうは思わない。むしろ紹介したい。俺は独りでないことを知って欲しいから。
「そうかな……それでも来て欲しいよ」
****
「どう? 美味しい?」
「えぇ、すごくいい味ですね」
下の階に降りてみると、食卓に湯気がのぼるポトフが並んでいた。賄いなのに、とても美味しい。流石レストランだ。向かいのカフェの軽食も素晴らしいと思ったが、こちらはワンランク上だ。
「ありがとう。柊一叔父さんの代に、ホテルの直営レストランになった名残かな。気に入ってくれて嬉しいよ。洋さん、ようやく元気が出たみたいで良かった。やっぱり恋人が迎えに来てくれたから?」
「えぇ?」
ギョッとしてしまった。いきなり丈のこと恋人って……俺の行動ってそんなバレバレだったか。思わず丈と顔を見合わせてしまったが、さして気にはならないようで悠然としていた。
「まぁ、そうでしょうね」
丈ってさ、こういう時、妙に冷静なんだよな。それに比べて俺はあたふたしてしまう。
「ふふん、あのさ、いいこと教えてあげようか」
春馬さんがウインクしながら、小声になった。
「何ですか」
「白江さんはね、ああ見えても堅苦しい人ではないんだ。ちゃんと理解があるぜ」
「どうい意味ですか」
春馬さんは徐に手帳を開き、1枚の写真を見せてくれた。
そこには、若かりし頃の白江さんと長身の西洋人のように彫りの深い男性ととても優しそうな男性が並んでいた。
「叔父は白江さんの幼馴染みで親友だった。そして……その叔父は、生涯をこの海里先生という男性と過ごしたんだ。二人は洋さんと丈さんみたいな間柄だったんだ。白江さんも、こんな風に……二人の晩年まで交流していたよ」
「えっ、そうなんですか」
縁という物は、不思議なものだ。
まるで運命が味方してくれているようだ。
物事が静かに真っ直ぐ進み出す、流れ出す。
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