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13章
正念場 4
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「あーあ、随分深く切ってしまったね。これは縫わないと駄目だな。もう少し傷口が小さかったら、縫わないで対応出来るのに」
春馬さんに連れて来てもらった形成外科で、医師の診断は予想より重かった。
「えっ……頬を縫うんですか」
「大丈夫だよ。そう怖がらなくても局所麻酔をするし、そんなに痛くないから。縫わないと綺麗にくっつかないからね。それから縫合状態を診たいので暫く通院してもらうことになるよ」
「まっ……麻酔の注射も?」
「もちろんだよ」
俺は昔から注射が大っ嫌いだ。まして皮膚を縫うなんて……初めての経験ばかりで、密かに恐怖で震えてしまった。
「はぁ……」
「洋さん、大丈夫か。しかし頬を縫うなんて大事だな。先にご家族に連絡した方がいいんじゃないかな?」
春馬さんも予想より怪我の状態が深刻だったのに驚いたようで、提案をしてくれた。だが、俺はもう子供でもあるまいし、頬を数針縫う位で月影寺に電話するなんて恥ずかしい。
「いえ……大丈夫ですよ。先に治療してもらいます。家に帰ってから事情を話すので、心配ないです」
「そうなの? 本当にいいのかな?」
「はい。大丈夫ですよ」
強がって見栄を張ってしまった。
祖母を知る人達の前で、これ以上情けない所は見せたくなかった。
弱々しいと思われたくない。
せめて……亡くなった母に恥じないよう、ここでは男らしい所を見せたいんだ。
****
「お大事に」
「……ありがとうございます」
「洋さん、駅まで送るよ。乗って」
「すみません。何から何まで」
「当然だよ。こちらの不手際だ」
「いえ……俺のせいです」
「……」
なんとか治療が終わり再び車に乗り込んだが、話す気力もない程……消耗していた。
麻酔が効いていたとはいえ、なかなかの痛みで頭痛までしてきた。そもそも頬に麻酔針を打たれる瞬間は卒倒しそうになったし、縫っている間は心臓が止まるかと思った。
強がってじっと耐えたが、心の中では泣いていた。
丈……丈……と縋るような気持ちで、お前のことばかり考えて気を紛らわしたよ。それにしても車の揺れがさっきから傷に響く。頬が腫れて熱を持っているようだ。
「うっ……」
「洋さん、大丈夫か……車の揺れは辛い?」
「いえ……すみません。駅まで送ってもらえるので助かります。本当に何から何までお世話になって」
本当にお世話になりっぱなしだと苦笑してしまった。
「どうか、それは気にしないで欲しい。それより白江さんのことだけれども……普段は温厚な女性なのに、やはり行方不明になっていたお嬢さんが亡くなっていたのが……かなりショックだったようで。でも……だからといって、写真立てを投げるなんて……本当に酷いことをしたよ」
「それは……もういいんです。俺がもっと上手く説明出来たら良かったのですが……どうにも口下手で」
思い出すと、後悔が募ることばかりだ。
「そんなことないよ。あぁ夕方になって渋滞にはまったな。この時間、駅までの道は混むんだよ。洋さん、少し時間がかかるから眠っていていいよ。顔色も随分悪いし、本当に辛そうだ」
「すみません。心配かけて……」
本当にそうだ。俺の切り出し方が悪かった。あんな幸せそうな写真を見せた直後に、母が亡くなっていることを告げるなんて……残酷過ぎるだろう。
俺はやっぱり少し変なんだ。早くに両親を亡くし特殊な環境で育った影響があるのか……人の心に疎い部分がある。
大学時代に言われた台詞を、ふと思い出した。
「お前ってさぁ、ひとりよがりだよな。お前を中心に時間が回っているわけじゃないんだぜ! おい、ちゃんとこっちにも合わせろよ!」
誰とも交流せずクラスに溶け込まない俺に、痺れを切らしたクラスメイトが投げつけた台詞はかなり堪えたな。でも……きっとその通りなんだ。
俺は駄目な人間だ。そう思えば思う程、自虐的に自分を追い込んでしまう。
疲れた。頭も痛いし、ひどく眠い。
これって……逃避行動なのかな?
きっと目を閉じたら最後だ。駅に着いても起きられないと思うほど、躰が重く車のシートに沈んでいくのを感じた。
心の中で何度も何度も……繰り返し、丈を呼んでいた。
丈――
丈……助けて欲しい。
春馬さんに連れて来てもらった形成外科で、医師の診断は予想より重かった。
「えっ……頬を縫うんですか」
「大丈夫だよ。そう怖がらなくても局所麻酔をするし、そんなに痛くないから。縫わないと綺麗にくっつかないからね。それから縫合状態を診たいので暫く通院してもらうことになるよ」
「まっ……麻酔の注射も?」
「もちろんだよ」
俺は昔から注射が大っ嫌いだ。まして皮膚を縫うなんて……初めての経験ばかりで、密かに恐怖で震えてしまった。
「はぁ……」
「洋さん、大丈夫か。しかし頬を縫うなんて大事だな。先にご家族に連絡した方がいいんじゃないかな?」
春馬さんも予想より怪我の状態が深刻だったのに驚いたようで、提案をしてくれた。だが、俺はもう子供でもあるまいし、頬を数針縫う位で月影寺に電話するなんて恥ずかしい。
「いえ……大丈夫ですよ。先に治療してもらいます。家に帰ってから事情を話すので、心配ないです」
「そうなの? 本当にいいのかな?」
「はい。大丈夫ですよ」
強がって見栄を張ってしまった。
祖母を知る人達の前で、これ以上情けない所は見せたくなかった。
弱々しいと思われたくない。
せめて……亡くなった母に恥じないよう、ここでは男らしい所を見せたいんだ。
****
「お大事に」
「……ありがとうございます」
「洋さん、駅まで送るよ。乗って」
「すみません。何から何まで」
「当然だよ。こちらの不手際だ」
「いえ……俺のせいです」
「……」
なんとか治療が終わり再び車に乗り込んだが、話す気力もない程……消耗していた。
麻酔が効いていたとはいえ、なかなかの痛みで頭痛までしてきた。そもそも頬に麻酔針を打たれる瞬間は卒倒しそうになったし、縫っている間は心臓が止まるかと思った。
強がってじっと耐えたが、心の中では泣いていた。
丈……丈……と縋るような気持ちで、お前のことばかり考えて気を紛らわしたよ。それにしても車の揺れがさっきから傷に響く。頬が腫れて熱を持っているようだ。
「うっ……」
「洋さん、大丈夫か……車の揺れは辛い?」
「いえ……すみません。駅まで送ってもらえるので助かります。本当に何から何までお世話になって」
本当にお世話になりっぱなしだと苦笑してしまった。
「どうか、それは気にしないで欲しい。それより白江さんのことだけれども……普段は温厚な女性なのに、やはり行方不明になっていたお嬢さんが亡くなっていたのが……かなりショックだったようで。でも……だからといって、写真立てを投げるなんて……本当に酷いことをしたよ」
「それは……もういいんです。俺がもっと上手く説明出来たら良かったのですが……どうにも口下手で」
思い出すと、後悔が募ることばかりだ。
「そんなことないよ。あぁ夕方になって渋滞にはまったな。この時間、駅までの道は混むんだよ。洋さん、少し時間がかかるから眠っていていいよ。顔色も随分悪いし、本当に辛そうだ」
「すみません。心配かけて……」
本当にそうだ。俺の切り出し方が悪かった。あんな幸せそうな写真を見せた直後に、母が亡くなっていることを告げるなんて……残酷過ぎるだろう。
俺はやっぱり少し変なんだ。早くに両親を亡くし特殊な環境で育った影響があるのか……人の心に疎い部分がある。
大学時代に言われた台詞を、ふと思い出した。
「お前ってさぁ、ひとりよがりだよな。お前を中心に時間が回っているわけじゃないんだぜ! おい、ちゃんとこっちにも合わせろよ!」
誰とも交流せずクラスに溶け込まない俺に、痺れを切らしたクラスメイトが投げつけた台詞はかなり堪えたな。でも……きっとその通りなんだ。
俺は駄目な人間だ。そう思えば思う程、自虐的に自分を追い込んでしまう。
疲れた。頭も痛いし、ひどく眠い。
これって……逃避行動なのかな?
きっと目を閉じたら最後だ。駅に着いても起きられないと思うほど、躰が重く車のシートに沈んでいくのを感じた。
心の中で何度も何度も……繰り返し、丈を呼んでいた。
丈――
丈……助けて欲しい。
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