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13章
花明かりのように 12
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俺に気が付いた翠が柔和な笑みを浮かべ、手を振りながら近づいて来た。
未だに翠を間近で見ると、俺の心臓が少しだけドキドキするのは墓場まで持って行く秘密の一つだ。
「やぁ、達哉、丁度良かったよ。今から君の所に行こうかと思っていたんだ」
「何か急ぎの用だったのか。そうでないのなら俺の方から行くから、まずは連絡しろよな」
翠は俺の寺に無闇やたらに来るな!
お前は……あの寺に嫌な思い出しかないだろう。
そう言いたかったが、そんなこと告げてどうなる? かえって翠を苦しめてしまう。
「あ……うん、そうだね。確かに……あの、昨日は素晴らしい雛菓子をありがとう。お陰で盛り上がったよ。それで拓人くんが和菓子の入っていたお重を忘れて行ったので、届けようと思ってね」
お重? あぁ和菓子のか。あんなの処分してしまっていいものを……まったく律儀な翠らしい行動だ。
「……昨日は、達哉も一緒に来れば良かったのに」
「すまん。外せない仕事があってな」
「そうか……あ、そうだ、達哉、今、少し時間はあるか」
「あぁ、少しなら」
翠と話したくて、寺には1-2時間戻らないと言って出てきた。
「良かったよ。じゃあ、あそこに行かないか」
「あそこって?」
「ほら、僕たちがよく寄り道した甘味屋に行こう。和菓子のお礼をしたいんだ」
はぁ? 全く……こんな朝っぱらから何を言い出すのかと思ったら……でも悪くないな、それ。
「いいな。久しぶりに行くか」
「うん」
俺と翠は肩を並べ、高校生の時よく寄り道した甘味屋へ向かった。
建海寺には近寄らせたくない。だから道を逸れて行く。
真っすぐでなくていい。
翠と俺は、どんな形でもどんなに曲がりくねってもいいから、少しでも繋がっていられたら、それでいい。多くは望まない。
「懐かしいな……『月下庵茶屋』に来るのは、何年ぶりだろう? 」
「趣のある佇まいだ。本当にあの頃と何も変わってなくて、落ち着くな」
ふたりで顔を見合わせ、「入るか」とアイコンタクトを取って暖簾をくぐった。
平日の午前中なので店内はガランと空いていた。だから俺と翠は、かつてよく座った窓際の中庭が見える席に、向かい合わせで座った。
あの頃……俺はこの店に翠と寄り道するのが本当に楽しみだった。眼を閉じれば学ラン詰襟姿のストイックな翠が見えるようだ。
大学生になってから、流石にこのままじゃいかんと思って、女性とも付き合ったんだぜ。この店にも連れて来てみた。だが全然駄目だった。翠に敵う人なんていなかった。今、俺の目の前で……昔に戻ったみたいな甘い笑顔でメニュー表を眺めている翠を盗み見て、ため息をつきたくなる。
「なぁ、達哉はやっぱり皿うどんか。よく食べていたよな」
「おいおい、今の俺を幾つだと? もう38歳だぞ。そんなの朝から食えるか」
「ははっ、そんなこと知ってるよ。だって……僕も同い年だ」
「そういう翠はクリーム白玉あんみつか」
「うん、僕の好物だ。よく食べたな」
ふたりで笑い合う。
高校時代は良かった。他愛のないことで笑いあえた。
あの弟の仕出かした事件が起こるまでは、俺達は本当に普通の男子高校生で、親友だった。
あの事件がなかったら、何か変わっていたか。
いや変わっていないだろう。
翠の眼に映る俺は……永遠に大切な親友のまま。
いや……親友だと思ってくれていたから、あの弟の事件に左右されることなく、俺とこうやってまだ繋がってくれているのだ。
何も望むな、望んではいけないだろう。
翠が、俺に笑いかけてくれるだけでいい。
俺たちは、最期まで親友でいよう。
俺の親友でいてくれよ。
未だに翠を間近で見ると、俺の心臓が少しだけドキドキするのは墓場まで持って行く秘密の一つだ。
「やぁ、達哉、丁度良かったよ。今から君の所に行こうかと思っていたんだ」
「何か急ぎの用だったのか。そうでないのなら俺の方から行くから、まずは連絡しろよな」
翠は俺の寺に無闇やたらに来るな!
お前は……あの寺に嫌な思い出しかないだろう。
そう言いたかったが、そんなこと告げてどうなる? かえって翠を苦しめてしまう。
「あ……うん、そうだね。確かに……あの、昨日は素晴らしい雛菓子をありがとう。お陰で盛り上がったよ。それで拓人くんが和菓子の入っていたお重を忘れて行ったので、届けようと思ってね」
お重? あぁ和菓子のか。あんなの処分してしまっていいものを……まったく律儀な翠らしい行動だ。
「……昨日は、達哉も一緒に来れば良かったのに」
「すまん。外せない仕事があってな」
「そうか……あ、そうだ、達哉、今、少し時間はあるか」
「あぁ、少しなら」
翠と話したくて、寺には1-2時間戻らないと言って出てきた。
「良かったよ。じゃあ、あそこに行かないか」
「あそこって?」
「ほら、僕たちがよく寄り道した甘味屋に行こう。和菓子のお礼をしたいんだ」
はぁ? 全く……こんな朝っぱらから何を言い出すのかと思ったら……でも悪くないな、それ。
「いいな。久しぶりに行くか」
「うん」
俺と翠は肩を並べ、高校生の時よく寄り道した甘味屋へ向かった。
建海寺には近寄らせたくない。だから道を逸れて行く。
真っすぐでなくていい。
翠と俺は、どんな形でもどんなに曲がりくねってもいいから、少しでも繋がっていられたら、それでいい。多くは望まない。
「懐かしいな……『月下庵茶屋』に来るのは、何年ぶりだろう? 」
「趣のある佇まいだ。本当にあの頃と何も変わってなくて、落ち着くな」
ふたりで顔を見合わせ、「入るか」とアイコンタクトを取って暖簾をくぐった。
平日の午前中なので店内はガランと空いていた。だから俺と翠は、かつてよく座った窓際の中庭が見える席に、向かい合わせで座った。
あの頃……俺はこの店に翠と寄り道するのが本当に楽しみだった。眼を閉じれば学ラン詰襟姿のストイックな翠が見えるようだ。
大学生になってから、流石にこのままじゃいかんと思って、女性とも付き合ったんだぜ。この店にも連れて来てみた。だが全然駄目だった。翠に敵う人なんていなかった。今、俺の目の前で……昔に戻ったみたいな甘い笑顔でメニュー表を眺めている翠を盗み見て、ため息をつきたくなる。
「なぁ、達哉はやっぱり皿うどんか。よく食べていたよな」
「おいおい、今の俺を幾つだと? もう38歳だぞ。そんなの朝から食えるか」
「ははっ、そんなこと知ってるよ。だって……僕も同い年だ」
「そういう翠はクリーム白玉あんみつか」
「うん、僕の好物だ。よく食べたな」
ふたりで笑い合う。
高校時代は良かった。他愛のないことで笑いあえた。
あの弟の仕出かした事件が起こるまでは、俺達は本当に普通の男子高校生で、親友だった。
あの事件がなかったら、何か変わっていたか。
いや変わっていないだろう。
翠の眼に映る俺は……永遠に大切な親友のまま。
いや……親友だと思ってくれていたから、あの弟の事件に左右されることなく、俺とこうやってまだ繋がってくれているのだ。
何も望むな、望んではいけないだろう。
翠が、俺に笑いかけてくれるだけでいい。
俺たちは、最期まで親友でいよう。
俺の親友でいてくれよ。
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