重なる月

志生帆 海

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13章

花明かりのように 11

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 朝……目覚めてすぐ、小さな子供のように頬を抓ってみた。

「痛っ……あぁ夢じゃないんだ。良かった」

 昨夜のことだった。達哉さんから息子にならないかと提案を受けたのは。

 その場で泣き崩れてしまった。何故なら、それは心の底で密かに願っていたことだったから。

 こんな俺を寺に置いてもらえるだけでも有難いから、とても俺から願い出るようなことではなかった。望んではいけないことだった。

 なのに……俺なんかに達哉さんがそんな言葉を用意してくれていたなんて……未だに信じられないよ。

 母さんが亡くなって、とうとう一人ぼっちになったと思った。小さな弟や妹のように素直に甘えられない歳だし、損な性格だから……とにかくずっと我慢していたものが、見事に決壊したようだった。

 俺があんなに泣けるなんて――

 母さんが交通事故で死んでしまった時だって、弟や妹に先を越されて、泣くになけなかった。

 それにしても『泣く』って案外気持ちいいんだな。知らなかったよ。すっと溜まっていたモヤモヤとした感情が、一気に流れて行くようだった。

 今、俺の心は『無』になっている。

 嫉妬、妬み、不安、ずっと心の奥底でぐるぐると渦巻いていた負の感情が消滅していた。

「おーい、拓人、起きてるか。朝飯作んの手伝ってくれ」
「はい!」

 階段を降りて行くと、濃紺の作務衣に白い割烹着をつけた達哉さんが卵焼きを焼いていた。

「……おはようございます」
「よく眠れたか」
「はい、ぐっすりと」
「うーん、やっぱり少し眼が赤いな。それに腫れぼったいし……冷やしておけよ。なぁ拓人、昨日の話は本当に進めていいか」
「もちろんです。よろしくお願いします!」

 俺は頭をガバッと思いっきり下げた。

「ははっ! そんなに畏まるな、じき親子になるんだぞ。お前はもっと子供らしくしろ」

 達哉さんの口から『親子』という言葉を聞くと、いよいよ現実味が帯びてきた。

「はい……あっ……うん!」
「そうそう、その位砕けていいぞ。俺は畏まったのは苦手でな」


****

 拓人があんなに喜んでくれるなんてな。

 登校していく後ろ姿を見送りながら、思わず笑みを零した。

 引き取ってからずっと、お前は礼儀正し過ぎたよな。家の手伝いも勉強も頑張っていた。だが、きっと我慢することも多いだろうと察してはいた。

 クリスマスに月影寺に招待され和やかな時間を共に過ごした時から、ちゃんと俺なりに考えてはいたんだぜ。

 あそこでも……洋くんという美しい青年を、昨年の夏に養子にしていた。彼は翠の末の弟と深い関係であることは、まぁ……なんとなく察したが、俺が突っ込む所ではない。

 それに血なんて繋がっていなくても、あんなに信頼しあって、翠と流くんから可愛がられている彼の姿に癒された。

 彼も両親を早くに亡くし、苦労した孤独な人だと聞いている。だから彼自身が新しい家族の誕生を心の底から喜んでいる姿に、熱く胸を打たれた。

 それから……

 薙くんと楽しそうに遊んでいる拓人の姿を見て、久しぶりに子供らしい笑顔を浮かべていたので、はっとした。

 俺は拓人にあんな楽しそうな笑顔を作ってやれていないと悔やんだ。大人ぶっているが、まだ14歳の子供なのを、忘れていた。

 さてと、忙しくなるな。弁護士を通じて手続きした方がいいよな。そうだ、翠に会って手続きの仕方などを教えてもらった方がいいか。この件は翠にも報告したいしな。

 今日は午前中、特に急ぎの仕事も入っていないので、月影寺へ向かってみることにした。

 建海寺と月影寺を結ぶ道。

 何度も何度も通った道だ。

 中学生だった俺と翠。

 一時期は肩を並べて仲良く歩んだ時期もあったのだ。

 眩しい程の追憶に耽っていると、見目麗しい青年がこちらに向かってスタスタと歩いてくるのが見えた。

 それが誰かは、すぐに分かった。

「翠……!」

 なんで翠が?

 俺が今から、行こうと思っていたのに。




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