重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,127 / 1,657
13章

花明かりのように 9

しおりを挟む
 母と俺の写真を入れたフォトフレームを緩衝材で包み、鞄にそっと入れた。
 
 次にあの洋館に行く時は、この写真を持参しよう。

 何かが変わるきっかけになればいいのだが。

 それから棚に飾っていたフォトフレームを取りに行き、用意しておいた丈と俺の写真を入れた。最初からこの写真を入れようと決めていた。

 昔の携帯で撮った写真なので画像は粗いが、懐かしい時間が閉じ込められている。

 これは……丈に抱かれて間もない頃に、春の海岸で撮ったものだ。この頃の丈は、俺を一時も離したくないようだった。だから温泉に連れ込んで朝から俺を組み敷き、昼も夜もクタクタになるまで抱き続けていたよな。

 ん……待てよ、それは今もあまり変わらないか。
 隙あらば俺を抱くのは、変わってないような。

 思わず苦笑してしまった。

 正直俺は男だし、俺の躰のどこに、そこまでの魅力があるのかは分からない。でも俺もそれを望み悦び感じているのだから、もう同罪か。

 本当にこんなにも数えきれない程、同じ性を持つ人と躰を繋ぎ合わせるなんて……人生とは分からないものだ。

 もう一度じっとフォトフレームの中の自分の顔を眺めた。

 まだ22歳の頃だ。新緑よりも少し前の春の海だった。吹く風は少しひんやりと冷たかったのを覚えている。

 確か、沢山のキスマークを躰に残されて、少し不機嫌な朝だったような。トレンチコートの襟を立て隠してはいるが、その首元にはちらほらと鬱血の痕が見えていた。

 丈の奴……今でこそあんな無茶はしないが、あの頃はお互いに不安だったのかもしれないだ。まだ過去との邂逅を前に、俺たちはただ本能的にまるで動物のように求めあっていた。

 この頃の俺は、丈しか知らない無垢な躰だった。

 丈に純潔を捧げたかったのは、後に……過去の俺がいつも権力あるものに捻じ伏せられ、純潔を奪われ、身体を支配され続けていたからだということを知り、胸を掻きむしりたいような虚しい衝動にかられた。

 もう……思い出すのはここまでにしよう。

 これ以上思い出すのは、躰にとって『毒』でしかない。

 俺の記憶はあのホテルでのワンシーンの入り口で、引き返そうと踏みと留まっていた。

 この先は……もう見てはいけない。覗いてはいけない記憶だ。

 人は傷つけられた記憶をいつまでも忘れることが出来ず、また傷つくのが分かっていながらも、その記憶を再び辿ろうとするのは何故なのか。

 嫌な汗が流れ落ちるのを感じてブルっと震えた所を、現実に引き戻された。

 気が付くと、風呂上りの丈に後ろから抱きしめられていた。

「洋、顔色悪いぞ。海ではしゃぎすぎたか」
「丈……」

 丈の声に、心底ほっとした。

「あっ……この写真を入れたのか」
「うん、覚えているか。この日を」
「あぁ……今でも思い出すな、この頃の洋は妙に色っぽくて、私は洋を抱き潰してよく怒られたよな」
「うん……丈は外と中とでは別人だなって思っていたさ」
「写真の洋も、今ここにいる洋も変わらず綺麗だよ。あ……ここに私がつけた痕があるな」

 写真の中の若い俺の首筋を、丈の指先が辿れば、なんだか今の俺までドキドキしてしまう。

「そうだよ。沢山痕が付いていて、鏡の前で途方に暮れてしまった」
「それは悪かったな。節操無しで……まぁ……今もだが」

 背後から俺を抱きしめた丈の唇が俺の首筋を辿り出した。拒否するつもりはない。

「洋……今日も抱いても? 洋はもう風呂に入ったのだろう。海から帰ってきてすぐに」
「ん……いいよ。丈に抱かれたい……俺も」


 俺は今日も丈に躰を開かれる。

 よく見て欲しい。

 俺を強く求めて欲しい。

 俺はここにいていい存在だと、丈に抱かれる度に感じられるから。

 日中、会う事すら叶わず、祖母から拒否されたことが堪え、尾を引いているせいかもしれない。

 丈に抱いて欲しくて、自ら……着ている服のボタンを外していた。


「洋……」









補足

****

本日更新部分では、『重なる月』38話ー45話部分を回想しています。
なんだか初々しい二人でしたね。丈の洋への執着が凄いです。

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...