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13章
花明かりのように 6
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「そうそう、その調子だよ。なっ、接着剤でシーグラスをフレームに貼るだけだから簡単だろう?」
「えぇ……なんとか。確かに、これなら俺でも出来ますね」
「不器用な洋くんに向いているな。ふむふむ」
「不器用は余計ですよ。もうっ――流さんはいつも!」
流さんは、口が達者だ。いや、口減らずと言うのか。
それでも用意された白い木の額に、拾ってきたシーグラスを貼っていくだけで様になり嬉しかった。
俺は小さい頃から不器用で、昔から美術とか家庭科の成績が酷かったからな。安志にもいつも「洋は本当に不器用だ。センスは悪くないのに残念だ」と馬鹿にされ、笑われていたのを思い出した。
母は手先が器用な人だったのに、遺伝しなかったのが残念だ。
即効性の接着剤を使ったので短時間で完成した。
早速キッチンの後ろのガラスボードに飾ってみると、夕日を受けて更に透明度が増したようだった。
綺麗だ。
我ながら上出来だと、思わず目を細めて見入ってしまった。
「これ、すごく綺麗ですね」
「あぁ……自然が産んだ美だよな」
流さんも拾ってきたシーグラスを手に取り夕日に透かしながら、感心した表情を浮かべていた。
「あの……もう一つ作ってもいいですか」
「もちろんだ」
****
流さんと離れでフォトフレーム作りをし、その後、翻訳の仕事をこなしていると、いつの間にか辺りは真っ暗になっていた。
丈からは夕方連絡をもらっていた。急患が入ったので遅くなると。そしてさっき、やっと病院を出られらたとも。
今日は、無性に……少しでも早く丈に会いたい。
それ位ずっと我慢したのだから、いいよな。
山門にもたれて夜風に吹かれていると、丈の車が停車したのが見えた。まだ俺に気づいていないようだったので黙っていると、丈の足取りはどこか重く表情も硬かった。
疲れているのか。いや……そうじゃない。きっと……ずっと俺を心配してくれていたのだ。
「洋? 君が出迎えなんて珍しいな」
でも俺の顔を見た途端、丈が嬉しそうな表情になってくれたので、俺もつられて微笑んだ。
「丈は今日、疲れているだろう。母屋から夕食をもらってきたから、離れで二人で食べよう。もう準備してあるんだ」
「やっぱり珍しい。今日の洋は働きものだ」
「ははっ、いつも丈に頼りすぎているからな」
「いや……その位は頼ってくれ」
夕食はふたりでキッチンカウンターで取ることにした。
「丈、何か飲む?」
「あぁ、ウイスキーをロックで」
「了解」
丸い氷を入れたロックグラスを渡すと、丈が窓辺を指さした。
「あそこに、あんなフォトフレームあったか」
「目ざといな、実は今日流さんと海岸で拾ったシーグラスで作ったんだ」
「へぇ、流兄さんと出かけたのか」
「丈……俺さ……今日は上手くいかなかった。それで凹んで……でも丈に会いたいの我慢して、北鎌倉からとぼとぼ歩いていたからかな。流さんが海に誘ってくれて」
「そうか……」
丈は余計なことは言わなかった。ただ俺の気持ちに優しく寄り添ってくれた。だから俺もロックグラスを傾けながら、素直な気持ちで今日あったことを報告出来そうだ。
「丈……どうしよう。俺の祖母にあたる人は……未だに母が亡くなったことを知らないんだ。だからまずは俺じゃなく、母が挨拶にくるべきだと伝言されてしまって……すぐに返す言葉が見つからなかったよ。結局、祖母の姿も見ずに逃げ帰ってしまったんだ。俺も意気地なしだよな」
「洋……そんなことはない。亡くなったお母さんのことに急に触れられて驚いただろうし、生きていると信じているいる人に、もう死んでいると告げるのは酷なことだ。今日は……一旦引き上げてよかったんじゃないか」
「そう言ってくれるのか」
丈の優しさが身に染みる。
「あぁ、今回はじっくり行ってみよう。急く気持ちも分かるが長い年別をかけた蟠りは一気には解せないだろう。何度も何度も努力してみよう。私が必要な時は、私も行く」
「ありがとう。やっぱり……今日拾ってきたシーグラスのようだな」
「シーグラスか……懐かしいな。砕けて尖ったガラスが海の荒波に年月をかけて揉まれていいるうちに角が取れて丸くなるんだよな。昔、兄弟で葉山の海に行ったのを思い出すよ」
「あ……同じことを言ってる」
丈の目が、懐かしそうに緩んだ。
「翠兄さんから教えてもらったんだよ。あの海岸は翠兄さんのお気に入りだからな」
****
オレが白江さんからの伝言を伝えると、美しい青年は顔をさっと青ざめさせ少し悔しそうに……それでいて悲し気に瞼を伏せて、膝の上の手をギュッと握りしめた。
「あの……すみませんが、今日は帰ります。これお代です」
「えっ! あっ……ちょっと待って」
まだ頼まれたアップルパイも紅茶も出していなかったのに。
代金が置かれたテーブルを見つめ、溜息をついた。
少し話してみたいと思ったんだ……彼と。
彼は、また来てくれるだろうか。
彼が白江さんのお孫さんなのは、お嬢さんにそっくりな顔からして明白なのに……どうして白江さんは、あんなに頑なな対応を取ったのか。
一体、白江さんの過去に、何があったのか。
無性に切ない気持ちがこみ上げてくる。
ふと父より十歳も年の離れた……昨年亡くなった叔父のことを思い出した。
叔父は俺の息子の子守りを、晩年よくしてくれた。
その時よく話してくれた、子守歌のようなおとぎ話を思い出した。
補足
****
白江さんのお屋敷を改装したカフェのオーナー、春馬の叔父の話は、別途掲載している『まるでおとぎ話』になります。
「えぇ……なんとか。確かに、これなら俺でも出来ますね」
「不器用な洋くんに向いているな。ふむふむ」
「不器用は余計ですよ。もうっ――流さんはいつも!」
流さんは、口が達者だ。いや、口減らずと言うのか。
それでも用意された白い木の額に、拾ってきたシーグラスを貼っていくだけで様になり嬉しかった。
俺は小さい頃から不器用で、昔から美術とか家庭科の成績が酷かったからな。安志にもいつも「洋は本当に不器用だ。センスは悪くないのに残念だ」と馬鹿にされ、笑われていたのを思い出した。
母は手先が器用な人だったのに、遺伝しなかったのが残念だ。
即効性の接着剤を使ったので短時間で完成した。
早速キッチンの後ろのガラスボードに飾ってみると、夕日を受けて更に透明度が増したようだった。
綺麗だ。
我ながら上出来だと、思わず目を細めて見入ってしまった。
「これ、すごく綺麗ですね」
「あぁ……自然が産んだ美だよな」
流さんも拾ってきたシーグラスを手に取り夕日に透かしながら、感心した表情を浮かべていた。
「あの……もう一つ作ってもいいですか」
「もちろんだ」
****
流さんと離れでフォトフレーム作りをし、その後、翻訳の仕事をこなしていると、いつの間にか辺りは真っ暗になっていた。
丈からは夕方連絡をもらっていた。急患が入ったので遅くなると。そしてさっき、やっと病院を出られらたとも。
今日は、無性に……少しでも早く丈に会いたい。
それ位ずっと我慢したのだから、いいよな。
山門にもたれて夜風に吹かれていると、丈の車が停車したのが見えた。まだ俺に気づいていないようだったので黙っていると、丈の足取りはどこか重く表情も硬かった。
疲れているのか。いや……そうじゃない。きっと……ずっと俺を心配してくれていたのだ。
「洋? 君が出迎えなんて珍しいな」
でも俺の顔を見た途端、丈が嬉しそうな表情になってくれたので、俺もつられて微笑んだ。
「丈は今日、疲れているだろう。母屋から夕食をもらってきたから、離れで二人で食べよう。もう準備してあるんだ」
「やっぱり珍しい。今日の洋は働きものだ」
「ははっ、いつも丈に頼りすぎているからな」
「いや……その位は頼ってくれ」
夕食はふたりでキッチンカウンターで取ることにした。
「丈、何か飲む?」
「あぁ、ウイスキーをロックで」
「了解」
丸い氷を入れたロックグラスを渡すと、丈が窓辺を指さした。
「あそこに、あんなフォトフレームあったか」
「目ざといな、実は今日流さんと海岸で拾ったシーグラスで作ったんだ」
「へぇ、流兄さんと出かけたのか」
「丈……俺さ……今日は上手くいかなかった。それで凹んで……でも丈に会いたいの我慢して、北鎌倉からとぼとぼ歩いていたからかな。流さんが海に誘ってくれて」
「そうか……」
丈は余計なことは言わなかった。ただ俺の気持ちに優しく寄り添ってくれた。だから俺もロックグラスを傾けながら、素直な気持ちで今日あったことを報告出来そうだ。
「丈……どうしよう。俺の祖母にあたる人は……未だに母が亡くなったことを知らないんだ。だからまずは俺じゃなく、母が挨拶にくるべきだと伝言されてしまって……すぐに返す言葉が見つからなかったよ。結局、祖母の姿も見ずに逃げ帰ってしまったんだ。俺も意気地なしだよな」
「洋……そんなことはない。亡くなったお母さんのことに急に触れられて驚いただろうし、生きていると信じているいる人に、もう死んでいると告げるのは酷なことだ。今日は……一旦引き上げてよかったんじゃないか」
「そう言ってくれるのか」
丈の優しさが身に染みる。
「あぁ、今回はじっくり行ってみよう。急く気持ちも分かるが長い年別をかけた蟠りは一気には解せないだろう。何度も何度も努力してみよう。私が必要な時は、私も行く」
「ありがとう。やっぱり……今日拾ってきたシーグラスのようだな」
「シーグラスか……懐かしいな。砕けて尖ったガラスが海の荒波に年月をかけて揉まれていいるうちに角が取れて丸くなるんだよな。昔、兄弟で葉山の海に行ったのを思い出すよ」
「あ……同じことを言ってる」
丈の目が、懐かしそうに緩んだ。
「翠兄さんから教えてもらったんだよ。あの海岸は翠兄さんのお気に入りだからな」
****
オレが白江さんからの伝言を伝えると、美しい青年は顔をさっと青ざめさせ少し悔しそうに……それでいて悲し気に瞼を伏せて、膝の上の手をギュッと握りしめた。
「あの……すみませんが、今日は帰ります。これお代です」
「えっ! あっ……ちょっと待って」
まだ頼まれたアップルパイも紅茶も出していなかったのに。
代金が置かれたテーブルを見つめ、溜息をついた。
少し話してみたいと思ったんだ……彼と。
彼は、また来てくれるだろうか。
彼が白江さんのお孫さんなのは、お嬢さんにそっくりな顔からして明白なのに……どうして白江さんは、あんなに頑なな対応を取ったのか。
一体、白江さんの過去に、何があったのか。
無性に切ない気持ちがこみ上げてくる。
ふと父より十歳も年の離れた……昨年亡くなった叔父のことを思い出した。
叔父は俺の息子の子守りを、晩年よくしてくれた。
その時よく話してくれた、子守歌のようなおとぎ話を思い出した。
補足
****
白江さんのお屋敷を改装したカフェのオーナー、春馬の叔父の話は、別途掲載している『まるでおとぎ話』になります。
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