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13章
花明かりのように 3
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「今、何と言ったの?」
まさか……。
でも心の中では……もしや……とも思った。
「ですから、白江さんのお嬢さんの息子だと名乗る男性が、今、下の階に来ているのですが……」
「そ……それは本当なの?」
「オレには分かりません。でも、彼は、白江さんのお嬢さんのお若い頃によく似ているし、嘘を言っているようには見えなかったので……」
「何故……それを……あなたは知らないはずなのに」
「すいません、オレ、父から昔の写真を見せてもらったことがあって」
「あぁ……そうなのね」
娘の朝と夕が幼い頃、春馬さんのお父さんの雪也さんが、よく面倒をみてくれたのよね。
私の幼馴染みの柊一さんの年の離れた弟の彼は、小さい頃から心臓が悪く、家にいることが多かったので、私とも仲良しだった。
私とも娘たちとも……よく話してくれて、よく遊んでくれたわ。
そう言えば中庭で、写真を撮ったこともあったわね。
私の手元には、もう……夕が写っている写真は一枚もないのに。
全部……夫が捨ててしまった。
「それでどうします? 会いますか」
「……いえ、会わないわ」
「えっ!」
「その彼に……こう伝えて。息子を寄越さないで夕が直接来なさいと、まずそれが礼儀でしょうと」
せっかく会いに来てくれた夕の息子……名前も知らない青年にとって、この返事は残酷かもしれない。でも私はずっと待っているの。息子ではんqあく、まずは夕……あなたに会いたい。会いたいのよ!
私の娘……愛娘だったのよ。
夕、あなたのこと愛していた。愛していたからこそ、恨んだの。
あなたが私を置いていってしまうなんて……受け入れ難かった。
一度も会いに来てくれないことを恨んだし……哀しかった。
息子より、まずあなたに会いたい。
我が儘な母親かしら……でも本当に長い年月、待っていたのよ。
****
いきなり名乗って大丈夫だっただろうか。すんなりと会ってもらえるだろうか。
真っ白なテーブルクロスをじっと眺めながら、俺はじっと待ち続けた。
膝の上で握りしめていた手には、大量の汗をかいていた。
やがて二階から彼が戻って来たが……神妙な表情を浮かべていたので、嫌な予感がした。
「あの、申し訳ないのですが……大奥様はお会い出来ないそうです」
そう告げられた途端、ガクッと肩を落とした。すんなりと受け入れてもらえないとは思っていたが、現実として突き付けられると、やはり堪えるものだった。
「あの……何故でしょう? 信用していただけなかったのでしょうか。俺が……お嬢さんの息子だと」
彼は困ったように眉根を寄せ、ゆっくりと首を横に振った。
「あなたはとても似ていますよ。でも……」
「じゃあ何故?」
「それが……あなたではなく、娘さんの夕さんに会いたいと、話は、まずそれからだと……」
俺が母の息子である証拠として、あの手紙を出してみようかとも、刺繍のハンカチを出してみようとも思ったが……そうする前に投げつけられた言葉に、ぐうの音も出なかった。
俺の顔色がさっと青くなったのを心配して、彼が必死にフォローしてくれる。
「大丈夫ですか。白江さんは、本当はお優しいお方です。心の中では……きっとあなたに会いたいと思っているはずです。だからお母さまと一緒にもう一度ここにいらしてください。今日は出直した方が賢明かと……」
「……」
どう答えていいのか、頭の中が真っ白になってしまった。結局、俺はその場を去ることしか選べなかった。
****
足取りが重たい、憂鬱な帰り道となった。
でも俺には帰る場所がある。
それが救いだ。
しっかりしろ……丈と約束しただろう。
何があっても、ちゃんと戻ってくると。
しかし……まさか母に逢いたいと言われるとは、思ってもいなかった。
母はもう……とっくの昔にこの世を去っている。
それを告げるのが、どんなに残酷なことか。
どうしたらいい。
どうしたらいい?
母さん……!
まさか……。
でも心の中では……もしや……とも思った。
「ですから、白江さんのお嬢さんの息子だと名乗る男性が、今、下の階に来ているのですが……」
「そ……それは本当なの?」
「オレには分かりません。でも、彼は、白江さんのお嬢さんのお若い頃によく似ているし、嘘を言っているようには見えなかったので……」
「何故……それを……あなたは知らないはずなのに」
「すいません、オレ、父から昔の写真を見せてもらったことがあって」
「あぁ……そうなのね」
娘の朝と夕が幼い頃、春馬さんのお父さんの雪也さんが、よく面倒をみてくれたのよね。
私の幼馴染みの柊一さんの年の離れた弟の彼は、小さい頃から心臓が悪く、家にいることが多かったので、私とも仲良しだった。
私とも娘たちとも……よく話してくれて、よく遊んでくれたわ。
そう言えば中庭で、写真を撮ったこともあったわね。
私の手元には、もう……夕が写っている写真は一枚もないのに。
全部……夫が捨ててしまった。
「それでどうします? 会いますか」
「……いえ、会わないわ」
「えっ!」
「その彼に……こう伝えて。息子を寄越さないで夕が直接来なさいと、まずそれが礼儀でしょうと」
せっかく会いに来てくれた夕の息子……名前も知らない青年にとって、この返事は残酷かもしれない。でも私はずっと待っているの。息子ではんqあく、まずは夕……あなたに会いたい。会いたいのよ!
私の娘……愛娘だったのよ。
夕、あなたのこと愛していた。愛していたからこそ、恨んだの。
あなたが私を置いていってしまうなんて……受け入れ難かった。
一度も会いに来てくれないことを恨んだし……哀しかった。
息子より、まずあなたに会いたい。
我が儘な母親かしら……でも本当に長い年月、待っていたのよ。
****
いきなり名乗って大丈夫だっただろうか。すんなりと会ってもらえるだろうか。
真っ白なテーブルクロスをじっと眺めながら、俺はじっと待ち続けた。
膝の上で握りしめていた手には、大量の汗をかいていた。
やがて二階から彼が戻って来たが……神妙な表情を浮かべていたので、嫌な予感がした。
「あの、申し訳ないのですが……大奥様はお会い出来ないそうです」
そう告げられた途端、ガクッと肩を落とした。すんなりと受け入れてもらえないとは思っていたが、現実として突き付けられると、やはり堪えるものだった。
「あの……何故でしょう? 信用していただけなかったのでしょうか。俺が……お嬢さんの息子だと」
彼は困ったように眉根を寄せ、ゆっくりと首を横に振った。
「あなたはとても似ていますよ。でも……」
「じゃあ何故?」
「それが……あなたではなく、娘さんの夕さんに会いたいと、話は、まずそれからだと……」
俺が母の息子である証拠として、あの手紙を出してみようかとも、刺繍のハンカチを出してみようとも思ったが……そうする前に投げつけられた言葉に、ぐうの音も出なかった。
俺の顔色がさっと青くなったのを心配して、彼が必死にフォローしてくれる。
「大丈夫ですか。白江さんは、本当はお優しいお方です。心の中では……きっとあなたに会いたいと思っているはずです。だからお母さまと一緒にもう一度ここにいらしてください。今日は出直した方が賢明かと……」
「……」
どう答えていいのか、頭の中が真っ白になってしまった。結局、俺はその場を去ることしか選べなかった。
****
足取りが重たい、憂鬱な帰り道となった。
でも俺には帰る場所がある。
それが救いだ。
しっかりしろ……丈と約束しただろう。
何があっても、ちゃんと戻ってくると。
しかし……まさか母に逢いたいと言われるとは、思ってもいなかった。
母はもう……とっくの昔にこの世を去っている。
それを告げるのが、どんなに残酷なことか。
どうしたらいい。
どうしたらいい?
母さん……!
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