重なる月

志生帆 海

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13章

慈しみ深き愛 24

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 電車で座れたせいか、北鎌倉に着く頃には疲れがだいぶ取れていた。

「洋、今日はタクシーに乗ろう」
「ありがとう。助かるよ」

 丈は俺をいつも容赦なく激しく抱くが、その後はとことん甘やかしてくれる。だからつい何もかも許してしまうんだよな。タクシーならバスのガタゴトと腰に響く揺れに苛まれることもないので、助かるよ。

 月影寺には、わずかの時間で到着した。車道から山門まで続く細く長い階段を、丈が軽々と俺のスーツケースを持って上がっていく。

 頼もしい丈の背中を後ろから眺めて、月影寺に帰って来たと実感した。

 母屋に着くと、すぐに翠さんと流さんが出迎えてくれた。

「お帰り! 洋くん! ずっと待っていたぜ」
「お帰りなさい洋くん。戻って来てくれて嬉しいよ」

 俺のふたりの義兄は本当の兄のように、優しく親身に接してくれる。この兄たちによって、『義理』の繋がりに対する抵抗がグッと薄まった。とても感謝している。

「洋くんは先に居間に」

 そんな言葉をかけられ、何故か丈は流さんに連れられ廊下を途中で曲がってしまった。

 だから俺は何も考えずに居間の扉を開けたのだが、そこで固まってしまった。

 何故なら……そこには、可憐な着物姿の女の子が座っていたから。

 「えっと……あれ?」

 ちょっと待って! どうして、この家に女の子が? しかもすごく可憐でニコっと微笑まれ、何故だか猛烈に恥ずかしくなった。
 
 さっきまで丈に抱かれた余韻へ躰が火照っていたのに、俺の中の男の部分が反応するというか……いや、そうじゃない‼ えっと……なんだろう。予期せぬ場に遭遇して、俺も一応男なので条件反射みたいに照れ臭くなった。
 
「あの……あれ? 部屋間違えたみたいで……すっ、すみませんっ」

 慌てて廊下を逆戻りすると、こちらへ向かって歩いてきた流さんの逞しい胸にドンっとぶつかってしまった。背が10cm以上違うせいで、妙な位置で衝突してしまう。

「痛っ」
「くくっ、洋くん何をそんなに慌てているんだい?」
「流さん! あ、あの、だって部屋に女の子がいたんです」
「くくっ、どれ? 洋くんの顔を見せて」

 何故か流さんに顎を掴まれて上を向かされる。一体何事か。それにどうして今日は流さんが袈裟姿で、翠さんが作務衣なのだろう? ハロウィンの仮装じゃあるまいし、二人とも、ちぐはぐだ。

「なっ、なんですか」
「いや、洋くんもさ、ちゃんと男の顔も出来るんだな」
「何を言って……」
「居間に可愛い女の子がいて、びっくりして飛び出して来たんだろう? それでこの表情かぁ。ふむふむ。あー、これは丈が妬くなぁ」

 まったくこの兄弟は俺を弄んでいる! と怒りそうになった所で、長兄の翠さんが涼しい顔で登場だ。

「流、洋くんを苛めてはいけないよ。洋くん驚かせてごめん。居間にいたのは僕の息子の薙だよ」
「おーい! 兄さん! 簡単にバラさないでくれよ。まったく」
「ふふっ、だってねぇ、帰国したばかりの洋くんに、これ以上負担を掛けられないだろう」
「まぁな!」

 薙くんだって?

 あ……確かにそうだ。
 翠さんの顔を間近で見て、やっと分かった。

 そうか……そういうことか。
 誰かに似ていたから、余計にドキドキしたんだ。

 翠さんに似ていたのだ。あの女の子……いや、薙くんは。

 もともと父親似だけれども、あんな風に和装で艶やかに微笑まれては、翠さんが重厚な袈裟姿で法要に向かう時の凛々しくも艶やかな姿を彷彿してしまったんだ。

 はぁ……参ったな。俺としたことが薙くんを女の子と見間違うなんて。でもあの着物姿はやっぱり反則だろう。紅までつけて、女の子そのものになっていた。

「やれやれ流兄さん、困りますよ。洋で遊ばれるのは……心外です」

 突如、背後から……丈の地の底を這うように不機嫌そうな声が届いて、流さんと翠さんと俺とで震えあがった。

「洋は、こっちへ来い」
「えっ……あっ……ちょっと」

 グイっと腕を掴まれ、隣の空き部屋に連れ込まれ、壁に背中をドンっと押し付けられた。

 怒ってるのか。

 丈は無言で俺の顎を掴みクイッと上を向かせ、いきなりキスしてきた。

「んっ……んんっ」

 隣の部屋には皆いるからここでは駄目だと抗ってしまう。でも口づけは深まるばかりで息が上がる。数分に渡り、いつもの何十倍も濃厚な口づけをされ、やっと解放された。

「はぁ……はぁ……」

 更にもう一度顎を掴まれ、じっと覗き込まれた。もうこの時には躰が抱かれた直後のように火照ってしまっていた。

「よしっ、これでいい」
「……丈? これでいいって……一体なんだよ」
「あぁすまない。さっきは洋が男の顔をしていたのでついな」
「なっ、なんだよ。それっ」

 自分では意識していないことを突っ込まれ、答えに窮してしまう。

「せっかくあんなに抱いたのに、すぐに戻ってしまうな。もっと私色に染め上げたいものだな」

 艶めいた低いボイスで囁かれ、ドキドキしてしまう。

「何を言っているんだか……もうとっくに丈の色に染まっているよ。俺は」

 俺の方も、丈のもどかしい気持ちがなんとなく伝わってきて、思わず手を伸ばして抱きついてしまった。

「きっと今日がひな祭りだからなんだよ。皆お祝いモードで、何かの余興なのかも。こういうのって、なんか楽しいよ。家族団欒って感じでいいね」
「そうか……成程、確かにそうだな。それに洋が楽しいのなら、私も嬉しい」
「うん! 楽しいよ。さぁ行こう。皆、待ってるし」
 
 丈と微笑みながら部屋を出ると、丈さんも流さんも女装姿の薙くんも皆揃って、笑顔で迎えてくれた。

「洋さん、改めてお帰りなさい。なぁ、さっきオレに照れてなかった? それで丈さんにお仕置きされていたの?」

 薙くんが無邪気に聞いてくる。

「えっと……怒られなかった……かな」
「私はそんなことで容易く怒りはしない」
「じゃあ、妬いた?」

 薙くんがもう一度聞いてくる。

「うっ……」

 丈と俺は言葉に詰まってしまった。

 でもすごく楽しい気分だった。

 薙くんも溶け込んで、皆で笑ってる。

 そのことが嬉しかったから。



 
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