重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,111 / 1,657
13章

慈しみ深き愛 21

しおりを挟む
 オレ……馬鹿みたいだ。

 流さんが仕立てた着物と聞いて、女物だというのに柄にもなく着てみたいと思うなんて。

 昔から少しでも中性っぽい服を着て歩こうものなら、街で女の子と間違えられて、変な奴に声掛けられてうんざりしていた。女顔だって周囲から揶揄われるのが嫌で、文化祭やクラブの合宿の余興で女装めいたことなんて絶対にしなかったのに、我ながら健気だなと思う始末だ。

 きっと父さんを想って仕立てた着物だって分かっているのに、それでも着てみたいなんて、どんだけ、まだ……。

 あーあ、もうとっくに吹っ切ったんじゃないのか。流さんへの想い。

「薙、着せてやるから来いよ」
「……うん」

  流さんは父さんの弟で、去年、辛い事件に巻き込まれ苦しみ傷ついた父さんを救ってくれた人だ。

 オレもその事件を目の当たりにした。

 オレを庇い犠牲になった父さんへのわだかまりがなくなったことも手伝ってか、オレは淡く芽生えていた恋のカケラを潔く捨てた。

「ふぅん……薙はまだ細っこいな」

  長襦袢を着せてもらうために上半身裸になったオレの躰を見ても、まるで子供扱いだ。

 確かにまだ貧弱な少年骨張った身体は、肉も薄っぺらい。父さんに似た顔だからって、何もいい事ないよな。

 永遠に叶わない……敵わない。

 だってもう流さんが欲しかった父さんは、流さんだけのものになったんだもんな。

 オレさ、ここにいる間はいい息子を貫くよ。もう父さんを悲しませたくないし、流さんにもずっと笑っていて欲しいから。でもそれは高校を卒業するまででいいか。ここにいる限りオレの想いは燻ったままだ。だから一度外の世界を見てみたい。

 いつの間にかオレの中で決まった決意。まだ誰にも言えない秘密だ。

 流さんのことを好きの「好き」はやっぱり本物だったんだな。

 流さんと息が届く距離にいる。ドキドキ胸を高鳴らせながら手際よくオレに着物を着付けていく様子を見続けて、つくづく思った。

「さてと完成だ! 薙、ちょうど髪が伸びていたから、いい感じだな」

 姿見の前に立たされた。鏡の中で流さんと目が合った。

 どう? オレじゃ…駄目?

「似合うな……すごく」

 やっぱりダメだ。その目に映るのは、オレを通り越した遠い昔のオレの年頃だった父さんだね。

 分かりきった虚しさだ……こんなのは。

 でも父さんも流さんも、何も悪くない。

 勝手に叔父に恋したオレのせいだ。

 ずっと昔から大きな心でオレを包んでくれたから、当たり前のように寂しさを埋める対象として好きになってしまっただけさ。

 恋に恋しているだけかもしれない。でもやっぱり人知れず諦めるって辛い事なんだなと、笑顔の奥でジンと思った。

 外の世界に行けば、きっといつか流さんを超える人と出逢える。そう信じるようになっていた。

  あと四年の時が過ぎる迄、あなた達のいい息子、いい甥っ子でいるから、オレが羽ばたくときは、行かせて欲しい。
 


 

 
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

僕は君になりたかった

15
BL
僕はあの人が好きな君に、なりたかった。 一応完結済み。 根暗な子がもだもだしてるだけです。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

処理中です...