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13章
慈しみ深き愛 12
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仕事が終わって、すぐ横浜へ向かうことにした。
今日は少し安志くんと飲みたい気分だったので、車は置いて電車に乗った。安志くんの仕事場は横浜のみなとみらい地区なので、海沿いの高層ホテルのバーで待ち合わせた。
ホテルの70階にあるBarの名は『Pleiades』
ここは私の隠れ家だ。地上277mに位置し、大きな窓からは月や星が手に取るように見える。いつからか……ひとりでじっくりと考えごとをしたい時に、ふらりと立ち寄る場所になっていた。ここに来るのは久しぶりだ。
私が着席してすぐスーツにネクタイ姿の安志くんも、爽やかな笑顔を浮かべ入って来た。
「すみません。待たせちゃって」
「いや、私も今着いたところだ。君は何を飲む?」
「えっと、生ビールでいいっすか」
「ふっ、もちろん」
ハイクラスのお洒落なバーでも、彼は変に気取ったりせず、飾らない。それが彼の持ち味なのだろう。では私はお気に入りのカクテルにしよう。
「彼には生ビールを、私にはいつものを」
「はい、ブルームーンですね」
「そうだ」
ジンベースにバイオレットリキュールとレモンジュースを合わせたカクテルで、夜空のような色が美しい。
「はぁ……丈さんって、やっぱり洒落ていますよね。そんな名前のカクテルがあるんですね。そもそもこの店の名前は舌を噛みそうで、覚えられなかったですよ」
「そう言うものなのか。この店の名Pleiadesの和名は星座のスバルだよ。昴といえば分かるだろう? 昴には『統一した、一つに集まっている』という意味があってね、なんだか月影寺のようなイメージで気に入っているのだ。それからブルームーンのカクテルは、洋の雰囲気と合っているからな」
「なるほど、昴ですか。それなら俺にも分かりますよ。カクテルの方は洋の雰囲気ですか。確かに色とかアイツっぽいかも」
「英語でブルームーンは『once in a blue moon』と言って、『極めて稀なこと』『決してあり得ないこと』といった意味を含んでいる。どうだ? 『めったに遭遇しない出来事』『幸福な瞬間』なんて、なかなかいいものだろう?」
そこまでうんちくを話すと、安志くんは髪をポリポリと掻いて、ニヤッと笑った。
「おい、何がおかしい?」
「いや、洋は幸せだなと思って。アイツそういうムードのあるものが好きなんですよ。俺はこの通り、センスのかけらもない奴だから」
確かにそう思う。今日のスーツもまぁ本当に平凡というか……悪くはないがまったく洒落っ気のないスタンダードすぎるものだ。モデルの涼くんが傍にいながら、そう来るかと突っ込みたくなる。だがそれが彼のいいところなのだろう。
「涼にもいつも笑われます。でもそんな所がいいとも。へへ」
涼くんとの関係を惚気だす様子に、悪い奴ではない……もう彼は洋との間の恋(おそらくあったと思う)を、完全に昇華していると、密かに確信した。
どうやら……この安志くんになら、今なら私も素直に教えてもらえそうだな。
少し酒とサンドイッチなどのつまみを食べながら雑談をした。
「……そろそろ本題に入ってもいいか」
「ええ、もちろんっす! なんすか?」
「聞きたいのは、君が知っている洋の過去についてだ。特に知りたいのはお母さんが亡くなってからの暮らしぶり。当時……義父との関係はどのようなものだったのか」
「……あぁ、そこですよね。やっぱり……もしかして……洋に最近何かあったのですか」
「どうやら、洋はその時期の暮らしに強いトラウマがあるようで……実は、正月あたりから頻繁に思い出すようになってしまったようで……心配なんだ」
「え……正月ですか! うわぁ……もしかしてあの時のことが……ううっ……参ったな」
安志くんは、突然、動揺し出した。
今日は少し安志くんと飲みたい気分だったので、車は置いて電車に乗った。安志くんの仕事場は横浜のみなとみらい地区なので、海沿いの高層ホテルのバーで待ち合わせた。
ホテルの70階にあるBarの名は『Pleiades』
ここは私の隠れ家だ。地上277mに位置し、大きな窓からは月や星が手に取るように見える。いつからか……ひとりでじっくりと考えごとをしたい時に、ふらりと立ち寄る場所になっていた。ここに来るのは久しぶりだ。
私が着席してすぐスーツにネクタイ姿の安志くんも、爽やかな笑顔を浮かべ入って来た。
「すみません。待たせちゃって」
「いや、私も今着いたところだ。君は何を飲む?」
「えっと、生ビールでいいっすか」
「ふっ、もちろん」
ハイクラスのお洒落なバーでも、彼は変に気取ったりせず、飾らない。それが彼の持ち味なのだろう。では私はお気に入りのカクテルにしよう。
「彼には生ビールを、私にはいつものを」
「はい、ブルームーンですね」
「そうだ」
ジンベースにバイオレットリキュールとレモンジュースを合わせたカクテルで、夜空のような色が美しい。
「はぁ……丈さんって、やっぱり洒落ていますよね。そんな名前のカクテルがあるんですね。そもそもこの店の名前は舌を噛みそうで、覚えられなかったですよ」
「そう言うものなのか。この店の名Pleiadesの和名は星座のスバルだよ。昴といえば分かるだろう? 昴には『統一した、一つに集まっている』という意味があってね、なんだか月影寺のようなイメージで気に入っているのだ。それからブルームーンのカクテルは、洋の雰囲気と合っているからな」
「なるほど、昴ですか。それなら俺にも分かりますよ。カクテルの方は洋の雰囲気ですか。確かに色とかアイツっぽいかも」
「英語でブルームーンは『once in a blue moon』と言って、『極めて稀なこと』『決してあり得ないこと』といった意味を含んでいる。どうだ? 『めったに遭遇しない出来事』『幸福な瞬間』なんて、なかなかいいものだろう?」
そこまでうんちくを話すと、安志くんは髪をポリポリと掻いて、ニヤッと笑った。
「おい、何がおかしい?」
「いや、洋は幸せだなと思って。アイツそういうムードのあるものが好きなんですよ。俺はこの通り、センスのかけらもない奴だから」
確かにそう思う。今日のスーツもまぁ本当に平凡というか……悪くはないがまったく洒落っ気のないスタンダードすぎるものだ。モデルの涼くんが傍にいながら、そう来るかと突っ込みたくなる。だがそれが彼のいいところなのだろう。
「涼にもいつも笑われます。でもそんな所がいいとも。へへ」
涼くんとの関係を惚気だす様子に、悪い奴ではない……もう彼は洋との間の恋(おそらくあったと思う)を、完全に昇華していると、密かに確信した。
どうやら……この安志くんになら、今なら私も素直に教えてもらえそうだな。
少し酒とサンドイッチなどのつまみを食べながら雑談をした。
「……そろそろ本題に入ってもいいか」
「ええ、もちろんっす! なんすか?」
「聞きたいのは、君が知っている洋の過去についてだ。特に知りたいのはお母さんが亡くなってからの暮らしぶり。当時……義父との関係はどのようなものだったのか」
「……あぁ、そこですよね。やっぱり……もしかして……洋に最近何かあったのですか」
「どうやら、洋はその時期の暮らしに強いトラウマがあるようで……実は、正月あたりから頻繁に思い出すようになってしまったようで……心配なんだ」
「え……正月ですか! うわぁ……もしかしてあの時のことが……ううっ……参ったな」
安志くんは、突然、動揺し出した。
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