重なる月

志生帆 海

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13章

慈しみ深き愛 7

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 春の兆しを感じる昼下がり。

 柔らかい陽射しを浴びながら……洋館での遅めのランチは、心休まる時間となった。旅の疲れを癒すのに、丁度いい時間になるな。

 出された料理はどれも丁寧に作られており、繊細な味わいだった。

 都心のど真ん中とは思えない緑溢れる空間は、私たちにとても上質な時間を贈ってくれた。

 それにしても、なるほど、洋の母親は相当なお嬢様だったという訳か。洋自身の根底に流れる品の良さのルーツを、改めて感じてしまった。

 向かい合わせに座る洋は、とても美味しそうに出てくる料理を食べている。

「洋、美味しいか」
「あぁ、すごく好みの味だよ」

 にっこりと微笑む洋の笑顔が眩しかった。ソウルで見つけた洋はいつもより男らしく凛々しかったが、今日は私の恋人の顔をしているのに、人知れず安堵した。

「洋は少し太ったみたいだな」
「えっ……そ、そんなことないだろう」

 キョトンとした目で私を見つめる洋の頬は、確かに少し肉付きが良くなっていた。もちろん太っているとかそういうレベルではなく、幸せそうな顔になったという意味だが、洋の方は焦って自分の腹をじっと見つめていた。

「くくくっ……想像できないな、安心しろ。太ったのは頬だけだ。そこは後で私が食べたい」
「はぁ?」

 洋はどう反応していいのか分からず、困った顔をしていた。

「そうだ。今日はせっかく都内に出て来たことだし、洋の実家の家に寄って行こう」
「えっ……あそこに?」
「あぁ……まだ洋の持ち物だろう。たまにはちゃんと管理されているか確認に行った方がいいぞ」
「なるほど、それもそうだな。早く翠さんや流さんに逢いたいけれども、あんまり早く帰るとお邪魔だものな。あの二人にも、たまにはゆっくり過ごしてもらいたいし」
「それだ」

 最近翠兄さんの調子が少し悪いこともあり、そんな時間を提供してあげたかったのは、私も同じだ。流兄さんからもたまには都心でデートしてゆっくり帰って来いと言われていたのもある。

 そんなわけで、洋ともう少しドライブをすることにした。

 私も洋が日本に帰国してくれて嬉しいし、久しぶりにデートをしたくて溜まらなかった。
 
****

「わぁ、ここに入るのは久しぶりだ。あれ? 思ったより綺麗だ」
「あぁ、掃除代行サービスを頼んだばかりだ」
「そうだったのか、ありがとう。やっぱり丈は気が利く男だな」

 洋がN.Y.へ行くまで過ごした家に来るのは久しぶりだ。以前ここで洋を抱こうとして、安志くんのお母さんに邪魔されたが、流石に今日は大丈夫だろう。内密に来たわけだし。

「お母さんにまつわるもの、残っていないのか。次にあの洋館に行く時に何か洋が夕さんの息子だという証があった方がいいのでは?」
「丈……お前……そんなことまで考えてくれていたのか」

 ほぼ成り行きの思い付きだが、その通りだと思う。

 いくら洋が夕さんの生き写しのようであっても、やっぱり証をきちんと持っていきたいものだ。その方がスムーズに行くだろう。

「母のものか……実父のものは全部処分してしまったが、母のものなら、まだ残っているはずだ」
「お母さんの部屋があるのか」
「一階の奥だよ……丈、一緒に来てくれ」
 
 洋は少し緊張した面持ちだ。

「実は母が亡くなってから、入ったことがなくて……義父が鍵をかけてしまって、だから開くかな」
「大丈夫だ。この家の鍵なら、全部返してもらっただろう」
「そうだったな。鍵は全部返してもらった……義父から」

 洋の母親……夕さんの使っていた部屋のドアを開けると、まだそこに人が住んでいるかのような空気を感じた。

「あぁ……懐かしい。この部屋でよく母は横になっていて……あの時のベッドもそのままだ、鏡台も……」

 女性らしい雰囲気の白いベッド。華奢な白木の鏡台。淡い橙色のリネン類は古びてはいたが、きちんと洗濯もされているようで、さっぱりとしていた。

 洋の眼には、今、生前の母の姿が映っているのだろう。

「母さん……久しぶり」

 洋は徐にベッドに腰かけた。優しく寂しい目をしている。

「丈だよ。丈を連れてきた。俺の恋人だよ」
「洋、紹介してくれるのか」
「ん、墓の前では紹介したけど、こっちの方が母さんに近い気がするよ」

 見渡せば鏡台に一枚の写真が飾ってあった。古びてセピア色になってしまっているが、幼い洋と母親が並んで写っていた。洋の幼い頃の写真を見るのは初めてで、私も感極まってしまった。

 こんなにも……君は……天使のように愛らしい子供だったのか。
 
「これは何歳くらいだ?」
「これは父さんが亡くなった後だよ。小学校の低学年の頃かな。どこかの公園で撮ったような気がするな」
「そうか。お父さんもこんな愛らしい息子を残していくのは、さぞかし心残りだったろう。お母さんも同じだったろう」
「そうかな……うん、そう思ってくれていたらいいな。もう……だいぶ記憶が失われつつあって、母さんの顔も朧気だったので、嬉しい発見だ。他にも何かあるかも」
「そうだな。クローゼットの中を見ても?」
「あぁ、もちろん」

 洋と二人でクローゼットの中を見渡すと、一番奥に隠すように置かれた古びた革の鞄を見つけた。

 もしや、ここに何か……!
 
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